第108話 黒狼
白蓮の城。
その一室には、白蓮の中でも限られた者たちだけが集められていた。
広間の上座には、白蓮四天王の一人である氷牙。
その隣には、同じく四天王の赤堂。
そして二人と向かい合うように、強硬派筆頭の六道玄庵が席についている。
議題は、これからの白蓮についてだった。
宗明を失った白蓮。
四天王も二人を失い、そのうち一人は行方すら分からない。
かつての白蓮とは、あまりにも状況が変わっている。
「今後、白蓮をどう立て直していくか。それが本日の議題です」
六道が静かに口を開く。
「宗明様亡き後、白蓮の方針を改めて定める必要があります。各地の情勢も変化しておりますからな」
「そんなことは分かってんだよ」
赤堂が苛立たしげに腕を組む。
「問題は、宗明様もおらず、しかも相良殿も雷姫殿もいないこの状況をどうするってんだよ」
「そのための会議だ」
氷牙が冷静に答えた。
「感情で話しても何も決まらん」
「ちっ……」
赤堂が舌打ちする。
その会話の中に、一人だけ全く興味を示していない者がいた。
部屋の端。
他の者たちから少し離れた場所に座っている男。
白い髪。
黒い衣。
そして、顔を覆う黒い仮面。
狼を模したその仮面の奥から覗く瞳は、会議の内容など最初から聞いていないかのように、ただ静かに前を見ていた。
彼もまた、白蓮四天王の一人だった。
だが、新たに加わったばかりのその男は、会議が始まってから一度も口を開いていない。
「おい!」
突然、赤堂が怒鳴った。
「お前も白蓮四天王なら、会話にくらい参加しろ!」
仮面の男は赤堂を見る。
そして、淡々と答えた。
「……俺には関係ない」
「関係ないってことはねぇだろ!」
赤堂がさらに声を荒らげる。
「白蓮四天王の一席に座ってんだぞ!」
「まあまあ、赤堂さん」
六道が穏やかに口を挟む。
「まだ白蓮に加わって日も浅い。慣れていないのでしょう」
「俺は白蓮の命令系統には属していない」
仮面の男が静かに言った。
「俺は俺で動く。その条件で、ここに来た」
赤堂の眉が跳ね上がる。
「ちっ!」
苛立たしげに舌打ちする。
「六道殿が、是非とも四天王に迎え入れるようにって支持したから受け入れたのによ!」
「落ち着け、赤堂殿」
氷牙が諭す。
「今は今後の白蓮をどうするかが優先だ」
「だから、どうするったって……」
赤堂は頭を掻いた。
「宗明様もおらず、相良殿も雷姫殿もいないこの状況を、どうするってんだよ」
「そのための会議だ」
氷牙は同じ言葉を繰り返した。
六道が静かに続ける。
「白蓮四天王の欠けた二席のうち、一席は彼が埋めております」
六道の視線が、仮面の男へ向く。
「もう一席は行方不明ではありますが……相良殿のご子息、義信殿がご存命かと」
「役に立たねぇ奴が上になってても、下が困んだよ!」
赤堂が吐き捨てる。
「まあまあ」
六道は苦笑した。
「追々、慣れてきますよ」
そして話題は、宗明亡き後の白蓮を誰が継ぐのかという話へ移っていく。
「宗明様の後継の話ですが」
六道が口を開いた。
「鷹千代様がおられます。まだ幼く、元服前ではありますが、これから政治なども学んでいただくことになるでしょう」
六道は一度言葉を切る。
「その教育は、私が務めます。いずれ鷹千代様が白蓮の殿に相応しいお方となるよう、責任を持ってお育ていたしましょう」
その瞬間だった。
ピクッ。
氷牙の眉が僅かに動く。
赤堂も同時に反応した。
「……だめだ」
氷牙が即座に言った。
「教育係は他の者にさせる」
「おいおい」
六道が目を細める。
「それはまた、どうしてでしょう」
「変なことを吹き込まれたらたまったもんじゃねぇからな」
赤堂が腕を組んで言い放った。
「お前さんに任せるのは反対だ」
「やれやれ」
六道は肩をすくめる。
「信用されておりませんね」
その口調には、表面上の残念そうな響きしかなかった。
「まあ、仕方ありません」
六道は立ち上がった。
「今日のところは、これで解散でしょう」
氷牙と赤堂も席を立つ。
会議に参加していた者たちが次々と部屋を後にしていく。
その中で、黒い狼の仮面をつけた男も静かに立ち上がった。
「おい、お前」
赤堂が呼び止める。
男が振り返る。
「名前なんてんだ?」
「……名はない」
「ないなんてこたねぇだろ」
「名は捨てた」
男は淡々と答えた。
「だから、今は名乗っていない」
「面倒くせぇな……」
赤堂は頭を掻く。
そして、男の顔を覆う黒い狼の仮面を見た。
「だったら、お前のことは黒狼って呼ぶわ」
「そのままだな」
氷牙が呆れたように言う。
「見た目のまま呼び方を決めるとは。だが、分かりやすくていいだろう」
「好きにしろ」
黒狼はそれだけ言うと、踵を返した。
その後ろを六道が追う。
「では、私もこれで」
二人はそのまま会議室を後にした。
廊下を歩きながら、六道が黒狼へ声をかける。
「良い名ですね。黒狼ですか。私もそう呼びましょう」
黒狼は何も答えない。
「しかし、誰もあなたが山――」
「おい」
低い声が響いた。
六道が口を閉じる。
「……黙れ」
「失礼」
それ以上、六道は何も言わなかった。
二人はそのまま、黒狼にあてがわれた部屋へと向かった。
部屋に入る。
黒狼が腰を下ろすと、六道もその前に立った。
「さて」
六道は改めて口を開いた。
「これから白蓮四天王として動くあなたの、副将をご紹介しましょう」
黒狼が顔を上げる。
六道が振り返る。
そこには、二人の男が立っていた。
「九鬼影宗殿」
「そして、黒川宗十郎殿です」
呼ばれた二人は、同時に片膝をついて礼をした。
「今後、この二人があなたの武力となり、行動を共にすることになります」
黒狼は二人を見る。
「……分かった」
それだけだった。
六道は僅かに口元を緩める。
「さて」
その瞳が、黒狼を見据える。
「これから白蓮四天王として、あなたがどう動くのか」
「楽しみですよ」
黒い狼の仮面。
その奥にある瞳からは、何を考えているのか読み取れない。
ただ一つだけ。
かつて山隊砦で仲間たちと過ごしていた男は、もうここにはいなかった。
黒狼と呼ばれる男が、静かにそこに座っていた。
(続く)
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