第122話 戦場の外で
雪国。
白蓮本国。
白蓮宗明のいない今、その城内はかつてないほどの混乱に包まれていた。
「な、なぜだ!? もうここまで黒曜が攻めてきているのか!!」
「四天王たちは何をしておるか!!」
「誰でもいい! 誰かあの黒曜軍を止めよ!!」
城内を駆け回る兵たち。
指示を求める者。
怒鳴り散らす者。
そして――。
「ああ……白蓮が……」
ただ絶望する者。
殿である白蓮宗明がいない。
それだけで、白蓮軍はこれほどまでに脆くなっていた。
誰もが自分の判断に確信を持てず、命令系統も乱れている。
迫り来る黒曜軍を前にしても、全軍をまとめ上げる者がいなかった。
その頃――。
白蓮本国へ向かって、黒曜軍は進み続けていた。
白い雪を踏みしめながら、三人の男が先頭を歩いている。
「……うぅ、寒いですねぇ」
鷺森宗玄が、肩を震わせながら呟いた。
「無理もない」
隣を歩く篠塚景虎が答える。
「暖かな黒曜とは違い、白蓮は雪国だ」
「嘆くな。もう少しの辛抱だ」
景虎は前を見据えたまま歩き続ける。
その後ろでは、牙城兵馬がつまらなそうに肩を回した。
「しかし、もう強ェ奴はいねぇからな」
「せっかくここまで来たってのに、つまんねェ戦だ」
「そう言うな、牙城殿」
宗玄が苦笑する。
「我らが上だっただけのことです」
「……あ?」
「白蓮四天王と呼ばれる者たちも、所詮は我らの前では――」
宗玄はそこで言葉を止めた。
「しかし、この寒さは老体には辛いですな」
「そんな年齢じゃねェだろ」
「ははは。冗談ですよ」
宗玄は笑った。
そして、少し申し訳なさそうに二人を見る。
「では、お二人とも先に行ってください」
「あ?」
「私は少々、厠へ行ってきますので」
「やれやれ……」
兵馬が呆れたように息を吐く。
「先に行ってるからな」
「ええ。すぐに追いつきます」
そう言って、宗玄は二人から離れていった。
兵馬と景虎は、そのまま進軍を続ける。
雪の中へ消えていく二人の背中。
その隙を――。
見逃さない者がいた。
*
「うぅ……寒い、寒い……」
宗玄は人目のない場所まで来ると、身を縮めながら厠へ入った。
外では吹雪が舞っている。
戦場からも離れている。
武器を手にする必要もない。
完全な無防備だった。
宗玄が用を足していると――。
「鷺森宗玄殿とお見受けいたす」
「……?」
背後から声がした。
宗玄が振り返ろうとする。
「まぁ待ちなされ。もう少しだから――」
「いえいえ~」
別の声が響いた。
「そのままで構いませんよ」
次の瞬間――。
グサッ。
「――っ!?」
背後から伸びた刀が、宗玄の身体を貫いた。
「っ……ぐ、はぁ……!」
宗玄の身体が大きく震える。
口から血が溢れた。
背後に立っていたのは――。
黒川宗十郎。
そして、そのさらに後ろから一人の男が姿を現す。
黒い狼の面。
白い髪。
冷たい瞳。
宗玄は血を吐きながら、その男を睨んだ。
「な……何者だ……?」
男は答えた。
「黒狼」
その声に、宗玄の目が見開かれる。
「……黒狼……?」
黒狼は何も言わない。
ただ、腰の黒刀へ手を伸ばした。
そして――。
スパッ。
一閃。
黒刀・孤影が振り抜かれる。
鷺森宗玄の首が、雪の上へ落ちた。
身体もその場に崩れ落ちる。
静寂。
吹雪の音だけが、その場に残った。
「ヒュ~ッ!」
黒川が口笛を吹く。
「お見事です!」
黒狼は黒刀についた血を払い、そのまま鞘へ収めた。
そこへ――。
「黒狼殿!」
九鬼影宗が駆けてくる。
そして目の前の光景を見て、言葉を失った。
「これは……」
倒れている鷺森宗玄。
その首から流れ出る血が、白い雪を赤く染めている。
「なんとも……」
九鬼は苦しそうに顔を歪めた。
「武士道とは……かけ離れた行為……」
「硬いんだよ、九鬼ちゃんは~」
黒川が呆れたように肩をすくめる。
「戦って勝てる相手ならともかく、こっちは勝つために来てるんですよ?」
「しかし……!」
九鬼が黒狼を見る。
「正々堂々と戦うという道もあったはずです!」
黒狼は答えない。
ただ、雪の上に倒れた宗玄を見つめている。
やがて――。
「勝てれば、それでいい」
「……!」
「何を犠牲にしてでもな」
九鬼の表情が固まった。
「し……しかし……」
「なら」
黒狼が九鬼を見る。
「武士道を貫いて、白蓮を滅ぼすか?」
「そ……それは……」
九鬼は言葉を失った。
黒狼は再び前を向く。
「戦場で勝てないなら、戦場の外で勝つ」
その声には、迷いがなかった。
「それだけだ」
「まぁまぁ」
黒川が楽しそうに笑う。
「黒狼ちゃん、次はどうする?」
「……そうだな」
黒狼は前方を見る。
その先には、白蓮本国がある。
まだ黒曜軍は進軍を続けている。
白蓮は混乱している。
そして――。
黒曜三騎士は、残り二人。
黒狼は静かに歩き始めた。
自分でも気づかないまま。
人を殺すことへの躊躇が、少しずつ消えていた。
かつてなら、殺すことを恐れた。
誰かを傷つけることに迷った。
それでも仲間を守るために、刀を握った。
だが――。
今の黒狼には、その迷いがなかった。
必要だから殺す。
勝つために殺す。
ただ、それだけ。
黒狼の中で何かが、確実に変わり始めていた。
そしてその変化は――。
もう、誰にも止められないところまで来ていた。
(続く)
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