93.イーヨの故郷
「ねえ、それ……」
ロイが驚いて、イーヨを指さすと、男達は満面の笑みで現地語をベラベラ喋りだし、イーヨで合奏を始めた。合奏の出来はロイにしてみれば微妙だったが、それでもなかなか興味深かった。ロイが観察するに、四人の男達はそれぞれ大きさや弦の太さが違うイーヨを持ち、各パートごとに分かれて演奏しているようだった。ロイは一番年長のヒゲ男の肩に触れ、話しかけた。
「お前達はどこからきた? なぜ私達と同じイーヨを持っている」
ヒゲ男はそう言って、スカイの肩に乗っているジャッキーに指を差しだし、奇妙な声を発する。ジャッキーはそれが嬉しくて、ピイピイと鳴いて答える。
「僕らはヨルシア大陸の、グリフィダって国からきた」
「ほう、イーヨを弾きにきたのか」
「ううん。蜂蜜を探してるんだ」
ロイはスカイやオリバーに通訳しながら、男達にいきさつを話した。すると男達は首を縦に振り、熱心に耳を傾けた。
「危険な蜂が飛んでいるのは知っている。先日もここから少し南にくだったところにある、プアンカヨ村で襲撃があったと聞いた。我々の村も自衛に力を入れているところだ」
ヒゲ男が南方の山を指さす。
「ねえ、ハイランドアップルを知らない? その蜂蜜が、ヤバネを倒すのに必要なんだ」
スカイが話に割り込むと、ロイが通訳する。ヒゲ男はちょっと驚いた顔をして、仲間達となにごとか言い合う。
「どうしたの」
スカイは訳が分からずロイに尋ねる。
「あれは『ケチューラの悪果』だ、って言ってる」
「ケチューラの悪果?」
「魔性の果実で、その花のにおいを嗅ぐと催眠状態になる。だから我々はあのような果実は食べない、だってさ」
「また、前のキャンディローズマリーみたいに、実はそんなことありませんでしたってオチだったりしてな」
オリバーがややしらけた調子で口をはさむと、チビデブの男が何やらまくしたて、他の男達もしきりに頷く。それから唐突にイーヨを構え、四人で合奏を始めた。
「なんだなんだ?」
ロイがチビデブ男に尋ねると、男は弾きながら乱暴に答える。
「へー……、この曲も『ケチューラの悪果』って言うんだって」
「意外とこの曲も、ヤバネに効き目があったりしてな」
オリバーが鼻で笑う。
「品性に乏しいケチューラの村の人間は、その果実や蜂蜜を市場に売って生計を立てている。行ってみたらどうか、だって」
ロイがさらに通訳すると、オリバーが頷く。
「じゃあその村までのルートを教えてくれ」
スカイ達はルートを教わった後、四人の男達やアルパカとともに丘をくだった。少し標高の低い丘陵地に集落が見えてきた。
「あれがサンパス村。我々、サンパス族の村だって。歓迎しようって言ってる」
ロイが歩きながら通訳すると、オリバーが首をかしげる。
「どうして俺らみたいなよそ者を歓迎すんだろな」
「そんなの決まってるよ」
スカイはきょとんとして突っ込む。
「なんで?」
オリバーは腑に落ちない。
「おんなじイーヨを持ってる奴が、悪い奴らに見えるもんか」
スカイの言葉に、オリバーもロイも納得して頷いた。
村に着くと、サンパス族の女達や子ども達がわらわらと寄り集まってきた。男達同様にピンクや緑の縞模様の民族衣装を着ていて、女はロングスカート、子どもは短い半ズボン姿だ。外国人の訪問は少ないこの地域で、特に金髪のロイは珍しがられ、散々、髪を触られた。
「金色の髪をした異国の旅人が、聖なる楽器、イーヨを持って現れるとは、何かの吉兆に違いない」
ヒゲ男が盛大に拍手したので、ほかの村人達も迎合し、いっせいに拍手する。さらに、女達がテンジクネズミの丸焼きを三人の前に並べる。ロイはネズミにぎょっとしつつ、恥ずかしくなって頭をかく。
「マデッサじこみのイーヨで何か一曲、弾いてあげたら。あ、これ美味い」
スカイはくすくす笑ってネズミの丸焼きにかぶりつく。オリバーはすでに、茹でたじゃがいも料理に夢中だ。ロイは黙って立ち上がり、イーヨを構える。
ロイが弾きはじめた瞬間、スカイは丸焼きを取り落とした。曲は「遥かなる旅へ」だ。スローテンポで穏やかな曲調で、グリフィダ人なら知らない人はいないメジャーな曲だが、「グリフィダの騎士」とともにアイリーンがよく弾いてくれた曲でもある。急に、スカイの目の前に幸せだったフォークナー家の情景が蘇った。いつもルークやバイオレットと一緒にベッドに寝転び、「アイリーンに膝枕してもらう権」をめぐって競争したっけ。大好きだった家族。もう戻らない家族。
スカイが涙ぐんでいるので、オリバーが無言でセカラウールの切れっぱしをスカイに手渡す。ロイも気づいて、もっとアグレッシブな曲調の「グリフィダの騎士」に切り替える。
村人達はたいそう喜び、歓声を上げた。さきほどの四人組は、ロイと混じって弾きはじめた。ロイが尋ねるとこの四人組は村の中でも地位の高いメンツで、「聖なるイーヨを司るに値する」身分とのことだった。
「お前はどこでイーヨを手に入れたんだ」
他の男達が「サンパスの宴」を演奏するかたわら、ヒゲ男がロイに尋ねる。
「僕は、街の楽器屋で手に入れた。……一番安く買える楽器だったから」
「楽器屋? そのような場所があるのか」
「うん。笛とか太鼓とかも売ってるよ」
「興味深い。実に興味深い。そんな地の果てにそのような特異な場所があり、我々のイーヨが異民族の手に渡るとは」
「楽器屋もたぶん、知らずに置いてたんだよ。聞いてもどこの国の楽器か分からないって言われて」
「それにつけてもお前の演奏は心を打つ。やはり只者ではないな」
「別にすごい人とかじゃないよ」
ロイは謙遜して言う。
「イーヨはな、奏者を選ぶのだ。心根が美しいものには美しい音を授ける。逆に醜いものには醜い音しかだせないのだ」
「えー」
ロイは半信半疑で笑う。
「信じなさい。お前は大義を成し遂げる」
「サンパスの宴」が終わると、今度はヒゲ男が立ち、別の曲を弾きはじめた。耳のいいロイはそれを聴きながら、うまく伴奏をつけて自分も弾いてみた。村人達は興奮して笑い、延々と演奏を続けた。スカイとオリバーは皆と一緒に手拍子をとった。
その頃、村のはずれで、低木のしげみに隠れて様子を伺っていたゲイルは、一緒についてきた蜂人、ポーリーンに話しかけた。
「この村で実行するのはやめよう」
「なんで?」
早く仕事を終わらせたくて、ポーリーンは顔をしかめる。
「あのガキが奇妙な楽器を持っているでしょ。大公に聞いたら、私の故郷で大量の仲間が殺された。あいつの楽器が原因みたいなんだ。演奏しているときは命取りだよ。移動中のほうがよさそう」
ゲイルがロイを指さすと、ポーリーンは口をすぼめて頷いた。




