95.ケチューラ村
その頃、湖から少し離れたところで、ロイは銀髪の女性とともに歩いていた。
「ねえ、もう大丈夫だよ」
ロイが湖の方を振り返りながら言う。だが、女性は石ころだらけの坂道を黙って歩き続ける。
「あの鳥が怖かったの? 別に凶暴な鳥でもなかったし、平気だよ。戻ろうよ」
「ごめんなさい。取り乱してしまって」
女性がロイに潤んだ瞳を向けると、ロイはドキッとして背筋をのばした。
「も、もしも何かあってもさ。あの、弓矢持ってたやつ、いただろ。あいつ、僕の手下でさ。危険な動物は奴がみーんなやっつけてくれるよ」
ロイが偉ぶって高笑いすると、女性は目を細め、わずかに口角をあげて笑う。
「へえ。蜂でも?」
「うん、もちろん」
「弓でやっつけるの?」
「うん。ちなみに僕はイーヨ担当。大量に蜂がきたときは、僕がいないと無理なんだ。音楽を聴かせて金縛りにさせたり、小さくさせたりするんだ」
ロイが得意満々に言うので、女性は目を見開く。
「そんなことができるの」
「うん、僕、サウン族っていって、ちょっと変わってるんだ。あー……そのイーヨは湖に置いてきちゃった。帰ろう。演奏、聴かせてあげるよ」
「ねえ。それはいいから、お土産、とってから戻らない?」
「お土産?」
「うん。きっとあの二人も喜ぶと思う。こっちよ」
女性が勢いよくロイの手を引くので、ロイはまんざらでもなく、大人しくついていくことにした。
一方、スカイとオリバーはロイを探しつづけていた。
「おーい、ロイ」
「どこだ」
「ロイー」
スカイはロイのイーヨを持ったまま、湖の周辺を見渡す。あたりにあるのは大きな岩と、背丈の低い草ばかりだ。ときどき、フラミンゴがギャアギャアと鳴く。何かが物陰にいると思ったら、アルパカのつがいだった。
「ねえこの動物、この大陸によくいるね」
スカイがじっとアルパカを見上げる。
「ああ。アルパカは高山帯じゃメジャーな生き物だ」
「乗れるのかな」
「アルパカは馬よりは体が小さいからな。子どもくらいなら乗せられるんじゃないか」
「ロイもアルパカに乗って逃げちゃったのかな」
アルパカは、スカイをつまらないとばかりに鼻息を吹き、近くの草を食べ始める。
「かもな。フラミンゴにビビッて、そこらへんに隠れてそうではあるけど」
少し体の小さい方のアルパカが寄ってきたので、オリバーは棒を振り回して追っ払う。
「確かにロイはビビりだ」
「ああ。すぐチビるしな」
オリバーが軽口を叩きながら岩陰をうかがうも、ロイの姿はない。代わりに、少し丘をくだったところに集落が見えた。
「おい、スカイ。あそこにいるかも」
二人は岩だらけの丘をくだり、村に入った。村人達は先ほど出会った女性と同じ、茶色の、つばの長い帽子を被り、茶色と水色のポンチョを着ている。村人達はスカイ達の訪問に驚いたが、現地語で話しかけてきた。
「あれ? オリバー、この人達、言葉が通じないよ」
「おかしいな。さっきの女は通じたのに」
「こんなときにロイがいたら……。そのロイを探してるんだけど。ねえ、ロイを見なかった? 背の低い男の子で──」
スカイは村人達の前でイーヨを指さしながら、身振り手振りでロイのことを伝える。が、一向に伝わらない。そのとき、小さな男の子の腹が盛大に鳴った。
「お腹すいてるの?」
スカイはその痩せた男の子を見下ろす。さらに、周りにいるほかの子ども達や、大人達を見る。誰もがやせ細っていて、顔色がひどく悪い。
「ねえ、オリバー。ヌマグチを貸して」
言われて、オリバーがヌマグチをスカイに手渡すと、スカイは中に手を突っ込み、ガサガサと漁り出す。
「あった。ねえ、これ、シーサルミでもらった鹿肉の燻製。こっちはマスの干物。ルビテナの、ライ麦のビスケットと瑠璃蜜もあるよ」
スカイが食べ物を次から次へと取り出すと、大人も子どもも目を丸くした。それから歓声をあげ、我さきにと奪い合いを始めた。
「落ち着いて。食べ物、たくさんあるから」
スカイはそう言いながら、ふとオリバーと目が合った。オリバーは少し笑って、村人達が手に取るビスケットに瑠璃蜜を塗ってやった。
ひとしきり食事が済むと、村の大人達がスカイとオリバーに向かって地面にひざまずき、手をついて頭をさげた。
「いいよ、そんなことしなくて。それよりロイが……って言っても無駄か」
スカイとオリバーは仕方なく頷きあい、村人達に勧められるまま、日干しレンガの民家に入った。
やがて日が沈んだ。スカイ達は複雑な紋様の織物にくるまり、翌日の計画を立てた。
「明日は別のところを探そう」
スカイが暗がりでささやくと、オリバーがこちらを向いた。
「ああ」
「ロイは本当にどこ行っちゃったのかな……。あの女の人も、この村の人だよね? 同じ格好してた」
「うん……」
そう返事したものの、オリバーのなかで何かが引っかかった。確かにあの女は茶色の帽子をかぶって、さらに茶色と水色の縞模様の上着を着ていた。この村の人間達が着ているものとうりふたつだ。だけど腑に落ちないことがある。まず、あの女はグリフィダ語を話せた。でも、この村人達には通じなかった。なぜ、あの女だけ話せたのか。外国人相手に通訳の仕事をしているのか。だとしても、何か──。
答えが出ないまま、夜はふけた。
太陽が東の空にのぼった。村の子ども達に起こされ、スカイとオリバーは表に出た。二人が食べ物を恵んだことがすっかり心を掴んで、子ども達はくったくのない笑みを向け、スカイ達の手を引いた。
「待ってよ、どこいくの」
スカイは笑いながらついていく。そこには奇妙な木が立っていた。樹皮にイボができたように、ボコボコしている。
「あれ。これってもしかして──」
「ハイランドアップルの木だ」
オリバーが白くギザギザの花びらをつかみ、真剣な顔で言う。
「えっ。じゃあ、この村って──」
「ああ。ケチューラ村だ」




