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全滅まであと何日  作者: taki
第6章〜ソラミエ大陸編〜
100/121

100.笛

 ロイは床に尻もちをついたまま、ジャッキーを凝視した。

 ジャッキーは鳴くことはせず、羽をはばたかせたりもせず、静かにしている。窓からのわずかな星明かりで、頭を右や左にかしげながら、こちらを見ているのは分かる。ロイは一旦、タマーラの方を見た。軽く寝息を立てていて、ジャッキーに気づいている様子はない。

 ロイは再びジャッキーの方を見上げ、左手で手招きする。するとジャッキーは鉄格子の間をなんとか抜け、小屋のなかに入ってきた。

「ジャッキー」

 ロイはごくごく小さな声で言い、左手でジャッキーの羽をなでる。ジャッキーも異様な状況を感じとり、ごくごく小さくさえずり、ロイに体を寄せてくる。その体温が手のひらにじわじわ伝わってきて、ロイは思わず涙ぐむ。

「ありがとう」

 ジャッキーが首にさげたヌマグチをロイの腹の上に乗せてきた。ロイには暗くてよく見えないが、触った感じのイボイボ感で、それがヌマグチだと分かった。

 ロイはそっとヌマグチを開けた。すると、なかからネバグモ達が這い出てきた。ロイは鳥肌が立ち、思わず悲鳴を上げた。

「何?」

 暗闇で、タマーラがむくりと起きあがった。


 その頃、スカイとオリバーはニルヒンドの村はずれに野宿し、火を囲んでいた。

「ジャッキー、遅いな。どこまで探しにいったんだろう」

 スカイは、オリバーがテンジクネズミを串焼きにするのを見ながら、頬杖をつく。ニルヒンドの村でも尋ねて回ったが、ロイの行方は分からずじまいだった。

「よし、晩飯できたぞ」

 オリバーがそう言って串焼きを差し出してくる。スカイはそれを受けとって食べ、夜空を見あげる。ロイの幻が見えて、胸がぎゅっと締めつけられる。

「お前のアイディアで、きっとロイは見つかる。とにかく祈って待とう」

 オリバーも串焼きにがっつきながら、ぶっきらぼうに言ってくる。

「うん……」

 スカイは食べるのをやめ、目に溜まった涙が引っこむのを待つ。

「悪かったな」

「何が?」

「……イライラしてたこと」

 オリバーはきまり悪くて、メガネの鼻あてをぐいっと押しあげる。スカイはそれを見て、串焼きの残りを食べきり、温かいお湯で流しこんだ。

「いいよ。俺こそごめん」

 そう言ってスカイは立ちあがる。こんなとき、ロイがいたら何か冗談を言ってなごませてくれるのに。スカイはひどく寂しかった。それに、真面目なオリバーと二人きりだと何だか気まずい。弓を手に取り、近くの木に向かって矢を放ちはじめた。


 スカイが射撃の練習をしている間、ヤバネスズメバチの根城ではゲイルが燭台を持ち、広間の様子にため息をついていた。目の前にはハイランドハニーの残りと割れた蜜壺の残骸、さらに生き絶えた兵士達の姿があった。

「だから言ったのに」

 ゲイルは、生きている兵士達の方に向き直る。

「明朝、私は女王陛下のところへ伺う。お前達はあの人間の子ども二人を連れてきなさい」

「はっ」

 ゲイルは奥の寝所へ向かった。


 その頃、ロイは赤屋根の小屋のなかで奮闘していた。

 タマーラがロウソクに火をつけようとしている間、ロイは不自由な体で、なんとか這いあがり、自分自身とジャッキーをベッドのなかに押しこんだ。ヌマグチも隠そうとしたのに、ロウソクの明かりが先に点いてしまった。その瞬間、ロイはタマーラと目が合った。恐ろしい複眼に、自分の姿がいくつも映し出されている。

「どうしたの」

 タマーラは怒るでもなく、優しくするでもなく、眠気まじりに言う。

「べ、別に。あ、悪夢を見ただけだ」

 ロイは冷や汗をかきながら、目をそらす。

「それは何」

「別に。何でもない」

 ロイは不安になって、ヌマグチに目を落とす。タマーラはあくびをしながらヌマグチを手に取り、じっと観察する。ロイが動揺を隠して見守っていると、視界の隅で布団が動いた。


「何? 何を隠してるの」

 タマーラも布団の動きに気づく。

「だから、何でもないよ」

 ロイの抵抗もむなしく、タマーラは勢いよく布団をひきはがす。ジャッキーが怯えて鳴き、素早く飛び出した。

「何、この鳥」

 タマーラは目にも留まらぬ速さでジャッキーの首根っこを捕まえ、自分の顔にぐんと近づける。ジャッキーは怖がってピーピー鳴く。ヌマグチは、ロイの足元に転がりおちた。

「やめろ。そいつを離せ」

「こんばんは、鳥さん。夜食の材料になりにきたの?」

 タマーラがおかしくてくすくす笑い、ジャッキーの首を締めあげる。ジャッキーは激しく痙攣する。ロイは手を伸ばしてとめようとしたが、手足の自由がきかない。そのとき、何かが左手に触れた。


 ヌマグチから逃げ出したネバグモ達だ。ロイは意を決して、ネバグモの胴体を左手でつかみあげた。その腹部をタマーラの顔面に向ける。タマーラはすぐに理解できず、一瞬、反応が遅れる。

「え?」

 ネバグモが勢いよく腹から糸を噴き出した。タマーラは叫び声をあげながら、顔面を糸で巻かれた。ロイはさらにネバグモの体の向きを変え、今度は胴体を巻かせた。タマーラは手からジャッキーを取り落とし、バタバタと床の上でもだえたが、もう声もあげられなかった。


 ロイが不自由な体でベッドから降りようとすると、いきなりドア開いた。茶髪女のポーリーンが仁王立ちして、ロイをにらんでいる。だが、ポーリーンは足元でもだえる、簀巻(すま)きにされたタマーラに驚き、すぐにひざまづいた。

「陛下!? 陛下でいらっしゃいますか」

ポーリーンの問いかけに、タマーラは無言で答える。

「お前、陛下に何を……」

 ポーリーンがロイにつかみかかる前に、ロイは再びネバグモを捕まえ、腹を向けた。腹から発射された糸が、ポーリーンもたちどころに簀巻きにしてしまった。


 ロイは息を整えながら、ネバグモを放した。二人の蜂人の呻き声を聞きながら、ベッドを不器用に降り、左手と右足だけで這った。首を絞められ、今にも死にそうなジャッキーが、目の前で痙攣している。

「ジャッキー。頼む。死ぬな」

 ロイは汗と涙と鼻水を垂れ流し、声を振りしぼる。ジャッキーはもう、声を出すことも出来ない。ロイはあたりを素早く見回す。何か道具になるものはないか。そばで簀巻きの蜂人二人がもぞもぞと動きつづけている。早く脱出しなければ。机の上に、何かが置いてあるのが見えた。

 ロイは左腕だけで机の脚にしがみつき、上体を起こした。それから机の天板に左腕を乗せた。そこには、まだむいてないパパイヤが二つと果物ナイフ、それに葦笛が置いてあった。ロイはナイフと葦笛をまとめて机から振り落とし、床でそれらを拾った。さらに、どうにかドアノブを回し、ドアを開放した。


 ロイはゆっくり這いながら、ジャッキーの体を自分の顎や頭で少しずつ押しやり、小屋の外へ出した。自分もどうにか這い出し、草の上に寝転んだ。それから星明かりの下で、左腕だけで葦笛をつかんだ。横向きになったまま口を吹き口にあて、息を送り込んだ。


 葦笛からは音が出た。どの穴をふさげばどの音が出るかは、タマーラが吹いていたので全部記憶している。ロイはそれで「蓬莱(ほうらい)」の旋律を吹いた。左手だけだと上手くできない。汗ですべって、笛を草の上に取り落とした。


 ロイは、転がっていく笛をなんとかつかまえ、這いながらジャッキーのもとへ戻った。それからジャッキーの胸あたりに耳をあててみた。耳のいいロイには、まだ心音が聞こえた。そこで、ロイはどうにか上体だけ起こして、笛の足部を近くの大きな石と自分の右足とで挟みこんだ。さらに、吹き口をくわえて固定し、左手だけで演奏を試みた。リズムはいい加減になってしまうが、それでも「蓬莱」を吹くことはできた。


 ロイは懸命に吹きながら、目はジャッキーを追いかけた。ジャッキーはときどきビクッと動くが、瀕死であることに変わりはない。どうか復活してくれ。ジャッキー。お前がいたから逃げられたんだぞ。ロイは祈った。涙がとめどなく溢れた。葦笛を繰り返し繰り返し、吹きつづけた。

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