94.鏡の湖
スカイ達は一晩滞在した後、サンパス村を後にした。
これからは南北に長いソラミエ大陸を南へくだっていく。ケチューラの村は山を七つ越えた先、バルドビア王国にあるから、まだまだ道のりは長い。スカイが指笛を吹いた。
「楽しかったなあ。村のみんなに『蓬莱』とかも教えたんだ。また一緒に弾きたい……」
ロイは、大空から舞い降りてくるジャッキーを見上げ、名残惜しく言う。
「サンパス村には、またいつか来ればいいさ」
スカイがそう言って後ろを振り返ると、村の子ども達が、いつまでも手を振っている。三人揃って、手を力強く振り返すと、子ども達は万歳して飛び上がった。
三人はジャッキーに乗って飛翔した。いくつもの山を越えながら、スカイは目を凝らした。
こうして見ているとソラミエの山々も少しずつ違う表情を見せる。うっすら雪をかぶった岩山もあれば、赤や黄色に紅葉した木々がびっしり植わった山、紫色の小さな花々に覆われた山など、次々に現れ、遠ざかっていく。
「どうせなら歩いていけばいいのに。こんなに秋晴れのいい天気なんだよ。ハイキングできる」
ロイは燃えるような紅葉を見下ろしながら言う。
「そうか? あと軽く三千キロはあるぞ」
オリバーはさめた声で言い返す。
「げっ、そんなに?」
「そんなに。ソラミエはハラパノに続く世界第二位の面積を誇る大陸だぞ。なんたって、広い」
途中で休みながら、一行が空の旅を一週間ほど送ったときのことだった。スカイの目の前に、キラキラと輝くものが見えてきた。
「ねえ、見て」スカイが二人を振り返った。「すごい。デカい湖だ」
三人は湖のほとりに降り立ち、そこで休憩することにした。風がなく、湖面は空の青、雲の白さを寸分違わず映し出し、まるで巨大な鏡のようだ。スカイが靴をぬいで足を突っ込むと、水位はふくらはぎほどしかない。
「おお、すげえ。スカイが二人いるみたい」
ロイがスカイを指差して笑う。スカイも足元を見た。自分の体がそのまま、真下に映し出されている。そこへオリバーが突っ込んできて、「ソラミエ自然紀行」を持ったまま、両手足を広げて大の字のポーズをとった。
「いきなりなんだよ」
スカイが笑うと、オリバーは今度はYの字のポーズをとる。
「別に。これだけ線対称な景色はそうそうないだろ」
「オリバーってさ。なんか、前より面白くなったよな」
ロイも猫のポーズをとりながら言う。
「確かに。前はこういうノリなかった」
スカイも笑ってバク転する。
「おい、島があるぞ。いってみよう」
オリバーが湖に浮かぶ小島に気づき、二人をいざなった。
三人は湖の中央まで歩いた。すると、そこには一人の女性が座っていた。スカイがじっと見ていると、その女性は釣り糸を手に、小さな魚を引き上げている。
「釣り、してるの」
スカイが尋ねると、女性は頷いた。
「ええ」
「俺らの言葉が分かるのか」
オリバーがびっくりして突っ込む。
「あなた達はどこからきたの」
女性の方はあまり驚かず、首を傾げる。
スカイは女性を警戒しながら観察する。見たところ、害があるようには見えない。サンパス村の者とは違い、もっと地味な茶色の、つばの長い帽子と、茶色と水色の縞模様のポンチョを着ていて、別の民族のようだ。
一方、ロイはその女性の美しさに完全に見とれていた。帽子からのぞく長い銀髪の巻毛と色白の肌、薄い水色の瞳が輝いていた。女性がわずかにほほえみかけたとき、ロイは顔が上気した。
そんなロイに気づかず、スカイがあたりさわりない程度にいきさつを話しはじめた。女性は深く頷きながら耳を傾けた。
「確かにこのあたりにも、危ない蜂がいる。人の姿をして寄ってきて、そのままさらってしまうと聞いたわ。ここらの若い娘達は、みんな警戒している」
「大丈夫だよ。僕らは強いんだ。まかせろ」
そう言って、ロイは腰に手を当て、鼻息を荒くする。
「ありがとう。あなた達はその蜂を駆除するために、地の果てからここへきたのね」
「うん。君はこの近くに住んでるの」
女性は巻毛を払いのける。そのときまた、少しほほえんだ。ロイはまたしてもどぎまぎして、背筋をぴしゃっと伸ばす。
「ええ、まあね」女性は軽く頷く。「不思議ね。異国人と言葉が通じるなんて」
「ウェルゲン帝国時代の名残なんだろう。世界中に、グリフィダ語が通じるエリアが点在してる」
オリバーにそれを言われて、スカイはすぐにジャングリラのベロニカを思い出す。
「ウェルゲン帝国って?」
女性が不思議そうにオリバーを見る。
「その昔、あった国だよ。世界はその帝国に支配されてたんだ」
「でもオリバー、そんなの歴史の授業のときに習わなかったよ」
スカイがモーガンの授業を思い出しながら言うも、オリバーは首を横に振る。
「いつの時代も、都合の悪い歴史は隠されてきた。蜂人が大きく関わってる時代だったんだ。忌まわしい記憶を忘れるために、語り継がれなかったのかも」
「そういうもんか……」
スカイは納得することにする。
「これからどこへ行くの?」
女性が尋ねると、スカイはまっすぐ南を指差した。
「ケチューラの村だよ。ここからわりと近いと思……」
そこまで言いかけて、スカイは空を見上げた。何かがいっせいに飛んでくる音だ。
一同が空を見上げると、ピンク色の何かが青空に浮かんだ。最初はゴマ粒のように小さかったそれらが、だんだん大きくなっていった。ジャッキーがひときわ大きく鳴いた。
「すごい。フラミンゴの大群だ」
オリバーが図鑑と空を交互に見ながら言う。
「怖い」
女性がとっさにロイの手を握った。ロイはびっくりしたが、すぐに握り返す。
「大丈夫だよ」
皆がそのとびざまを見ていると、フラミンゴ達は一列になり、輪をつくった。大きく翼を広げ、美しいサーモンピンク色の個体群は、空に浮かぶ大輪の花のようだ。その花とまったく同じ花が、湖に映し出された。スカイは視界いっぱいに花で満たされ、恍惚とした。
しばらくフラミンゴの空中ショーを楽しんだが、やがてフラミンゴ達は湖に着水し、餌取りを始めた。スカイは満足して深く息をつき、辺りを見回した。
「あれ、オリバー。ロイは?」
「……知らん。あの女は?」
「分かんない」
二人の姿が、忽然と消えていた。




