第103話 追跡
港町の裏路地。
山は息を切らしながら走っていた。
背後から足音が迫る。
一人ではない。
何人もいる。
振り返らなくても分かった。
蝶嶺忌那が放った追跡隊だ。
「逃がすな!」
低い声が路地へ響く。
山は角を曲がる。
その瞬間、前方から一人の男が飛び出してきた。
「っ!」
山は咄嗟になまくら刀を抜く。
ガキィンッ!!
刃同士がぶつかる。
男の一撃を受け流し、そのまま体当たりするように押し退けた。
「ちっ!」
男が舌打ちする。
山は止まらない。
戦えば終わる。
逃げ続けるしかなかった。
狭い路地を抜け、洗濯物の干された細道を駆け抜ける。
桶を飛び越え、荷箱を蹴り倒す。
背後では追跡隊も迷いなく追ってくる。
「右へ回れ!」
「挟み込め!」
冷静だった。
決して無理に飛び込まず、少しずつ逃げ道を狭めてくる。
(まずい。)
山は歯を食いしばる。
このままでは港町の中で囲まれる。
人気のある場所では町人を巻き込む。
だからといって止まることも出来ない。
山は再び路地を曲がった。
その頃。
宿では雷姫が一人、山の部屋を見つめていた。
扉は開いたまま。
荷物も残っている。
だが、山だけが戻っていない。
「……遅い。」
夕暮れはもう近い。
情報収集へ行くとは言っていた。
それでも、この時間になって戻らないのは不自然だった。
胸の奥がざわつく。
昨日。
山は何度も後ろを振り返っていた。
「違和感がある。」
そう言っていた顔が頭をよぎる。
雷姫は静かに立ち上がった。
「少し探して来る。」
宿の主人へ一言だけ告げ、外へ出る。
港町は相変わらず賑わっていた。
魚を売る声。
荷車の音。
笑い声。
だが。
その中へ混じるように、別のざわめきが聞こえ始める。
「なんだ?」
「向こうで誰か追われてるぞ!」
「走って行った!」
町人たちが一斉に同じ方向を見る。
雷姫も反射的に視線を向けた。
(騒ぎ……?)
嫌な予感が胸を締め付ける。
山の姿が脳裏へ浮かんだ。
「まさか……!」
雷姫は迷わず駆け出した。
人混みを縫い、町人の間をすり抜ける。
その頃。
山は裏路地から広い道へ飛び出していた。
肩で息をしながら周囲を見る。
人が多い。
ここでは戦えない。
その一瞬だった。
「いたぞ!」
横の建物の陰から追跡隊が現れる。
山は咄嗟に方向を変えた。
また別の路地へ飛び込む。
追跡隊も離れない。
「焦るな。」
「港の外へ追い込め。」
「奴は必ず海岸へ逃げる。」
その声が背後から聞こえた。
(読まれてる……!)
山は舌打ちする。
この町の地理は相手の方が詳しい。
追い込まれている。
それでも足だけは止めなかった。
そして。
一本の細い路地を抜けた、その瞬間。
「山!」
聞き慣れた声が響いた。
山が顔を上げる。
路地の向こう。
夕陽を背に立っていたのは雷姫だった。
追跡隊もその姿を見て足を止める。
「雷姫……!」
誰かが思わず声を漏らした。
予想外だった。
山狐だけなら確実に仕留められる。
そう考えていた。
だが。
白蓮四天王が現れた。
その一瞬。
追跡隊の動きが僅かに止まる。
雷姫は山の隣へ並び、静かに刀を抜いた。
「話は後だ。」
「走れるな。」
山は短く頷く。
「ああ。」
雷姫は周囲を一瞥する。
敵の数。
逃げ道。
そして海から吹く風。
全てを一瞬で見極めた。
「町を出る。」
「海岸沿いへ走るぞ。」
二人は同時に地面を蹴った。
背後では追跡隊もすぐに我へ返る。
「逃がすな!」
「追え!!」
港町の夕暮れ。
静かだった町は、一瞬で追跡劇の舞台へ変わっていた。
(続く)
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