第129話 戦の終わり
白蓮本国――白蓮城前。
「…………」
九鬼は、未だ呆然と立ち尽くしていた。
目の前では、巨大な熊と牙城が倒れている。
一体、何が起きたのか。
その理解が追いつかない。
そんな九鬼の背後から――。
二つの人影が、ゆっくりと歩いてくる。
「いやぁ〜、どうなることかと思いましたが、上手くいきましたね」
黒川が、倒れている牙城を眺めながら笑う。
「こんな方法で牙城対策をするとは、流石です」
「御託はいい」
黒狼は、いつものように冷たく言った。
「…………」
九鬼は振り返る。
そこに立っていたのは――黒狼と黒川。
その姿を見た瞬間、九鬼の胸に様々な感情が入り混じった。
驚き。
そして、安堵。
だが――。
同時に、得体の知れない二人への恐怖もあった。
以前の黒狼とは、何かが違う。
そして、その隣にいる黒川もまた――。
「無事か?」
黒狼が、九鬼へ声をかける。
「……はっ。ご助力、感謝します」
九鬼は頭を下げた。
牙城には勝てなかった。
それは、九鬼自身が一番よく分かっている。
黒狼は、それを見越して大熊を寄越したのだろう。
助けられたことへの感謝。
そして、自分の力では牙城に届かなかったことへの悔しさ。
複雑な感情が、九鬼の中で渦巻いていた。
「九鬼」
「……はっ」
「思うことはあるだろうが、諦めろ」
「…………」
黒狼の言葉に、九鬼は僅かに目を伏せる。
悔しい。
だが――。
もし助けがなければ、自分は死んでいた。
それもまた事実だった。
「後にするんじゃなくて、諦めるんですね〜」
黒川が、楽しそうに笑う。
「わ、私はそのような――」
九鬼が言いかけた、その時だった。
「こいつに止めを刺しますよ?」
「――っ!」
黒川が刀を抜く。
その刃が、倒れている牙城の首へ向かって振り下ろされようとした。
「まて」
「!?」
黒狼の声が響く。
黒川の刀が止まった。
「そいつは殺さなくていい」
「えぇ……?」
黒川が残念そうに眉を下げる。
「殺す気満々だったんですけどねぇ」
「一旦、応急手当をして牢獄に入れておけ」
「はーい」
黒川は軽く返事をすると、牙城から離れていく。
「…………」
九鬼は、その背中を見つめる。
つい先ほどまで殺すつもりだった男を――。
今度は助けろと言う。
黒狼が何を考えているのか、九鬼には全く分からなかった。
「九鬼」
「はっ!」
「牙城の目付をしろ」
「……?」
「黒川が牙城を殺しに行く可能性がある。その場合は守れ」
「……っ!?」
九鬼の目が見開かれる。
先ほどまで牙城を殺そうとしていた黒川を、今度は自分が止めろというのか。
「し、承知……」
戸惑いながらも、九鬼は答えた。
その時だった。
遠くから――。
また、新たな足音が近づいてきた。
「…………?」
三人が、そちらへ目を向ける。
ーーーー
黒曜本国――黒曜城。
「なに? 黒曜から使者だと?」
「はっ! そのように申しております!」
兵士から報告を受け、赤堂烈真は眉をひそめた。
「ならば、俺が出よう」
赤堂が城門へ向かう。
そこには、一人の黒曜兵が立っていた。
「黒曜国主、黒曜景綱様より手紙を預かっております」
使者が一礼し、懐から一通の手紙を取り出す。
「こちらをお納めください」
「ああ」
赤堂は手紙を受け取る。
そして――。
その内容に目を通した。
『黒曜は白蓮に降伏する』
『黒曜景綱の身は白蓮に任せる』
『その代わり、黒曜兵の命を助けてもらいたい』
「…………」
赤堂は、しばし黙っていた。
そして――。
「この降伏の申し出、受け入れよう」
「はっ!」
赤堂は手紙を握りしめる。
そして、城内へ向かって声を張り上げた。
「全軍!! 攻撃中止!!」
「…………!」
「黒曜が降伏した!!」
その声が、戦場へ響き渡る。
「これ以上の攻撃は不要だ!!」
戦っていた兵たちが、次々と動きを止める。
剣を振るう手が止まる。
槍が下ろされる。
怒号に包まれていた戦場から――。
少しずつ、音が消えていく。
終わったのだ。
永きにわたる白蓮と黒曜の戦。
その戦いに――。
ついに、終止符が打たれた。
(続く)
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