第20話 三つ巴
白蓮本国。
雪の残る城内。
静まり返った広間で、雷姫は報告を終えていた。
「……以上です」
重い沈黙。
前に座る老将が眉をひそめる。
「小砦一つ、落とせなかったと?」
「攻略自体は可能でした」
雷姫は淡々と返す。
「ですが、損害が大きすぎます」
「例の策か」
「はい」
門前の油。
細道。
岩落とし。
火。
そして——
(あの男)
真正面に立ちながら、
最後まで退かなかった。
「……名は?」
別の将が聞く。
雷姫は短く答える。
「山」
一拍。
「兵の間では、“山狐”と呼ばれ始めています」
空気がわずかに揺れる。
「狐、か」
老将が鼻を鳴らす。
「小賢しい」
雷姫は否定しない。
「ですが——厄介です」
静かに言う。
「次は、潰します」
⸻
黒鉄郷。
情報屋の店。
「いやぁ、今回は派手だったなぁ」
情報屋が笑う。
「白蓮を退かせるとは思わなかったぜ」
弥助が胸を張る。
「まぁな!」
「お前が一番働いてねぇだろ」
鉄が即座に返す。
「うるせぇ、火ぃ付けただろうが」
「最後だけな」
いつものやり取り。
山は黙ったまま、金袋を受け取った。
「今回は色つけといた」
情報屋が肩をすくめる。
「黒曜も助かったからな。しばらくは三つ巴が続く」
「白蓮はすぐ来ねぇのか?」
弥助が聞く。
「難しいだろうな」
情報屋は椅子にもたれた。
「蒼鷹を攻めてた黒曜本軍も立て直した」
「今また動けば、逆に食われる」
均衡。
再び戻った三つ巴。
「まぁ——その原因作ったの、お前らだけどな」
ニヤリと笑う。
「特に“山狐”さん?」
山が顔を上げる。
「……何だそれ」
「あ? 知らねぇのか」
情報屋は楽しそうに言う。
「白蓮で広まってんぞ」
「狐みてぇに現れて、戦場引っ掻き回す奴がいるってな」
弥助が吹き出す。
「ぶはっ、似合ってんじゃねぇか!」
山は小さく息を吐く。
「……好きに呼べばいい」
「お、否定しねぇ」
鉄が笑う。
玄は静かにその様子を見ていた。
(……どうでもいい)
呼び名なんて、興味はない。
生き残れれば、それでいい。
⸻
報酬を受け取り、一行は解散した。
「俺は増やしてくる」
弥助は金袋を振る。
「また賭場か」
「戦より勝てる気するんだよ」
笑いながら去っていく。
⸻
鉄は治療所へ放り込まれていた。
「動くな」と言われながら、
「無理だろ、暇なんだよ」
と文句を言っている。
包帯だらけのまま、
勝手に置いてあった果物を食っていた。
山が顔を出す。
鉄はちらりと見る。
「……なんだよ」
「肩、平気か」
「斬られたくらいで死ぬかよ」
強がる。
だが、一拍置いて——
「……借り一つだ」
ぼそりと言った。
山は少しだけ視線を逸らす。
「助かった」
短く、それだけ返した。
⸻
玄は砦の外壁にもたれていた。
酒瓶を片手に、
静かに空を見ている。
山が横を通る。
「飲みすぎるなよ」
玄は短く返す。
「問題ない」
それだけだった。
⸻
「はぁ〜……」
孫六は情報屋の奥で机に突っ伏していた。
「これだから仕事って終わんねぇんだよ……」
情報屋が笑う。
「お前の矢、白蓮で相当警戒されてるぞ」
「最悪っすねぇ……」
心底嫌そうな顔。
「目立つとロクなことないんすよ」
だが——
その目だけは、別だった。
机の上には紙。
いくつもの名前。
行方。
噂。
情報屋がちらりと見る。
「まだ探してんのか」
「まぁ、一応」
軽く返す。
それ以上は話さない。
⸻
山は一人、道具屋を回っていた。
並ぶ武具。
刀。
槍。
鎧。
どれも高い。
そして重い。
(……俺にはいらない)
必要なのは、
戦う力じゃない。
生き残るためのもの。
視線が止まる。
隅に積まれた、黒い布。
「なんだこれ」
店主が顔を上げる。
「ああ、旗の余りだよ」
「余って放置してたやつだ」
黒曜軍の旗。
使われなかった端布。
山はそれを手に取る。
軽い。
汚れてもいる。
だが——
(夜に紛れるなら、悪くない)
「安くならないか」
「余りモンだしな」
適当な値段が返ってくる。
山は金を払い、布を受け取った。
肩に羽織る。
弥助なら笑うだろう。
だが——
(悪くない)
小さく息を吐く。
遠くで、鐘の音が鳴る。
戦はまだ終わっていない。
均衡は戻っただけ。
そして——
(次は、同じ手は通じない)
山は空を見上げた。
黒鉄郷の空は、今日も鈍く曇っていた。
(続く)
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