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戦えない俺は見捨てて生き残る——戦場の違和感から全てを操る転生戦国記  作者: 黒狐
第11章 堕ちゆく者編

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第109話 初めての殺し、狂気の副将

翌朝。


黒狼は白蓮の城を出て、城下町へと赴いていた。


大通りには多くの人々が行き交い、商人たちの威勢のいい声が響いている。


店先には様々な品が並び、食べ物を売る屋台からは香ばしい匂いが漂っていた。


白蓮内部が混乱しているとはいえ、さすがは大国。


市場には活気がある。


黒狼はその光景を、黒い狼の仮面越しに眺めていた。


(ここが……雷姫と義信の故郷か)


二人が生まれ育った場所。


そう考えると、不思議な感覚だった。


だが。


黒狼は大通りを外れ、そのまま裏通りへと足を向けた。


人の数が徐々に減っていく。


建物も古び、道端には衣服がぼろぼろになった者たちが座り込んでいる。


壁に背を預けて眠っている者もいた。


食べ物を求めるように、周囲を眺めている者もいる。


黒狼は足を止めた。


(やはりな……)


(見えない場所では、貧困層がいる)


大通りでは誰もが笑っていた。


だが、その裏では今日を生きることすら難しい者たちがいる。


そんな光景を眺めていた、その時だった。


「おらぁ!! 死ねや!!」


突然、怒号が響いた。


黒狼は顔を向ける。


声のする方へ歩いていくと、路地の奥に数人の男たちがいた。


その中心には、一人の男が倒れている。


ガシッ。


ドガッ。


男たちは容赦なく殴り、蹴り続けていた。


「す、すみません……」


倒れている男が震えながら謝っている。


「すみません……すみません……」


その言葉を聞いた瞬間。


「……っ!」


黒狼の足が止まった。


胸の奥がざわつく。


その言葉。


何度も聞いた。


いや。


何度も、自分自身が口にしてきた言葉だった。


すみません。


怒らせないように。


嫌われないように。


相手の機嫌を損ねないように。


何かをされても。


何かを言われても。


ただ謝る。


その頃の自分が、目の前にいるような気がした。


「俺の金を取ろうなんて、いい覚悟してんじゃねぇか!」


男の一人が怒鳴る。


「死んで償えや!」


倒れている男へ、再び拳が振り下ろされた。


ドガッ!!


「ぐっ……!」


黒狼の手が、無意識に腰へ伸びる。


黒刀・孤影。


その柄へ触れた。


(……やめろ)


頭ではそう思っていた。


だが。


身体は止まらない。


男たちの暴力を見ていると、胸の奥に押し込めていた何かが一気に溢れ出してくる。


「す……すみません……」


倒れている男が、涙を流しながら呟いた。


「何日も……食べてなくて……」


「ゆ、許して……ください……」


「うるせぇっ!!」


男が怒鳴った。


「盗人が偉そうに言ってんじゃねぇ!」


男は拳を振り上げる。


明らかに、次の一撃で殺すつもりだった。


その瞬間。


黒狼が動いた。


「お前らみたいなのがいるから……」


男が振り返る。


「不幸な人間が増えんだよ」


次の瞬間。


グサッ。


黒刀・孤影が、男の背中から腹へと突き抜けた。


「ぐ……は……」


男は目を見開く。


自分の胸元から突き出した刀を見つめる。


やがて力を失い、その場へ崩れ落ちた。


「わ、わぁぁあ!!」


取り巻きの男たちは悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。


静寂が戻る。


黒狼は動かなかった。


手に握った黒刀が震えている。


自分の手も。


肩も。


身体全体が小さく震えていた。


(俺は……)


視線を落とす。


刀身から滴る血。


(俺は……なんてことを……)


初めて、人を殺した。


「……あ、ありがとうございます」


倒れていた男が、震えながら顔を上げた。


黒狼は男を見る。


「別にいい」


それだけ言った。


だが。


胸の奥では、別の声が響いていた。


(人を殺した……)


(殺すほどのことだったのか?)


(相手の家族は?)


(残された者は……どうなる?)


(俺は……なんてことを……)


黒狼は自分を責めるように、拳を握り締めた。


その時だった。


パチ。


パチ。


パチ。


静かな拍手が響いた。


黒狼が振り返る。


「いやぁ……」


明るい声が路地に響く。


「さっすが、白蓮四天王と言われるだけありますねぇ」


そこに立っていたのは、一人の男だった。


昨日、黒狼に紹介された男。


黒川宗十郎。


黒川は楽しそうに笑いながら、こちらへ歩いてくる。


「どうも昨日ぶりですね、黒狼ちゃん」


黒狼は黙って黒川を見る。


「改めまして、副将の黒川宗十郎と申します」


黒川は軽く頭を下げた。


「いやぁ、悪人には容赦しない姿。お見それしました」


「……」


黒狼は答えない。


黒川は倒れている男へ視線を向ける。


「ただ……」


その笑顔は変わらなかった。


「罪は罪ですので」


スパッ。


一瞬だった。


先ほどまで黒狼に助けられ、地面に座り込んでいた男の首が飛んだ。


「……!」


黒狼の目が見開かれる。


黒川の刀から血が滴る。


それでも黒川は、まるで何事もなかったかのように笑っていた。


「窃盗しておいて、見逃されるとは思わないことです」


首を失った男の身体を見下ろしながら、黒川は穏やかに続ける。


「死んで償いましょうね」


その姿はあまりにも自然だった。


人を殺したという罪悪感もない。


迷いもない。


ただ、それが当然のことだとでも言うように立っている。


黒狼は言葉を失った。


黒川は刀を振り、血を払う。


「悪や罪には、死を」


「そうしなければ、誰かが犠牲になり続けるんですよ」


黒川は笑った。


「我慢なんてする必要ないんです」


「消せば済む話ですから」


そして、黒狼の顔を覗き込む。


「そう思いません?」


黒狼は答えなかった。


だが。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「……そうだな」


自分でも驚くほど、静かな声だった。


「犠牲を減らすには……それが最善かもしれないな」


黒川の笑顔が少しだけ深くなる。


「でしょ?」


黒狼は黒刀を握り締める。


頭の中に、あの日の光景が蘇った。


仲間たち。


山隊砦。


そして雷姫。


(俺が……)


(俺が疑っていれば)


(俺が、見捨てていれば)


(俺が、逃さず始末していれば……)


胸が締め付けられる。


(皆を死なせることはなかったんだ)


今まで当たり前だと思っていたものが、少しずつ崩れていく。


人を信じること。


誰かを救うこと。


見捨てないこと。


それが正しいと思っていた。


だが。


それこそが、仲間を死なせた原因だったのではないか。


黒狼は何も言わない。


黒川も何も言わない。


ただ、黒川は笑っていた。


その笑顔は明るく、親しみやすく、どこか人懐っこい。


けれど。


その奥にあるものを、黒狼はまだ知らなかった。


自分が今、何を受け入れようとしているのかも。


黒狼にとって当たり前だった価値観が、静かに崩れ始めた瞬間だった。


(続く)

読んでいただきありがとうございます。

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