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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第11章 堕ちゆく者編

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第123話 賭け

その頃――。


 白蓮四天王の二人は、雪原を駆けていた。


 馬の蹄が雪を蹴り上げる。


 白い息を吐きながら、二人はただ前だけを見据えていた。


 だが、その進む先は――白蓮本国ではない。


 黒曜だった。


「……本当に、こっちでいいんだよな?」


 赤堂烈真が、隣を走る氷牙へ声をかける。


「ああ」


 氷牙は短く答えた。


「黒曜本土へ向かう」


「ちっ……」


 赤堂は舌打ちする。


 二人とも、先の戦いで負傷している。


 本来ならば白蓮本国へ戻り、傷を癒やしながら黒曜軍を迎え撃つべきだった。


 それが、今は逆だ。


 白蓮を離れ、黒曜へ向かっている。


 その理由は――。


 少し前。


 白蓮四天王の二人が、黒曜軍との戦いを終えた頃だった。


「氷牙殿!」


 伝令の兵が、息を切らせながら二人のもとへ駆け込んできた。


「黒狼殿から、伝令が届いております!」


「黒狼から?」


 赤堂が眉をひそめる。


「今頃になって、何の用だ?」


「はっ!」


 兵は懐から書状を取り出した。


「黒狼殿より――白蓮四天王の二人は、黒曜本陣を攻め落とせとのことです!」


「……は?」


 赤堂の顔が引きつった。


「何言ってやがる!」


 声を荒らげる。


「俺たちまでこの場を離れたら、白蓮が落ちるぞ!」


「ですが……」


 伝令は怯えながらも続けた。


「白蓮については、黒狼殿が何とかするとのことです」


「何とかするだと!?」


 赤堂が馬上から身を乗り出す。


「たった今まで、まともな戦場にすら出ていなかった新参者に、何ができるってんだ!」


 怒りが滲んでいた。


 無理もない。


 白蓮は今、宗明を失っている。


 そのうえ黒曜軍が本国へ迫っている。


 そんな状況で、戦力を分散させる。


 しかも、その判断をしたのが黒狼だという。


「功績が欲しくて血迷ったか!」


「……」


 氷牙は何も言わなかった。


 ただ、伝令の言葉を静かに聞いていた。


「まだあります」


 伝令が続ける。


「黒狼殿からの言葉です」


「何だ?」


「白蓮の今後を考えるのであれば――先手を打て、と」


「……先手?」


 氷牙の目が細くなる。


 しばらく考え込むように黙っていた。


「お、おい、氷牙殿?」


 赤堂が不安そうに声をかける。


「まさか……本気でこいつの言葉を聞くつもりじゃねぇだろうな?」


 氷牙は答えなかった。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「……本当に、白蓮は大丈夫なんだろうな?」


「は?」


「黒狼が、白蓮を何とかすると言った」


「だから何だってんだ」


「実際に白蓮を守れたとしても、そこから黒曜へ向かうには時間がかかる」


 氷牙は前方を見据えた。


「その頃には、黒曜もこちらへの備えを整えているだろう」


「……」


「それに、我らは既に負傷している」


 氷牙は自らの傷を見下ろした。


「残る二人を相手にした上で、そのまま黒曜本陣まで攻め込むとなれば、こちらの消耗も大きい」


「それは……そうだが」


「長期戦になる」


 氷牙の声は冷静だった。


「そうなれば、白蓮も黒曜も互いに戦力を削り続けることになる」


 そして――。


「それに……我らは既に負けた」


 赤堂が黙り込む。


 その言葉は、二人にとって重かった。


白蓮四天王。


それほどまでに誇りを持っていた自分たちは、黒曜三騎士に敗れた。


傷を負い、追い詰められた。


それが現実だった。


「だが」


 氷牙が続ける。


「もし、黒狼に白蓮を任せられるのであれば」


「……」


「主力のいない黒曜本土を攻めることは、我らにも可能だ」


 赤堂の目が見開かれる。


「お、おいおい……」


 氷牙は馬を進ませながら、静かに言った。


「白蓮へ戻れば、黒曜軍との戦いが待っている」


「だが、黒曜へ向かえば――」


「黒曜の根を断てる可能性がある」


 赤堂は唇を噛んだ。


 無謀だ。


 危険すぎる。


 だが――。


 このまま白蓮へ戻っても、待っているのは消耗戦だ。


 そして、白蓮を守り切れたとしても、その先には再び黒曜との戦いがある。


 ならば。


 黒曜の本土を直接叩く。


 敵の主力がいない今だからこそできることだった。


「……氷牙」


「何だ」


「本気か?」


「ああ」


 氷牙は迷いなく答えた。


「白蓮の未来のために、賭けてみる」


 赤堂はしばらく黙っていた。


 やがて――。


「ちっ……」


 大きく息を吐く。


「仕方ねぇ!」


 赤堂が拳を握り締めた。


「ここまで好き勝手やられたんだ。一矢くらい報いてやる!」


 そして、鋭い目で前を睨む。


「ただし――」


「……?」


「もし黒狼が失敗したら、俺が殺す」


 氷牙は何も言わなかった。


 ただ、前を向いた。


 それでいい。


 これは信頼ではない。


 賭けだ。


 白蓮の未来そのものを、黒狼という一人の男へ託す。


 その賭けに負ければ――。


 待っているのは、死。


 戻る場所もない。


 白蓮が滅びれば、その先に残るものもない。


 だからこそ――。


 失敗は許されなかった。


 そして今。


 二人は応急手当てを済ませ、再び馬を走らせていた。


 向かう先は黒曜本土。


 傷は癒えていない。


 兵も十分ではない。


 それでも、止まるわけにはいかなかった。


「……氷牙」


「何だ?」


「本当に、白蓮は大丈夫なんだろうな」


 赤堂が、もう一度だけ尋ねる。


 氷牙はしばらく答えなかった。


 やがて――。


「信じるしかない」


「……」


「我らが選んだ道だ」


 雪原を、二頭の馬が駆け抜けていく。


 その先にあるのは、敵国。


 黒曜。


 二人にとっては、決して戻れる保証のない道だった。


 それでも進む。


 白蓮の未来を――。


 黒狼に託して。


「……頼んだぞ、黒狼」


 氷牙は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


ーーーーーーー


 その頃――。


 白蓮本国へ向かう雪原を、黒狼たちは歩いていた。


「黒狼殿」


 九鬼が声をかける。


「先ほどの伝令ですが……本当に、あの二人を黒曜へ向かわせてよかったのでしょうか」


「……ああ」


 黒狼は足を止めない。


「これでいい」


「しかし、白蓮本国には黒曜軍が迫っております」


 九鬼の声には、まだ不安が残っていた。


「四天王が二人とも離れれば、白蓮を守る戦力が減ります」


「分かっている」


「ならば、なぜ……」


 黒狼はしばらく黙っていた。


 やがて、静かに口を開く。


「白蓮を守るだけじゃ、何も終わらないからだ」


「……?」


「仮に白蓮本国を守れたとしても、黒曜は残る」


 黒狼は前方を見据えた。


「今の黒曜軍は、白蓮を落とすために全軍を前へ出している」


「……」


「しかも、三騎士の一人は死んだ」


 九鬼の表情が強張る。


「鷺森宗玄……」


「ああ」


 黒狼の声に感情はなかった。


「残る二人も、今は白蓮へ向かっている」


 だからこそ――。


「今の黒曜本土は、空いている」


「……!」


 九鬼が目を見開く。


「四天王には、そこを叩いてもらう」


「しかし、それでは黒曜軍が戻ってくるのでは?」


「戻るなら、それでいい」


「え……?」


 黒狼が初めて九鬼を見る。


「白蓮を攻める軍が減る」


「……」


「黒曜本土を守るために戻るなら、白蓮は助かる」


 黒狼は再び前を向いた。


「戻らないなら、黒曜本土が落ちる」


「……どちらに転んでも」


「ああ」


 黒狼は淡々と答えた。


「俺たちに損はない」


 九鬼は言葉を失った。


 かつての黒狼なら、こんなことを考えただろうか。


 敵軍の動きだけではない。


 敵が何を選ぶかまで計算し、その選択すら自分の勝利へ繋げようとしている。


「いやぁ~」


 隣を歩く黒川が、楽しそうに笑った。


「ずいぶん怖いことを考えますねぇ、黒狼ちゃん」


「……そうか?」


「ええ」


 黒川は笑みを浮かべたまま、黒狼を見る。


「昔の黒狼ちゃんなら、こんな作戦は思いついても実行しなかったでしょうねぇ」


「……」


 黒狼は答えなかった。


 ただ、腰に差した黒刀・孤影へ手を添える。


「戦場で勝てないなら、戦場の外で勝つ」


 先ほどの言葉を、もう一度呟く。


 だが――。


 今の黒狼にとって、それはもう綺麗な言葉ではなかった。


 勝つためなら、味方すら動かす。


 必要なら、犠牲にする。


 そして――。


 その判断に、もう迷いはない。


「もし四天王が黒曜本土を落とせなければ――」


 九鬼が尋ねる。


「その時は、どうするおつもりですか?」


 黒狼は白蓮本国を見据えた。


「その時は、俺たちがここを落とす」


「……!」


「どちらも失敗することはない」


 淡々とした声だった。


「俺たちが、勝つ」


 その言葉には、かつての山にあった迷いがなかった。


 もう、後戻りはできない。


 白蓮の命運も。


 四天王の命も。


 すべてを賭けて――。


 黒狼は前へ進んだ。


(続く)


読んでいただきありがとうございます。

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