第115話 村長の違和感
村へ戻る頃には、すっかり夜も深くなっていた。
黒狼、九鬼、黒川の三人が村へ入ると、黒川が大きく息を吐いた。
「ふぅ〜、着いた着いた。今回の報酬は期待できるかな?」
「おい。我らは報酬のために討伐したわけではないぞ」
九鬼が呆れたように嗜める。
「でも、命を懸けて討伐したんだから、何かしらあってもいいかもな。宴でも開いて民と一緒に騒いだり……まぁ、そんな蓄えはないだろうが」
黒狼がそう言うと、黒川の顔がぱっと明るくなった。
「そうですよね〜! さすが黒狼殿です。賊を討伐した報酬くらいないと士気も上がりませんもんね」
「まぁ、報酬として民と共に宴を開くというのはいいと思いますが」
九鬼も苦笑しながら続ける。
三人はそんな話をしながら、村の中を歩いていった。
だが、村の様子は戻ってきても変わらない。
粗末な家。
痩せ細った民。
疲れ切った表情。
賊に襲われ続けていたのだから当然なのだろう。
黒狼も、それ以上深く考えることはなかった。
やがて、村長が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「戻っていらしてたんですね! 賊はどうなりましたか?」
「賊は討伐した。安心していい。もう襲われることはないだろう」
黒狼が答える。
「おおっ……ついに賊を討伐されたと!? ありがとうございます!!」
村長は大きく頭を下げた。
そして顔を上げると、すぐに尋ねた。
「全員殺しましたか? 生き残りなどはいませんか?」
その言葉に、黒狼の視線が僅かに止まった。
「……」
何故だ。
なぜ、この村長はそこまで生き残りに拘る?
村を襲っていた賊なのだから、討伐されたことを喜ぶのは分かる。
だが――。
「何人か捕縛できれば良かったが、そこまで余裕もなかった。何か話を聞きたかったか?」
九鬼が尋ねる。
「い、いえいえ! 滅相もありません! あの者達で生き残りがいないのであれば、それでよいのです」
村長は慌てて手を振った。
「では、私の屋敷で宴の準備をしますので、お待ちください」
「……待て」
黒狼が足を止めた。
村長も止まる。
「お前は、なぜそこまで賊の生き残りに拘る?」
「え……」
村長の表情が固まった。
「黒狼殿?」
黒川も不思議そうに黒狼を見る。
黒狼は村長から視線を逸らさなかった。
「それに……」
改めて村長の姿を見る。
先ほどまでは気にも留めなかった。
だが、一つ疑問を抱いた途端、今まで見えていなかったものが目につき始める。
村長が着ている衣服は、村人たちのものより明らかに質が良い。
身体も、村人ほど痩せ細ってはいない。
それだけなら、村をまとめる立場なのだから蓄えがあるのかもしれない。
だが――。
「なぜ、民は皆痩せ細っているのに、お前は違う?」
「そ、それは……」
村長の顔から笑みが消える。
「この村には、宴を開けるほどの食料が残っているのか?」
「え、ええ……まぁ」
「なら、なぜ民には行き渡っていない?」
「……」
答えが返ってこない。
黒狼は静かに村人たちへ視線を向ける。
誰もが痩せている。
服も継ぎ接ぎだらけだ。
それなのに、この村長だけは違う。
「この時のために蓄えていたのです!」
村長が慌てて答えた。
「この時?」
「ええ! 討伐してくださった皆様をもてなすために、少しずつ蓄えていたのです!」
黒狼は黙った。
それなら、何故だ。
なぜ賊が村を襲い続けていたのに、村長だけがこれほど無事なのだ。
そして、先ほどの言葉。
生き残りを気にしていた。
さらに村長は、賊が次に何を要求するのかを知っているような口ぶりだった。
黒狼はゆっくりと村長へ近づいた。
「……貴様」
「は、はい?」
「まさか、賊に民を襲わせていたわけではないだろうな?」
「なっ……!」
村長の顔が引きつった。
「民を生贄にして、自分だけは被害を受けないようにしていたんじゃないのか?」
「め、滅相もありません! そんなこと、私がする徳がありません!」
「そうか」
黒狼は村長を見つめる。
「なら、なぜ民からもう奪えるものはないと分かっていた?」
「……!」
「次に奪うのは女だと聞いたが、次は貴様の蓄えも奪われる対象になった。だから白蓮へ討伐を依頼したんじゃないのか?」
村長の額から汗が流れ落ちる。
黒狼は確信していた。
賊に民を襲わせる。
民から食料や金を奪わせる。
そうすれば、民の憎しみは賊へ向かう。
村長自身へ向けられることはない。
自分が生き残るために、村人を差し出していたのだ。
「そ、そんなこと……!」
村長は震えながら後退る。
「なら白蓮に討伐依頼などしません! 私は村を守るために――」
「違う」
黒狼が遮った。
「村を守りたかったんじゃない。自分を守りたかっただけだ」
「……っ」
村長の顔が歪んだ。
そして次の瞬間、堪えていたものが弾けるように声を荒らげた。
「くっ……なにが悪い!!」
村人たちがざわめく。
「自分のことを考えて何が悪い!! 誰もが自分のことを優先する! 私だってそうだ!」
村長は叫び続けた。
「それに、私がいるから民の生活は成り立っているのだ! その民が私のために犠牲になるのは仕方ないのだ!」
黒狼は黙って村長を見ていた。
「私は悪くない!」
その言葉だけが、静かな村に響いた。
「……お前」
黒狼の口から、低い声が漏れる。
だが、その横で黒川がふっと笑った。
「なるほど」
黒川は腰へ手を伸ばした。
「よかった」
刀の柄を握る。
「貴方が悪人で」
黒川が刀を抜いた。
月明かりを受けた刃が、静かに輝いた。
「ひっ……」
村長の顔から血の気が引いていく。
黒狼は、その光景をただ見つめていた。
(続く)
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