99.通信手段
ロイが監禁されている頃、バイオレットは根城で、伝達係からの報告を受けていた。
「そう、分かった」
バイオレットは伝達係に向かって言い、椅子から立ち上がる。そばに控えていたゲイルが視界に入り、目が合う。
「タマーラが捕まえたチビを使って、残りの二人も捕まえて。今まで集めた蜂蜜を全部よこせって言うの。そしたら生きて帰してやるってね」
バイオレットは冷たい目を向けて言う。
「抵抗した場合はいかがいたします?」
ゲイルがひざまずいたまま、上目遣いで尋ねる。バイオレットはぐっと唇を噛む。
あの人間達の一人。スカイは、きょうだいだ。それはここにいる誰にも伝えてない。伝える必要もない。だけどもし、ここの蜂人の誰かがスカイを殺したら? 自分はそれに耐えられるのか。
いや、スカイとは完全に決別したのだ。あの雨の日に。スカイは蜂人でも、人間としての道を。自分は蜂人としての道を選んだ。だから縁を切った。でもスカイは──。
「大公殿下?」
ゲイルが不思議に思って問いかける。
「まかせる」
バイオレットは目をそらしながら言うと、背中の羽を開き、城を飛び立った。
イチクレンドの村を出て、スカイとオリバーはニルヒンドの村への道を急いでいた。
道はほぼ一本道だ。ほぼ石ころだらけの道で、周囲には大岩と丈の低い草が生えている。ときどきアルパカとテンジクネズミ、それに大型の鳥がギャアギャア鳴きながら飛んでいるのを見かけた。
「あの鳥は何なの」
スカイは空を見上げて言い、ロイのイーヨをひっしと抱きしめる。
「デデハゲワシ。俺らが飢え死にするのを待ってるんだ」
オリバーは鬱陶しく思いながら、デデハゲワシを見据える。
「ぎえ。そんなのいるの」
「ああ。ジャッキーはその手のワシじゃなくてよかったな」
「うん……」
スカイは前方を見る。ジャッキーが踊るように飛び、ときどきこちらを見ては、また前へ進んでいく。ロイがいないので、ジャッキーはずっと体を小さくされたままだ。その背中に乗ってロイを捜索することはできないし、見つけて運んできてもらうこともできない。だが、以前飼っていたときと同じサイズなので、スカイには妙な安心感もあった。
ロイとジャッキーは旅の途中で、食べ物を奪い合ってケンカしていることが多かった。だが、根っこのところで理解し合っているのは、スカイは知っている。空を飛んでいるときも、ロイが怖がるとジャッキーはスピードを落としていたし、野宿するときも、ジャッキーがくしゃみするとロイが身を寄せて、一緒に寝てやっているのを何度も見かけた。多分、ロイはミケールを飼っているから、動物の気持ちが分かるのだ。サウン族だからというだけじゃない。その証拠に、ジャッキーはオリバーにはそこまで懐いていない。
「……そうか」
スカイはロイのイーヨに目を落とし、つぶやく。
「何?」
オリバーがスカイを振り返る。スカイはロイのイーヨを注視し、しきりに撫でている。
「バカだな。俺、どうして今まで気づかなかったんだよ」
「だから、何が?」
スカイはオリバーに構わず、指笛を吹いた。ジャッキーは旋回して、すぐにスカイの元へ戻ってきた。スカイは腕に止まったジャッキーに、ロイのイーヨの匂いを嗅がせる。ジャッキーは何をすればいいのか即座に理解し、ピイイとひと鳴きする。
「そうだ。オリバー。水と食べ物。それと鉛筆と……瓦礫もまだあるよね?」
「ああ……」
オリバーは少し驚いて、紫色のヌマグチから荷物を取り出す。
「ヌマグチも」
「え? これには大事な荷物が」
オリバーは紫色のヌマグチを掴み、眉を寄せる。
「いや、そっちのじゃないよ。鶯色のほうだ」
一方、赤屋根の小屋では、タマーラが羽についた雫を振り払おうともがいていた。
蜂は基本的に水が苦手だ。雨に濡れると飛べなくなるし、川に落ちればほぼほぼ溺死する。そういう精神的なショックもあり、タマーラは冷静さを失っていた。ロイはその隙に、折れた右腕をかばいながら、ドアに向かって突進した。
「ちょっと、いい加減にして」
タマーラは怒り心頭でドアの前に立ち塞がる。ロイはタマーラの胸とドアをまとめて蹴飛ばそうとしたが、空振りする。それどころか左足を掴まれてしまった。
「くそっ」
ロイが右足だけでぴょんぴょん飛び、バランスを取ろうとしたときだ。ボキッといやな音がした。
「あーあ」
ようやく水に慣れてきたタマーラが、疲れてため息をつく。ロイは一寸遅れて、悲鳴をあげる。今度は左足を、タマーラに折られてしまったのだ。
「ああ……ああ……」
「だからさあ。逃げようったって無駄だって、言ったでしょ。あんたは人質なんだから」
タマーラは困った子をあやすようにロイを持ち上げ、ベッドにどさりと放る。その振動で、ロイは再び呻き声をあげる。絶体絶命だ。右腕も左足も折られ、もう逃げようがない。何もせずとも、全身から汗が噴きだす。それが冷たく、ロイは体を小刻みに震わせる。ふと、窓からの光が顔を照らした。窓にガラスはない。だが、天井に近い位置にあるし、鉄格子がはめられていて、そこから抜け出すのは無理だろう。
「怖い?」
タマーラが、折れた左足をもてあそぶ。強烈な痛みに、ロイは泣き叫んだ。タマーラはそれがおかしくて笑う。
「大丈夫だよ。まだ、殺さない」
そのまま、数時間が過ぎた。ロイはベッドに横たわったまま、痛みで意識が朦朧として、肩で息をしていた。その間、タマーラは葦笛を吹いたり、一方的にロイに喋りかけて過ごした。
「退屈だよねえ。何か食べる?」
タマーラが右手に果物ナイフを取り、パパイヤの皮をむき始める。
「人間ってさ。こういう木の実は食べるけど、人間を食べないよね。変なの」
タマーラはくすくす笑いながら、皮をむき続ける。ロイはそれには答えず、机に置かれた葦笛を見つめる。
「変わった笛……」
「ああ、これ? 村の人間が持ってたの。結構いい音、するでしょ」
タマーラはそう言って、パパイヤをカットする。
「もっと、吹いてよ」
ロイは汗を垂れ流しながら乞う。
「これが気に入ったんだね。いいよ」
タマーラはロイの口元にパパイヤを乗せた皿を置き、葦笛を吹きはじめる。ロイはその演奏ぶりを凝視し、さらにそれに合わせて、小さく鼻歌を歌った。
やがて日が落ちた。タマーラは疲れて、ロイの向かいのベッドで横になった。
「ちょっと寝るけど、逃げようとか考えない方がいいよ。外にも護衛がいるんだから。まあ、その手足じゃ無理か」
タマーラはそう言って、ロウソクの火を吹き消した。
タマーラはすぐに寝息を立てたが、ロイは激しい痛みで眠れるはずもなかった。ためしに左腕と右足で、ベッドから這い出てみようとこころみた。が、ベッドから転落しただけで、それ以上はできず、それどころか余計に折れた手足が痛んだ。
ロイは床にうずくまり、息を荒げた。もう苦しい。いっそ死にたい。スカイとオリバーはまだ助けにこないのか。だけど自分は今、どこにいるのだろう。人質にすると言っていたから、いずれスカイ達は蜂人にここへ連れてこられるのだろうか。
しんどさのあまり、ロイは涙を流した。とめどなく流れる涙とともに、声が漏れそうになったが、必死で耐えた。そのときだった。
小さな物音に気づき、窓を見上げた。鉄格子ごしに、紺碧の星空が見えた。さらに、見たことのある黒いシルエットが現れた。二つの黒い瞳が輝いている。ジャッキーがくちばしを突き出し、こちらを見下ろしていた。




