第121話 邪道の選択
黒曜軍は、止まらなかった。
白蓮軍の防衛線を押し崩し、そのまま前へ進んでいく。
倒れる白蓮兵を踏み越え、黒曜の旗が一つ、また一つと前進していく。
もはや、それを止められるだけの力は白蓮には残されていなかった。
「進めぇぇぇ!」
「白蓮本国まで突き進め!」
「敵を逃がすな!」
黒曜兵たちの怒号が響き渡る。
その光景を、戦場から少し離れた場所で眺めている者たちがいた。
「黒狼殿!」
九鬼影宗が鬼気迫る表情で叫ぶ。
「このままでは……白蓮が滅んでしまいます!!」
黒狼は答えない。
ただ、遠くで崩れていく白蓮軍を静かに見つめている。
「黒狼殿!!」
「……まだだ」
ようやく返ってきた言葉。
九鬼が目を見開く。
「ま、まだ……?」
「……ああ」
「し、しかし!!」
九鬼は一歩前へ出る。
「六道殿から追加で動員して頂いた兵士たちもいるのです! 我らにはまだ十分に戦える兵力があります!」
必死の訴えだった。
だが、黒狼は振り返らない。
「九鬼ちゃん〜」
横から、黒川宗十郎が口を挟んだ。
「大将がまだだって言ってるんだからさ」
黒川はどこか楽しそうに笑う。
「お楽しみは、今じゃないんだよ」
「なにが楽しいか!!」
九鬼が怒鳴り返す。
「このままでは白蓮そのものが滅ぶのだぞ!!」
「だからこそ、面白いんじゃないですか〜」
「貴様は……!」
二人の声を聞きながら、黒狼は黙って戦場を見ていた。
白蓮の旗が倒れていく。
兵が逃げていく。
黒曜軍が、その後を追う。
このまま進めば、間違いなく白蓮本国へ届く。
そして――。
白蓮は滅びる。
(……そう)
黒狼は、ゆっくりと目を細めた。
(今じゃない)
今、この戦に入る必要はない。
黒曜軍と白蓮軍。
両軍がぶつかり、互いに兵を削っている。
ここで自分たちが動けば、戦況は大きく変わる。
だが――。
(この戦自体に干渉するつもりはない)
黒狼の手が、腰にある黒刀へ触れる。
かつてなら、迷っていた。
誰かを助けるために戦うことを選んでいた。
だが、もう違う。
(邪道と言われようが……)
黒刀の柄を握る。
(もう、どうでもいい)
黒狼は視線を戦場から外した。
「伝令兵」
「はっ!」
近くにいた兵が駆け寄る。
「来い」
「はっ!」
黒狼は短く命じた。
「氷牙と赤堂に伝えろ」
「……はい」
「お前たちは、黒曜本国へ向かえ」
「……え?」
伝令兵の動きが止まる。
黒狼は淡々と続けた。
「そして――落城させろ」
「は……?」
一瞬。
その場の空気が止まった。
「はっ……はっ!?」
伝令兵が慌てて頭を下げる。
「りょ、了解しました!」
伝令兵が走り出そうとした、その時だった。
「!!!??!」
九鬼が絶句する。
「な、なにを……!?」
九鬼は黒狼へ詰め寄った。
「白蓮四天王を防衛から外すなど……! 本当に白蓮が落ちます!!」
「……あの二人では、黒曜三騎士には勝てない」
「……!」
九鬼の表情が固まる。
「それに、今は負傷している」
黒狼は淡々と続ける。
「なら、黒曜本軍のいない黒曜を落とす方が楽だろ」
「な……」
九鬼は言葉を失った。
白蓮四天王。
それは白蓮を支えてきた、最強の武将たちだ。
その二人を――。
まるで一段下の駒であるかのように扱う。
「黒狼殿……!」
「戦場で勝てないなら、戦場以外で勝てばいい」
黒狼はそれだけ言うと、再び前を向いた。
その横で――。
「はっはははは!!」
黒川が突然、腹を抱えて笑い出した。
「面白い!!」
「面白くない!!」
九鬼が怒鳴り返す。
「何を笑っている!!」
「だって、まさかここでそっちを選ぶとは思わなかったもんで」
黒川は腹を抱えながら笑っている。
「いやぁ……いいですねぇ」
「貴様……!」
「九鬼ちゃん」
黒川が笑みを浮かべたまま言う。
「大将は、もう決めたんですよ」
「だから何だ!」
「だったら、あとは見るだけでしょう?」
「ふざけるな!!」
九鬼が黒川を睨みつける。
そして再び黒狼を見る。
「まだ遅くありません!」
その声には、焦りが滲んでいた。
「お考え直しを!!」
黒狼はしばらく黙っていた。
遠くでは、未だに戦の音が響いている。
怒号。
悲鳴。
鉄がぶつかり合う音。
その全てを聞きながら、黒狼は静かに背を向けた。
「……行くぞ」
「黒狼殿!!!」
九鬼の声が響く。
だが、黒狼は振り返らない。
その背中を、黒川だけが笑みを浮かべながら追っていく。
黒曜軍によって、白蓮は滅びへと向かっている。
それでも――。
黒狼は動かなかった。
いや。
正確には――。
戦場を救うためには、動かなかった。
黒狼が選んだのは、誰も予想しなかった道だった。
そして、その選択が戦場へ届くのは――。
まだ、先の話だった。
(続く)
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