第12話 黒鉄郷
鉄の匂いがした。
土と混じった、鈍い臭い。
「……ここか」
弥助が呟く。
黒鉄郷。
傭兵や流れ者が集まる村。
向けられる視線は、どれも同じだ。
値踏み。品定め。
(……こういう場所か)
山は周囲を一度だけ見て、歩を進めた。
⸻
「迷ってんのかい?」
軽い声。
振り向くと、男が一人、壁にもたれていた。
笑っているが——目は笑っていない。
「仕事探しだろ?」
山は少しだけ間を置いて頷く。
「……まあな」
「いいねえ」
男は肩を揺らす。
「あるぜ、一つ。誰もやりたがらねえやつがな」
⸻
話は単純だった。
近くの村が山賊に襲われている。
人数は二十前後。
報酬は——ほぼ無し。
「却下だな」
弥助が即答する。
当然だ。
「……だよなあ」
男は笑う。
視線が山に向く。
(……試してるな)
山は少し考えて——口を開いた。
「……行く」
弥助が顔をしかめる。
「は? 正気か?」
「……名前が売れる」
山は短く言う。
「“使える”って思わせれば、次に繋がる」
弥助は黙る。
「……チッ」
舌打ち。
「乗る。ただし——ヤバかったら引くぞ」
「当然だ」
玄が静かに言う。
「前は任せろ」
山は一度だけ頷いた。
⸻
村は、静かだった。
「……夜に来る」
村人が震えながら言う。
「毎回、同じ時間に……」
(習慣化してる)
「アジトは?」
「森の奥……見張りが……」
「分かった」
山は頷く。
「準備する」
⸻
日が落ちる前。
山は全員を見る。
「役割決める」
短く言う。
「弥助、森に入ってアジト側の動きを止める」
「玄は村側。戦える奴をまとめる」
そして——
「鉄は前。玄と組め」
「孫六は後ろから弓」
⸻
「了解〜」
孫六は軽く手を上げた。
いつも通り、気の抜けた声。
「まあ後ろなら安全だし楽だよな。俺そっち得意〜」
弥助が横目で見る。
「お前、ほんと緩いな」
「緩くないとやってらんねぇだろ? こういうの」
笑っている。
完全に気楽な顔だ。
だが——
その視線だけは一瞬、森の奥を測っていた。
(……見えてるな)
山は気づくが、何も言わない。
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「……俺は一人で動く」
弥助が眉をひそめる。
「は? なんでだ」
「全体を見るやつが要る」
それだけ言う。
弥助は一瞬だけ黙り——
「……死ぬなよ」
「死ねねぇよ」
短く返す。
孫六が笑う。
(空気を壊さないやつだ)
山はそう判断する。
⸻
それぞれが動き出す。
山は一人、地面を見る。
(ここだ)
枝を削る。
尖らせる。
打ち込む。
逆茂木。
刺し竹。
(止まればいい)
数は多くない。
だが——足は止まる。
(それで十分だ)
⸻
森の中。
「……めんどくせぇな」
弥助は小さく呟く。
だが足は止めない。
(あいつがやるって言った)
ならやる。
弥助は一度、森の奥を確認する。
山賊のアジト側。
怒号。
足音。
複数の気配。
(まだ中にいる)
だがやがて——
奥の気配が動き出す。
外へ。
一団、二団と森へ流れる。
(……出切ったな)
弥助は息を吐く。
「……今だ」
火を入れる。
乾いた木が一気に燃え上がる。
「よし……」
振り返る。
炎が夜を染める。
(全員外に出た)
(これでいい)
⸻
その頃、孫六。
森の縁で木に隠れながら、ぼやく。
「いや〜ほんとこういうの嫌なんだよなぁ……」
弓を肩にかけたまま、姿勢はだらけている。
「適当に誰かやってくれねぇかな……」
だが——
森の奥の気配が“村へ流れ始めた瞬間”。
空気が変わった。
(……来たか)
孫六の目が細くなる。
笑いが消える。
呼吸が静かになる。
弓を構える動きが、異様に滑らかになる。
「……ここだな」
仕事モード。
だがそれは“やる気”ではない。
“面倒を最短で終わらせるための集中”。
(外したら、また面倒が増える)
だから外さない。
弦が鳴る。
――一射。
森の奥で、先頭の足が崩れる。
「っ……!?」
それだけで流れが乱れる。
孫六はすぐに構えを戻す。
「……はいはい、終わり終わり」
もう一度狙う気配は薄い。
必要最低限で終わらせる。
(これ以上やると目立つしな)
それが彼の本音だった。
⸻
夜。
「来た……!」
山賊が村へ向かう。
その瞬間——
森の奥が燃え上がる。
「なっ——!?」
山賊が振り向く。
混乱。
(今だ)
山は刃を上げる。
錆びた刀。
だが——十分だ。
深く息を吸う。
そして——
遠く森の火元に向けて、刀を振る。
「……合図だ」
月明かりに刃が光る。
⸻
村側。
玄が叫ぶ。
「行け!!」
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前後から挟まれる山賊。
「なんだと!?」
逃げようとする——
「ぎゃああああ!!」
足を取られる。
刺し竹。
倒れる。崩れる。
「なんだこれ!?」
隊列が乱れる。
(止まった)
それだけでいい。
⸻
弥助は森側から戻りながら状況を見る。
「燃やした」
山は短く頷く。
「……助かる」
⸻
戦いは長くなかった。
山賊は戦意を失う。
「……終わりか」
弥助が息を吐く。
縛る。武器を奪う。
鉄と玄が前を押さえ、
孫六が距離を取りつつ警戒する。
弥助が逃げ道を潰す。
(回ってる)
⸻
「……助かった」
村人が頭を下げる。
山は少しだけ視線を逸らす。
「……俺だけじゃない」
弥助が笑う。
「珍しくまともじゃねぇか」
誰も否定しない。
⸻
山は空を見る。
(生きた)
それだけだ。
だが——
(次に繋がる)
それも分かる。
五人は歩き出す。
まだ形になったばかりの集まり。
だが——
もう、ただの寄せ集めじゃない。
(続く)
読んでいただきありがとうございます。
この12話も大きく作り直しました。弥助と孫六の視点もいれ、戦術に二人も組み込む形となりました。
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