第127話 人任せ
黒曜領――影月城。
城壁の上では、未だ激しい攻防が続いていた。
「押し返せぇぇ!!」
「怯むな!! ここを抜かせるな!!」
黒曜兵の怒号が響く。
城壁へ取りつこうとする白蓮兵を、黒曜兵が必死に押し返していく。
だが――。
戦況は、徐々に黒曜側へ傾き始めていた。
「くっ……!」
氷牙は城壁を見上げながら、歯を食いしばる。
負傷した身体。
そして、主力不在の久我。
互いに万全ではない。
それでも、攻城戦を続ける氷牙軍は、少しずつ押し返されていた。
「我らに退路はない!!」
氷牙が声を張り上げる。
「我らが負ければ、白蓮に残している家族や大切な者を失うことになる!!」
兵たちの動きが止まる。
「ここが正念場だ!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
再び兵たちが声を上げる。
だが――。
「…………」
氷牙の頭は、冷静だった。
分かっている。
時間をかければかけるほど、不利になる。
こちらには退路がない。
そして、目の前の影月城を突破することも、今の戦力では容易ではない。
氷牙は戦場を見渡した。
「…………」
もう、自分たちだけでは難しい。
ならば――。
他の戦場に賭けるしかない。
他力本願。
そんなことは分かっている。
それでも。
「……時間を稼ぐ」
氷牙は呟いた。
ここで無理に突破しようとすれば、兵を無駄に失う。
ならば、ここで久我を抑え続ける。
赤堂の背後を襲わせない。
そして――。
「赤堂……」
氷牙は、遠くへ向かった仲間を思う。
「お前に賭けるぞ」
自分たちに出来ることは、もう限られていた。
ならば、その限られた時間を使い切る。
それが今、自分に出来ることだった。
ーーーー
その頃――。
赤堂烈真は、黒曜領の奥深くまで進んでいた。
「まだだ!!」
馬を走らせる。
「もっと進め!!」
ここまで、ほとんど休むことなく駆けてきた。
そのため、伝令も来ない。
周囲の戦況も分からない。
白蓮本国がどうなっているのか。
氷牙がどうなっているのか。
そして――黒狼がどうしているのか。
何も分からない。
だからこそ。
「……信じるしかねぇな」
赤堂は前を見据えた。
自分に出来ることをやる。
それしかない。
そして――。
「見えたぞ!!」
前方に、巨大な城が姿を現した。
黒曜本国。
だが、その城を守る軍勢は少ない。
主力は出払っている。
軍師もいない。
残されているのは、本国を守るための最低限の兵士たちだけ。
「よし……!」
赤堂が拳を握る。
「全軍、攻撃開始だァァァ!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
白蓮軍が一斉に動き出す。
黒曜軍は城へ籠もった。
「歩兵、前へ!!」
赤堂が叫ぶ。
「亀甲車を使って前進しろ!!」
兵たちが動き出す。
盾を重ねた亀甲車が、ゆっくりと城へ近づいていく。
「破城槌部隊を守れ!!」
「弓兵は援護!!」
無数の矢が城壁から飛んでくる。
だが、亀甲車の陰に隠れた兵たちが前進を続ける。
「必ず突破せよ!!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
黒曜本国へ、白蓮軍の攻撃が始まった。
ーーーー
そして――。
白蓮本国。
「…………」
黒狼と黒川は、戦場を離れていた。
二人の背後では、未だ戦闘が続いている。
九鬼率いる兵たちも、残してきた。
「こ、黒狼ちゃん……?」
黒川が隣を歩きながら、楽しそうに口を開く。
「温存していた軍も、九鬼ちゃんも見捨てて逃亡ですか~?」
「…………」
「あのままだと、九鬼ちゃん確実に死にますよ?」
黒狼は振り返らない。
「死んだら死んだで、そこまでだった」
「うわぁ~、冷たいですねぇ」
黒川が笑う。
「でも――」
黒狼が足を止めた。
「九鬼はまだ使える」
「…………」
「あそこで死なせはしない」
黒川は目を細める。
「なのに逃亡ですか〜?」
楽しそうな声だった。
「何を考えてるんですか?」
黒狼は答えない。
ただ、前を見ていた。
「…………」
そして――。
再び足を止める。
「黒狼ちゃん?」
黒狼が、森の奥へ視線を向けていた。
「黒川」
「はいはい?」
「弓で、あれを射ろ」
「……あれ?」
黒狼が指を差す。
そこにいたのは――。
巨大な熊だった。
「…………」
黒川の笑みが、僅かに引きつる。
「え〜…?」
熊はこちらに気づいていない。
「まさか……」
「ああ」
黒狼は淡々と言った。
「猛獣には、猛獣をぶつける」
「うわぁ……」
黒川が楽しそうに笑う。
「これ、俺たちもやばいやつですかねぇ~?」
「そうだ」
「即答なんですねぇ……」
黒川は肩をすくめる。
「まぁ、面白そうだからいいですけどねぇ~」
そう言って、背負っていた弓を手に取った。
矢をつがえる。
狙いを定め――。
「じゃあ、行きますよ~……」
黒川が弦を引き絞る。
「……っ!」
放たれた矢が、風を切った。
矢は熊の頬を掠める。
「グルァッ……!」
僅かに血が滲む。
熊が顔を上げた。
そして――。
こちらを見る。
「…………」
黒川と熊の目が合った。
「…………」
「…………」
黒川がゆっくりと笑う。
「怒ってますねぇ~」
熊が唸り声を上げる。
「グルルルル……」
黒狼は熊を見据えた。
「……走れ!!」
黒狼が叫ぶ。
「うわぁぁぁ!!」
黒川も叫びながら走り出す。
直後――。
「グオオオオオオオオッ!!」
巨大な熊が、二人を追って走り始めた。
黒狼と黒川は、森の中を駆け抜けていく。
その背後から――。
怒り狂った猛獣が迫っていた。
そして、その先には――。
未だ戦い続ける黒曜軍がいた。
(続く)
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
続きも毎日更新していきます。




