130.きょうだい
一方、地上では火柱が次第に高くなり、じわじわと母家樹を焼いていた。ジャッキーが怒って激しい鳴き声をあげ、護平に襲いかかった。
「おい! このデカいのを何とかしろ!」
護平は地に伏せ、ジャッキーの突進をかわす。男衆の一人が、棍棒を振り回す。が、ジャッキーのスピードとその巨体を前にして、どうにかなるものではない。鋭い爪が、護平の顔を切り裂いた。
「ギャー! 逃げるぞ! 早く!」
煙が少しずつ、母家樹の下層帯を静かに立ち昇った。中層帯にいる木の子はバイオレットとアーシュラと侍従長を拘束していた。侍従長は興奮して叫び、暴れていたが、アーシュラとバイオレットは落ち着いていた。バイオレットは、フーッと小さく息を吐いた。
「おい、木の化け物。離せ」
バイオレットは最初に木の子を見つめ、それからリクとカイを順に見る。
「お前らまとめて、食ってやる」
カイが息巻いて、腰にさげていた刀を引き抜く。リクも同様だ。バイオレットは二人を値踏みする。多分、リクのほうが腕が立つんだろうなと予想する。さらに、蜂人が人間の武器を持つ姿は、ひどくみっともないなと、つくづく思う。
「食っていいと思ってるのか」
バイオレットが低い声で尋ねる。
「ったりめーだ」
カイはずっと喧嘩腰だ。
「お前達、きょうだいか」
「大変嘆かわしいことですが、私が産み落とした愚息どもです」
アーシュラが割って入り、苦笑すると、バイオレットは軽く頷く。
「私にも兄がいる。黒い髪で黒目で。蜂人のくせに人間だと思いこんでる」
「だから何だ」
カイは噛みつくように吠える。一方、リクはバイオレットが何の話をしているのか、必死で思考する。
「しかも弓使いで。変な道具を使う仲間とつるんで、我々ヤバネを殺そうとしてる」
バイオレットの言葉に、リクははっとした。
「それってもしかして……」
「スカイ・フォークナー。私の兄『だった』」
バイオレットの黄緑色の複眼が、鋭く光った。
その輝きに魅せられ、さらに昇ってきた白煙で視界がぼやけ、リクは一瞬、反応が遅れた。アーシュラが目にも留まらぬ速さで木の子の枝に噛みつき、引きちぎった。木の子が痛がって枝を素早く引っ込める。間髪を入れず、アーシュラはカイとリクの首筋を手刀で鋭く突く。リクは何とか受け身をとった。が、カイは刀を取り落とし、仰向けに倒れた。アーシュラがカイの上に飛びつき、頭を喰い破ろうとした。カイはとっさに懐から何か硬いものを手にとり、それをアーシュラの顔面に向かって投げた。
スカイに持たされた、アイリーンの形見のネックレスだ。アーシュラが間一髪でそれをかわす。真後ろにいた侍従長にあたり、黒いガラスが砕けた。が、カイがよくよく見ると黒いガラスではなかった。透明のガラスのなかに黒い液体が詰まっていたのだ。
侍従長はその液体を顔面に浴び、断末魔の叫びをあげた。それに驚き、思わずアーシュラも後ろを振りかえる。何が起こったのか、その場にいた全員が分からなかった。
「隙あり!」
リクが飛び上がり、素早く刀を振り下ろした。アーシュラの額を切り裂き、着地した。アーシュラは仰向けに倒れ、即死した。さらに、木の子がまたしても枝を伸ばし、バイオレットを拘束した。
「おい、木の化け物。懲りないのか」
アーシュラと侍従長が死んでも、バイオレットは特に焦る様子も見せない。それどころか落ち着いて、低い声で木の子に尋ねる。
「お前、スカイの妹なのに、どうしてこんなことしてる」今度は、さらに低い声でリクの方がアーシュラに問いかける。「あいつが、どんな思いで戦ってきたと……」
「情に訴えても無駄だ。私はこの通り、見た目は少女だが、お前らより精神年齢は上だ」
その生意気な口ぶりが、リクを逆上させた。
「ざけんじゃねえよ!」
リクはバイオレットの顔すれすれのところで、壁に刀を突き刺した。バイオレットは身じろぎ一つせず、目を細めて睨んでくる。
「お前ら、蜂はクソ以下の存在だ。殺して殺して、百回殺しても足りねえ」
リクは吐き捨てるように言う。
「人間はクソじゃないのか?」
「ああ」
「でもその人間達の仕業だぞ? この巣に火をつけたのは」
バイオレットの言ってる意味が、リクには理解できない。何を言っている。助かるための口実か。壁から刀を引き抜き、動揺をひた隠す。
「言い残すのはそれだけか」
「人間は全滅させる。我々の手で」
バイオレットが冷たく言い放つと、リクは目をむき、即座に刀を振りあげた。
「ビビ!」
リクは手をとめ、振りかえった。そこに立っていたのは、煙に咳き込み、顔を火照らせた、汗だくのスカイだった。




