第111話 弱き者を救うために
黒狼として白蓮で過ごす日々の中、その日はいつもと変わらない一日だった。
ある日、黒狼が自室で黒刀・孤影に油を塗っているときだった。
廊下から話し声が聞こえてきた。
「先程、また村長が助けを求めてきたそうだ」
「ああ。また盗賊に襲われたから討伐してくれってか?」
「そうらしい。だが、こっちも小さな村に人員を割く余裕はないからな」
「これまで年貢もしっかり納めてくれていた村だったからな。準備が整い次第、兵を送ると言われて、渋々帰ったそうだ」
「だが、待ち続けても誰も送られてこないんだがな」
「仕方ないだろ。今の白蓮は、それどころじゃない」
足音が遠ざかっていく。
それに合わせて、声も徐々に小さくなっていった。
「……」
黒狼は何も言わなかった。
ただ、手にした布で黒刀・孤影を磨き続ける。
刀身に薄く油を馴染ませながら、先程の会話を思い返していた。
村が盗賊に襲われている。
助けを求めている。
だが、白蓮は動かない。
理由も分かる。
今の白蓮は宗明を失い、四天王も欠け、内部もまとまっていない。
そんな状況で、付近の小さな村に兵を割く余裕がないことくらい黒狼にも理解できた。
それでも。
黒狼の脳裏に、ふと昔の記憶が蘇った。
雷姫と話した時のこと。
あの時、自分は言った。
どこも同じだと。
必要な時だけ使われ、用済みになれば終わる。
綺麗事だけでは国は守れない。
あの時の自分は、それが現実なのだと思っていた。
雷姫もまた、白蓮に思うところがあったのだろう。
その言葉を否定することはなかった。
「……」
黒狼は手を止める。
黒刀・孤影の刀身に、自分の仮面が映っていた。
黒い狼の仮面。
今の自分は、あの頃の自分とは違う。
それでも。
「綺麗事だけでは国は守れない……か」
小さく呟いた。
その時だった。
「失礼。入ってもよろしいかな?」
扉の向こうから声がした。
六道だった。
「ああ」
黒狼が答えると、六道が部屋へ入ってくる。
そして黒狼の手元を見る。
「おや、刀の手入れですか」
「ああ」
「命を守る刀です。大切にしていただいて結構ですよ」
六道は穏やかに笑う。
黒狼は刀を鞘へ納めた。
「それで、何用だ?」
「用というほどでもありませんよ」
六道は肩をすくめる。
「長閑なので、世間話でもと思いまして」
「……そうか」
「少しは白蓮にも慣れてきましたか?」
「そうだな」
黒狼は一度答えた。
だが。
僅かに考え込む。
「だが……」
六道は黙って続きを待った。
「さっき、付近の村が盗賊に襲われていると聞いた」
「そのようですね」
「助けに行かないのか?」
六道は少しだけ目を細めた。
「ご存知の通り、白蓮は殿を失い、四天王も失い、国内は不安定な状況です」
「付近の村に人員を割く余裕はないのです」
「……そうか」
黒狼は俯いた。
理解はできる。
だが、納得できるわけではなかった。
六道はそんな黒狼を見つめる。
そして、穏やかな口調で言った。
「もし黒狼殿が向かいたいと言うのであれば、私は止めはしませんよ」
黒狼が顔を上げる。
「四天王として功績もできます」
「それに、弱き民を救うことにもなるでしょうからね」
黒狼はしばらく黙っていた。
そして。
「……いいだろう」
ゆっくりと立ち上がる。
「俺が行く」
六道は笑った。
「そうですか」
「副将の二人を連れて行く」
「勿論、それが安全でしょう」
六道は一礼する。
「では、準備が整い次第、向かわれるとよいでしょう」
黒狼は腰の黒刀・孤影へ手を添えた。
「分かった」
こうして黒狼は、黒川宗十郎と九鬼影宗を伴い、付近の村を襲う盗賊を討伐するため動き始めることとなった。
白蓮から命じられたわけではない。
誰かに強制されたわけでもない。
黒狼自身が、行くと決めたのだ。
それが今の自分にとって、何を意味するのか。
この時の黒狼には、まだ分かっていなかった。
(続く)
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