第21話 山狐は強くない
翌日。
山たちは、再び情報屋の元を訪れていた。
「仕事を探してる?」
情報屋は煙管を揺らしながら、山を見る。
「……ああ」
「悪いが、今はないねぇ」
弥助が眉をひそめる。
「は? 山狐サマだぞ?」
「だからだよ」
情報屋は肩をすくめた。
「今のお前さんら、妙に名前が売れちまった」
「白蓮を退かせた」
「雷姫を止めた」
「そんな噂ばっか先走ってる」
山は黙る。
情報屋は続けた。
「便利に使うには、ちょいと目立ちすぎたねぇ」
「……面倒だな」
弥助が舌打ちする。
「実際、山狐って何人組なんだ、とか」
「百人動かした、とか」
「雷姫と斬り合った、とか」
「好き勝手言われてるよ」
山は小さく息を吐いた。
(……違う)
そんな大したものじゃない。
ただ、生き残るために動いただけだ。
だが噂は、
勝手に膨らんでいく。
玄が静かに口を開く。
「なら、しばらく休むか」
「そうっすねぇ」
孫六がだるそうに頷く。
「俺は働かなくていいなら、それが一番なんで」
鉄は肩の包帯を押さえながら鼻を鳴らした。
「俺は治療だ。まだ腕上がんねぇ」
山は頷く。
「……じゃあ、一旦解散で」
それぞれが散っていく。
山だけが、その場に残った。
「……行かないのかい」
情報屋が聞く。
山は少しだけ考え——
「……少し、一人になりたい」
そう答えた。
⸻
夜。
酒場。
山は端の席で、一人酒を飲んでいた。
騒がしい。
笑い声。
怒鳴り声。
酒の匂い。
そして——
視線。
「……あいつじゃねぇか?」
「山狐ってやつ」
「白蓮退かせたって」
「見えねぇなぁ」
聞こえている。
全部。
山は酒を飲む。
(……放っといてくれ)
知らない奴らが、
勝手に自分を語る。
それが妙に気持ち悪かった。
「おい」
声。
山が顔を上げる。
大柄な男が立っていた。
後ろにも数人。
傭兵崩れ。
酒臭い。
「お前か?」
「山狐ってのは」
山は答えない。
男は鼻で笑う。
「随分弱そうだな」
周囲がクスクス笑う。
「白蓮退かせた?」
「雷姫止めた?」
「嘘くせぇなぁ」
山は目を逸らす。
(……面倒だ)
関わりたくない。
だが男は近づいてくる。
「なぁ、本当にやったのか?」
肩を掴まれる。
強い。
山は振り払えない。
「……離せ」
小さく言う。
「は?」
男が笑う。
「聞こえねぇな」
次の瞬間——
拳が飛んだ。
「っ——」
鈍い音。
椅子ごと倒れる。
酒が床に散る。
笑い声。
「弱っ」
「なんだこいつ」
山は立ち上がれない。
頬が熱い。
頭が揺れる。
だがそれ以上に——
(……またか)
胸の奥が、冷える。
前の世界。
怒鳴り声。
笑われる。
見下される。
我慢。
飲み込む。
耐える。
ずっとそうだった。
(……やめろ)
(面倒になる)
(揉めたくない)
(やめてくれ)
なのに——
止まらない。
男が胸ぐらを掴む。
「おい山狐」
顔を近づける。
「……やり返してこいよ」
笑い声。
山は反撃できない。
頭では分かる。
相手の重心も。
隙も。
でも——
体が動かない。
喉が張りつく。
拳が、うまく握れない。
その瞬間。
(……殺したい)
一瞬だけ。
自然に。
自分でも驚くほど自然に、
その感情が浮かんだ。
(殺したい)
黙らせたい。
消えてほしい。
だが——
できない。
結局、
何もできない。
男がまた拳を振り上げる。
その時だった。
「……店ん中で暴れんな」
低い声。
空気が止まる。
玄だった。
いつの間にか、
男の腕を掴んでいる。
静かだ。
だが——動かない。
男が顔をしかめる。
「んだテメェ」
「外でやれ」
玄はそれだけ言う。
「はっ、なんだお前——」
「おいおい」
別の声。
弥助。
酒瓶を片手に笑っている。
「そいつ、うちの山なんだけど?」
空気が変わる。
周囲の笑いが消える。
男たちが顔を見合わせる。
「……チッ」
舌打ち。
やがて離れる。
「覚えとけよ山狐」
捨て台詞。
男たちは去っていった。
静かになる。
山は立ち上がれない。
玄が短く言う。
「立て」
山はゆっくり立ち上がる。
情けなかった。
助けられた。
また何もできなかった。
弥助が笑う。
「有名人も大変だなぁ?」
山は答えない。
拳を握る。
震えていた。
怒りなのか。
悔しさなのか。
自分でも分からない。
その時。
酒場の奥から、
一人の男が近づいてきた。
黒曜軍の使者だった。
「山狐殿」
山は顔を上げる。
黒曜の使者。
静かな目。
山は口の端を歪めた。
「……こんな無様な姿を晒した上で、依頼をすると?」
皮肉だった。
使者は動じない。
「強い者を探しているわけではない」
一拍。
「白蓮を止めた者を探している」
山は黙る。
使者は続けた。
「白蓮が占拠した砦がある」
「現在、白蓮の別将——氷牙が守っている」
玄が目を細める。
「氷牙……」
使者は頷く。
「内部には黒曜兵の捕虜もいる」
「さらに白蓮は、あそこを補給拠点化するつもりだ」
空気が少し変わる。
「時間がない」
「補給線が完成すれば、白蓮は再び動く」
「砦を落とせ、ではない」
使者は山を見る。
「補給拠点化を止めろ」
「捕虜を救出し、可能なら砦を壊せ」
山は黙る。
さっきだって、
何もできなかった。
殴られて、
立ち上がれなかった。
それでも——
「……やる」
口が、そう言っていた。
(続く)
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