131.白煙のなかで
「なあ。ビビだろ?」
あたりが白く烟るなか、スカイは今にも斬られそうなバイオレットに問いかける。スカイについてきたロイとオリバーも、思わず彼女を見つめ、ハッとし合う。リクはしばらく硬直していたが、我にかえり、刀を構えなおす。カイも、バイオレットが逃げられないよう、その脇から刀を向ける。
スカイは、バイオレットの変わり果てた姿に、特に動揺はしなかった。バイオレットは人間の姿ではなく、背中に八枚の羽、脇腹に中足を生やした、れっきとした蜂人の姿だった。だが、三つ編みにした黒髪も、分厚いメガネも、その奥に光る黄緑色の目も──。すべてがバイオレットそのものでしかなかった。誰が何と言おうと、この世でたった一人の、自分の妹だった。
バイオレットもしばらくスカイを見ていたが、やがて視線をリクの方に戻した。
「どうした。斬らないのか」
「……おい」
「なんだ」
「てめえに聞いてるんじゃねえ! スカイに聞いてんだ!」
リクがバイオレットにすごむと、バイオレットは口をつぐむ。一方、その声にロイとオリバーは驚愕する。リクがグリフィダ語を話しているところから、改めてルビテナ村から派生した蜂人なのだと、二人は思い知らされ、何も言えなくなった。
「スカイ。この蜂人はお前のことを兄貴だって言ってる」
リクが刀の切先でバイオレットの額を指し、乱暴に言う。
兄貴。蜂人の姿にはなっても、自分のことをまだ兄だと認識していると分かり、スカイは思わず鼻がつうんとする。ルビテナ村の、あの豊かな情景が、一気に頭に蘇った。自分達が過ごした幸せな生活。響きあう笑顔。そこに確かに生きていた家族の絆。まるで音楽のように生まれ、躍動し、スカイ自身を揺さぶってくる。ああ。そうだ。自分は幸せだった。それがずっと続くと思ってた。でも。
スカイはふと、我にかえる。リクの複眼はさらに赤みを増していて、めらめらと燃えたつ豪炎さながらだ。刀の切先がバイオレットの額をわずかに突く。そこからうっすら、血が流れ出た。
「でも、人間を全滅させるって抜かしてやがる。どうする」
リクの怒号が、室内に力強く響いた。
誰も、何も言わない。何も、言えない。白煙の透明度が下がり、次第に濃くなってゆく。ロイとオリバーは涙目になって咳きこむ。
「スカイ……」
やっとの思いで、ロイがスカイの肩に手を置いてくる。
「ビビ。今すぐこっちに戻ってこい」
スカイは小さな、だけどもはっきりした口調で呼びかける。バイオレットは微動だにせず、表情ひとつ変えない。
「俺、分かんないよ。どうしてビビが、ここで……蜂の目になってんのか」
スカイは言葉に詰まり、唾を飲み込んだ。バイオレットは、そんなスカイに冷たい眼差しをむける。
「俺は……、その、蜂人を、今まで。たくさん、殺してきた。これからもきっと……」
「スカイ! はっきりし──」
割り込んできたリクを、スカイは穏やかに制する。
「たくさん、殺す。ビビが、こっちの世界に戻ってくれないなら……」
スカイの黒い瞳と、バイオレットの黄緑の瞳がぶつかり合う。スカイは感じたこともないほど、極寒の冷気を覚えた。血を分けた妹とは思えないほど、その冷気が痛い。この先を言うのが、怖い。だけど、もうここで迷うわけにはいかない。
スカイは、肩に置かれたロイの手の温もりを感じとる。背後に立つロイとオリバーのことを、改めて思った。すると、透明で尊い何かが、自分を鼓舞してきた。少しだけ、勇気が湧いた。
「お前のことも。今、ここで殺す」
まるで一条の光のように、スカイの眼光が地面と平行に差した。それがバイオレットの視線と交差する。バイオレットは、笑うでもなく、怒るでもなく、ただただ、虚無感を顔にたたえている。ようやく口を開いた。
「私達はとっくに決別してる」
スカイは目を見開き、その言葉に食らいつく。
「人間は正々堂々としている。夢物語を堂々と話すし、弱くても、愚かでも、他の誰かが助けてくれる。それで成り立ってる」
「そうだよ。それのどこが悪い」
「ほんっとうに、……だよ」
スカイは一部が聞き取れなかった。
「何?」
「吐き気がすんだよ!」
瞬間的に、バイオレットは長い爪で木の子の枝を引き裂き、そこから逃れた。リクの刀からも逃れた。誰もがそのスピードについていけず、バイオレットにとってはスローモーションのようだった。自分もだてに鍛錬していたわけじゃない。バイオレットは身をかがめ、リクの手をはたき、その刀を奪い取った。それを両手で握りなおすと、すぐそばにいたカイの額を、勢いよく突いた。




