第113話 二度目の殺し
汚い笑い声が、洞穴の中に響いていた。
地面には食べ物や酒が散乱し、そこかしこに空になった酒瓶が転がっている。
「もうこれしかねぇのか」
「足りなけりゃ奪えばいいだけだろ」
「そうそう。あいつらだって生きてるんだからよ。その分の蓄えはあるんだから」
「殺す気じゃねぇか」
「だっははははっ!」
盗賊たちの笑い声が洞穴に響き渡る。
「まぁ、それもなければ、今度は女を奪うだけだ」
「違ぇねぇ」
歪んだ笑みを浮かべながら、盗賊たちは立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「おう」
ぞろぞろと盗賊たちが洞穴から出ていく。
その姿は、まるで餌を求めて巣から這い出してくる蟻の群れのようだった。
向かう先は、最近になって何度も襲っている村。
年貢を納めているだけあって、これまではそれなりに蓄えもあり、奪える物も多かった。
だが、それももう尽きかけている。
盗賊たちは森の中を歩きながら、好き勝手に言葉を交わしていた。
「ここ最近は家に侵入しても、本当に奪うものがなくなってきたからな」
「だから今回もなければ、他のものを奪うだけだ」
「それに村の人数が減れば、それだけ次までの蓄えも増えるからな。半分くらいは殺してもいいだろ」
「なるほど」
一人の男が、少し離れた場所から口を挟んだ。
「自分たちのためなら、村人の命なんてどうなってもいいと?」
「あぁ?」
盗賊の一人が振り返る。
「んなもん当たりめぇだろ?」
男は下卑た笑みを浮かべた。
「むしろ死ぬことで俺たちのためになるんだから、光栄なことだろうよ!」
「だっははははっ!」
周囲の盗賊たちも笑い声を上げる。
「そうか……」
男は静かに呟いた。
「って、お前……見ねぇ顔だな」
盗賊の一人が男をまじまじと見る。
「いつからい――」
言葉が最後まで続くことはなかった。
ズバッ!
首が宙を舞った。
地面に落ちた首から血が噴き出し、周囲の盗賊たちが凍りつく。
男の正体は黒狼だった。
「気付くの遅いですよ〜」
その声と同時に、黒狼の背後にいた黒川が刀を振り抜いた。
盗賊の頭と思われる男の身体が、ゆっくりと地面へ崩れ落ちる。
「悪なんで、皆殺ししますね」
「っっっ!?」
盗賊たちの顔から、一気に血の気が引いた。
だが、それだけでは終わらない。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
群れの後方から悲鳴が上がった。
「な、なんだ!?」
振り返った盗賊たちの目に映ったのは、倒れていく仲間たちの姿だった。
九鬼が、すでに後方へ回り込んでいた。
逃げ道を塞ぐように立ち、迫ってくる盗賊を一人、また一人と斬り伏せていく。
「あー、僕の獲物減っちゃうじゃないですか」
黒川が残念そうに呟く。
「それじゃ、狩りの始まりです」
黒川の口元が歪んだ。
次の瞬間、刀が閃く。
ズバァッ!
首が飛ぶ。
別の男へ踏み込み、刃を振り抜く。
ザシュッ!
さらに一人。
その動きには迷いがない。
九鬼もまた、無駄のない動きで盗賊たちを次々と斬り伏せていく。
「ぐあっ!」
「ひぃぃぃっ!」
「逃げろ!」
逃げようとした盗賊の前に九鬼が立ちはだかる。
「逃がすわけにはいかん」
刃が走り、盗賊が倒れ伏した。
森の中は、あっという間に血の臭いで満たされていった。
黒狼は、その光景を見ていた。
盗賊たちは、村人から奪うことで生きていた。
食べ物を奪い、金を奪い、そして次は女まで奪おうとしていた。
それだけではない。
村人を殺せば、自分たちが次に奪えるものが増える。
先ほど聞いた言葉が、黒狼の頭から離れなかった。
――死ぬことで俺たちのためになるんだから、光栄なことだろうよ。
「……こいつらは、生きることで誰かを殺す」
黒狼は、静かに呟いた。
「だから……生きる価値がない」
かつての自分なら、そんな言葉を口にすることすら躊躇っていただろう。
だが、今は違う。
弱い者が奪われ、強い者が奪う。
それが、この時代の現実だ。
弱肉強食。
確かに、それはこの時代では正しいことなのかもしれない。
ならば――。
「俺が強者になればいい」
黒狼は、腰に差した黒刀・孤影へ手を伸ばした。
鞘からゆっくりと刀を抜く。
黒い刀身が、陽の光を受けて鈍く輝いた。
「俺は戦闘員じゃない」
黒狼は刀を握り締める。
「真っ向勝負なんて……無駄死にだ」
盗賊の一人が、こちらに気付いて振り返った。
「な、なんだお前――」
黒狼はその視界から外れるように一歩踏み込んだ。
そして、相手の死角から刀を振り抜く。
ズバァッ!
盗賊が倒れた。
「……視界の外から斬る」
卑怯と言われようと、構わない。
勝負の形にこだわる必要などない。
自分は戦うために生きているのではない。
生きるために、戦うのだ。
「卑怯と言われようと関係ない」
黒狼は倒れた盗賊を見下ろした。
「俺が生きるために……お前らのような悪を利用するだけだ」
黒刀・孤影を握る手に、力が入る。
かつてなら、人を斬った瞬間に身体を駆け抜けていた痛み。
震え。
吐き気。
自分が人を殺したという現実。
それらは、確かに残っている。
だが――。
以前ほどの痛みは、もう感じなかった。
黒狼は、血に濡れた黒刀を見つめる。
二度目の殺しは、以前ほどの痛みを伴わなかった。
(続く)
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