第126話 猛獣
黒曜領――影月城。
城を取り囲むように、白蓮軍が展開していた。
その光景を、城壁の上から見つめる男がいる。
黒曜軍軍師――久我景定。
「…………」
久我は、眼下に広がる白蓮軍を静かに見下ろしていた。
想定外だった。
黒曜三騎士が進軍を開始したことで、白蓮四天王は早々に消える。
久我はそう考えていた。
だが――。
「まさか……ここまで来るとはな」
目の前にいるのは、白蓮四天王の一人――氷牙。
そして、その軍勢。
決して万全ではない。
先の戦いで傷を負っていることは、遠目からでも分かる。
それでも――。
こちらには主力がいない。
黒曜軍の大部分は、すでに白蓮本国へ向かっている。
つまり今、この城を守っている戦力だけで、白蓮軍を食い止めなければならない。
そして――。
退路もない。
影月城が落ちれば、黒曜本国へ至る道が開かれる。
「……ここを抜かせるわけにはいかんな」
久我は眼下を見据えた。
白蓮軍が動き始める。
「来るぞ!」
「白蓮軍、攻城を開始します!」
兵たちの声が飛び交う。
久我は即座に指示を飛ばした。
「弓兵! 攻城する白蓮軍に集中放射!」
「はっ!!」
城壁の上から、一斉に矢が放たれる。
無数の矢が雪空を切り裂き、白蓮軍へと降り注いだ。
「ぐあっ!」
「怯むな!! 進め!!」
それでも白蓮兵は止まらない。
盾を構えながら、城壁へ向かって進んでいく。
「騎馬隊!」
久我が続けて叫ぶ。
「怯んだ敵を吹き飛ばして道を作れ! その後は遊撃隊として白蓮軍の背後を襲え! 退路を塞げ!」
「承知!!」
城門が開く。
黒曜の騎馬隊が一気に飛び出した。
「突撃ィィィ!!」
騎馬隊が白蓮軍の側面へと突っ込んでいく。
「なっ!?」
「騎馬隊だ!!」
白蓮兵が動揺する。
そこへ黒曜騎馬隊が突き抜け、白蓮軍の陣形を崩していく。
「歩兵!」
久我は間髪入れずに叫ぶ。
「投石器を使え! 行天橋を燃やせ!」
「はっ!」
城壁の上で投石器が動き出す。
火を纏った石が放たれ、白蓮軍が渡ってきた行天橋へと降り注ぐ。
炎が広がっていく。
白蓮軍の退路が、一つずつ潰されていく。
久我は戦場全体を見渡していた。
今ある戦力。
敵の位置。
地形。
天候。
すべてを見極めながら、次の手を考える。
軍師として、自分に出来ることは限られている。
だが――。
限られているからこそ、その一手を間違えるわけにはいかなかった。
「ここが落とされれば……本国を守る城はない」
久我は振り返る。
城壁に並ぶ黒曜兵たちを見渡した。
「皆、死力を尽くして奮起せよ!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
城壁を揺らすほどの声が響く。
普段の久我からは想像できないほどの大声だった。
冷静沈着な軍師。
その男が、今は自ら声を張り上げている。
兵の士気を上げるために。
この城を守るために。
久我景定は、軍師として出来るすべてを尽くしていた。
ーーーーーー
少し前――。
影月城へ向かう途中。
氷牙と赤堂は、二人で進んでいた。
やがて氷牙が足を止める。
「赤堂殿」
「ん?」
「黒曜本国へ進軍してくれ」
「なに?」
赤堂が振り返る。
「では、氷牙殿はどうするんだ?」
「背後から挟撃されるわけにはいかないからな」
氷牙は前方を見据えた。
「俺は久我を抑える」
「氷牙軍だけで大丈夫か?」
赤堂の表情が険しくなる。
久我が守る影月城。
そこを氷牙軍だけで攻略する。
決して簡単なことではない。
それでも――。
「主力不在の黒曜だ」
氷牙は静かに答えた。
「今の俺でも、勝てる可能性はある」
「…………」
赤堂はしばらく氷牙を見つめる。
そして――。
「そうか……わかった」
赤堂は前を向いた。
「時間が惜しい」
氷牙が言う。
「行け!」
「おう!」
赤堂は笑みを浮かべた。
「武運を祈る!」
「お主こそ!」
赤堂は馬を走らせる。
そのまま黒曜本国へ向かって進軍を開始した。
氷牙は、その背中を見送った。
「…………」
そして――。
一人、影月城へと向き直った。
ーーーーーー
現在。
赤堂烈真は、黒曜領の深くへと進んでいた。
「時間がねぇ!」
馬を走らせながら、赤堂は叫ぶ。
「ここで俺が黒曜本国を落とせば勝ちだ!」
先程まで、白蓮は風前の灯だった。
それでも――。
今は、勝利の可能性がある。
白蓮本国では、今も黒曜三騎士が攻め続けているはずだ。
そんな中、新参者の黒狼に白蓮を任せ、自分たちは黒曜本国を攻めている。
「……正直、あいつを信用しているわけじゃねぇ」
赤堂は呟く。
黒狼から黒曜本国を落とせと伝令が来た時は、ふざけるなと思った。
なぜ、あの新参者一人に白蓮を任せる。
そんなことが出来るはずがない。
だが――。
今なら。
勝てる可能性がある。
「だったら……!」
赤堂は手綱を強く握る。
「俺が黒曜を落とす!」
今も白蓮本国は攻撃されている。
ならば、一刻も早く自分が黒曜本国を落とさなければならない。
そう自分に言い聞かせるように、赤堂は馬を走らせ続けた。
ーーーーーー
そして――。
白蓮本国。
「くそがあァァァ!!」
牙城兵馬が吼える。
「ぶっ殺してやる!!」
鷺森宗玄。
篠塚景虎。
共に黒曜三騎士。
その二人を殺した者が、この先にいる。
「全軍進めェェ!!」
「おおおおおおお!!」
黒曜軍が一斉に反転する。
白蓮本国を攻め落とすために進んでいた軍勢が、今度は黒狼たちを討つために動き始めた。
その頃――。
黒狼は、迫り来る黒曜軍を見据えていた。
吹雪で視界が悪い。
敵の姿も、まだはっきりとは見えない。
だが――。
「…………」
黒狼は、前回の白蓮防衛戦を思い出していた。
あの時、黒狼は初めて見た。
黒曜三騎士と白蓮四天王。
互いに強者であることは、見ていれば分かった。
だが、黒狼が見ていたのは個人の強さだけではなかった。
三人がどう動くのか。
誰が前へ出るのか。
誰が周囲を見ているのか。
誰が昂った者を抑え、誰が全体をまとめるのか。
それぞれが別々の役割を担いながら、三人で一つの軍として動いていた。
その連携を、黒狼は傍から見ていた。
「…………」
だからこそ、分かる。
今の黒曜軍には――その三人の連携がない。
黒曜三騎士のうち、残っているのは牙城兵馬だけ。
どれだけ牙城が強くとも、一人では三人で成り立っていた統制を補うことは出来ない。
今の牙城は――。
「野に放たれた猛獣だ」
黒狼が呟く。
猛獣を討つには、犠牲が出る。
それでも――。
「……仕方ない」
黒狼は静かに前を向いた。
吹雪の中では、敵の位置を正確に把握することは出来ない。
だからこそ、敵がどう動くのかを読む。
前回の戦いで見た、黒曜三騎士の動き。
その連携が崩れている今なら――。
牙城は、必ず前へ出てくる。
黒狼はそう判断していた。
「弓兵は左右の建物の物陰に隠れ、展開しろ」
黒狼が命じる。
「敵軍が見えたら、当たらなくてもいい。とにかく弓がなくなるまで放ち続けろ」
「はっ!」
弓兵たちが動き始める。
「その後、左右を意識している敵軍に正面から突撃する」
九鬼が息を呑んだ。
弓兵で数を減らしていたとしても、正面からぶつかれば確実に被害は出る。
その被害を、どれだけ減らせるか。
それは――。
黒狼は九鬼を見る。
「九鬼」
「……はっ」
「この被害をどれだけ減らせるかは、お前次第だ」
「…………」
九鬼は唾を飲み込んだ。
自分次第で、兵士たちの命が変わる。
その重さが、九鬼の胸にのしかかる。
それでも――。
「……っ! 承知!!」
その返事に、黒狼は小さく頷いた。
「ヒュ~……怖いねぇ、黒狼ちゃん」
隣で黒川が楽しそうに笑う。
「九鬼ちゃんに兵士の命運を託しちゃうなんて」
「…………」
九鬼が黒川を見る。
だが、黒川はいつものように笑っていた。
「それで~」
黒川が首を傾げる。
「俺たちは?」
黒狼は前方を見据えたまま、答えた。
「俺たちは――」
その先を告げる前に。
吹雪の向こうから、黒曜軍の姿が浮かび上がった。
牙城兵馬率いる軍勢が、迫ってくる。
黒狼は黒刀・孤影へ手を添えた。
「…………」
そして――。
静かに前へ歩き出した。
(続く)
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