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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第5章 山狐

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第22話 氷牙

黒曜軍の陣。


使者の後ろで、一人の男が口を開いた。


「今回、お前たちに兵を貸す」


年老いた軍師だった。


細い目。

乾いた声。


だが——その視線だけは鋭い。


「白蓮軍別将――氷室左近」


空気が少し変わる。


「“氷牙”の異名で呼ばれている男だ」


弥助が眉をひそめる。


「氷牙ぁ?」


軍師は頷く。


「正面から勝つ将ではない」


「削る」


短く言った。


「退路を断ち、補給を止め、焦らせ、潰す」


「戦場を凍らせる男だ」


玄が静かに目を細める。


「……守りの将か」


「そうだ」


軍師は続ける。


「雷姫が“雷”なら、氷牙は“氷”だ」


「派手さはない。だが気づけば、動けなくなる」


山は黙って聞いていた。


軍師は山を見る。


「だが、お前は雷姫を退かせた」


一拍。


「“山狐”殿なら、問題なく達成できるだろう」


その言葉に——山の胃が重くなる。


(……やめろ)


そんな目で見るな。


期待するな。


山狐。

山狐。

山狐。


知らない名前が、

勝手に自分に貼り付いていく。



出発。


山道。


借り受けた黒曜兵が後ろを歩いている。


その視線が、

妙に刺さった。


「本当にあいつか?」


「雷姫を止めたって……」


「見えねぇな」


聞こえる。


全部。


山は前を見る。


(……なんでこうなった)


ただ、生き残りたかっただけだ。


死にたくなかった。


それだけだった。


なのに——


山狐。

策士。

白蓮を退かせた男。


勝手に膨らんでいく。


(違う)


そんな大したものじゃない。


俺は——


(死にたくないだけだ)


喉が重い。


胸が苦しい。


先日の酒場が頭をよぎる。


殴られた感触。


動かなかった体。


握れなかった拳。


(……なんで)


なんで、

俺ばっかり。


なんで、

俺ばっかり。


……なんで、


俺ばっかり。


頭の中で、

同じ言葉がこびりつく。


止まらない。


視界が狭い。


「山」


誰かが呼ぶ。


だが、頭に入ってこない。


呼吸が浅い。


まだ敵も見えていない。


なのに——


もう押し潰されそうだった。


「山!」


声。


玄だった。


山はそこで、ようやく顔を上げる。


「着くぞ」


短い言葉。


山は小さく息を吐く。


前を見る。


山中に築かれた砦。


白蓮の旗。


あそこに——氷牙がいる。



砦前。


山は全員を見る。


鉄。

弥助。

玄。

孫六。


そして、

借り受けた黒曜兵。


山はゆっくり口を開いた。


「……今回の目標を確認する」


声が少し掠れる。


「捕虜の救出」


「補給拠点化を止める」


「可能なら——砦を壊す」


全員が静かに聞いている。


山は続けた。


「無理に突っ込まない」


「生きて戻ることを優先する」


弥助がニヤッと笑う。


「珍しく弱気だな?」


山は否定しない。


「……死にたくないからな」


鉄が鼻を鳴らす。


「それはいつもだろ」


少しだけ、

空気が緩む。


その時だった。


砦の上。


白蓮兵が左右へ割れる。


その中央から、

一人の男が現れる。


白い陣羽織。


細い目。


静かな顔。


だが——冷たい。


「……あれか」


玄が小さく呟く。


氷室左近。


“氷牙”。


氷牙は山たちを見下ろす。


感情が見えない。


やがて——口を開いた。


「山狐」


静かな声。


なのに妙に響く。


山は顔を上げる。


氷牙は続ける。


「聞いていたより、若いな」


山は答えない。


氷牙は小さく目を細める。


「雷姫を退かせたそうだな」


一拍。


「ならば少しは、楽しめるか」


その瞬間。


山の背筋が冷える。


違う。


雷姫とは。


圧ではない。


熱でもない。


これは——


静かに沈めてくる敵だ。


氷牙が、ゆっくり手を上げる。


「始めろ」


白蓮兵が動く。


同時に——


山は理解する。


(……嫌な流れだ)


まだ始まっていない。


なのに。


もう、

嫌な予感しかしなかった。


合戦が——始まる。



(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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