129.進軍
バイオレットは一匹のハネコを捕まえ、闇のなかを飛んでいた。そこで、母家樹の根元が燃えさかるのを目撃した。
近くでロドガワ族がその様子を見つめている。何てことだ。あろうことか、巣城に火をつけられてしまった。人間ならともかく、蜂は火を見ただけでパニックを起こす。この群れも終わりだ。あの人間ども、ただでは済まさない。バイオレットは歯ぎしりして、護平達の顔を一人一人見る。全員、記憶した。それから高度を上げ、母家樹の頭頂部にある出入り口に入った。
「大公殿下、お出ましでございます」
母家樹の家臣達がひざまづいて挨拶する。
「お前達も早く避難しなさい」
「はっ?」
「火事だ」
バイオレットはそっけなく言い、中層階へ向かった。
バイオレットは女帝蜂のアグネスから、裏切り者は必ず始末するよう言われている。アーシュラはほかの大陸の女王蜂よりは賢いから、任せてもいいとは思った。だが、その目で見届けろとの命令だ。
皮肉なものである。アグネスの実子である女王達が信用されず、実子ではない自分が信用されている。さっさと済ませて、火事から逃れなければ。
やがて、蜂人達の部屋にたどり着いた。アーシュラがリクとカイの首根っこを掴んで、松脂の山に顔を突っこませている。木の子は部屋の隅で、バサバサと葉を震わせていた。
「そのへんにしておけ」
バイオレットがそっけなく言い、冷たい視線を送る。
「ああ、これはこれは。大公殿下」
アーシュラはすぐに手を引っ込め、ほかの蜂人達とともに目の前でひざまづく。リクとカイはすんでのところで窒息死を回避し、床に寝転び、ゴホゴホと咳きこんだ。
「で? そいつらか?」
気だるい調子でバイオレットが尋ねる。
「さよう、裏切り者にございます」
「人間の子ども三人組は?」
「兵士が接触したようで、その者達ももうじきここへ──」
アーシュラが説明しようとした矢先、一匹の蜂人が体を震わせ、飛びこんできた。
「おおせの通り、人間達が城内に侵入しました。ですが……」
「どうしたの?」
アーシュラが顔をしかめる。
「人間が。人間が、奇妙な音を鳴らして上がってきます! 聞いた者はみんな硬直してしまって──」
来た。それは一度会ったことがある、スカイの仲間だ。バイオレットは苦い顔をむける。
「少しは頭を使え」
バイオレットが、手元の布袋をゴソゴソと漁りだす。皆が見てるなか、バイオレットはそこから丸くて茶色いものを取り出した。ヘカトンケイルマツの、マツボックリだ。その鱗片を二枚はぎとり、耳の穴に突っこむ。
「こうすれば聞こえない。伝達は脳内会話でするように」
そう言ってバイオレットがマツボックリを差し出す。
「なるほど。ありがとうございます。承知しました」
アーシュラはマツボックリを受け取り、部下達とそれぞれ耳の穴に差し込んだ。
(ただちに人間を殺せ)
(了解)
軍の総指揮官が指示を送り、部下達とともに部屋を飛び出した。
それをバイオレットとアーシュラ、それに侍従長が見送ったときだった。木の子が背後からしのびより、自分の枝をするすると伸ばすと、三人の首を絞めあげた。
その頃、スカイ達は順調に穴の中をのぼっていた。
近づく蜂はロイが大方、イーヨで対処してくれる。ときどき、触覚が折れててこちらに突進してくる個体には、スカイが弓を引いたり、オリバーがナイフで仕留めた。
ふと、ミケールが妙な鳴き声を出す。ナーゴナーゴと、いつもより低くて太い声だ。
「ねえ。そういえばさ、樹液以外に、なんか変な匂い、しない?」
スカイが鼻を手で覆う。
「だから皆、お前みたいに鼻利きじゃ──」
ロイは呆れて言い返そうとして、自分も鼻をつまんだ。確かに臭う。
「何かが焼ける匂い……火事だ!」
白い煙に気づき、オリバーが目をこすった。
「えっ、なんで」
ロイの顔は真っ青だ。
「山火事か……」
「いいから、急ごう!」
スカイが先導切って、スピードをあげた。折りしも、目指す方向から蜂人が突っこんできた。ロイがイーヨを全力で弾いているのに、オリバーが拡声器をあてているのに、まったく効かない。ミケールが怖がってロイに抱きついてしまった。真っ暗な穴のなか、蜂人がどんどん距離を詰めてくるのは分かる。スカイは目を閉じ、弓に矢をつがえた。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。スコティーボ!」




