132.宿命
スカイ達がバイオレットと対峙する頃、母家樹の外側では火が次第に大きくなった。周囲の木々にも少しずつ引火し、森の動物達は逃げ惑っていた。
スカイの目の前で、カイの体が大きくのけぞり、ひるがえった。
体を大の字にして倒れ、複眼は飛び出さんばかりに膨れあがり、口がOの字に開いている。それが即死を意味するのだと、スカイはすぐに理解した。
理解したのに、そのスピードに体がついていけない。今、自分がすべきことは何か。黙って弓を引くことだ。誰に向かって引くのか。妹にだ。どうしてそれをしなければならないのか。
スカイは自然と目を閉じる。そして自分自身に答える。
妹を殺すこと。それが宿命だからだ。
スカイは恐れた。想像以上に手が震え、弓を取り落としそうになる。額から汗が噴き出し、口のなかは乾き、舌が上顎に張りついた。ひどい耳鳴りがして、今にも倒れそうになる。
だけど、スカイは深呼吸する。そして、必死で思い直す。殺す瞬間は見ずにすむ。そんな方法を、ガルシアに教わったじゃないか。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。スコティーボ」
輝く矢は宙をまっすぐ貫き、爆進した。
一方、バイオレットはその過程を、黙って見ていた。
いつか、こうなるときがくる。そんなの、とっくの昔から知っていた。だけどいざ、肉親から殺意を向けられると、それは憎らしいとか悲しいとかいうより、ひどく残念に感じた。同じ親をもつのに、自分は強く賢く生きている。なのに兄はとことん愚かで軟弱だ。迷う時間が長いし、決断が遅い。どうせ人間の思考なんて、行きつく先は「蜂を殺す」に決まっているのに。
いちいち悩むし、不毛に考え、無様に苦しんでいる。そんな体たらくで今まで生きてこられたのは、スカイが周りの人間達に支えられてきたからだ。助け合い。慈悲。利他の精神。人間独自の、人間が「そう在りたいと信じてる」妄念だ。
バイオレットは半眼になり、深呼吸して、肩をだらりと落とした。そして軽くジャンプして口を開き、飛んできた矢を歯でくわえ、受け止めた。さらに、木の子の図体を持ちあげて、スカイに投げつけた。スカイのそばにいたロイとオリバー、それにリクをも巻きこみ、壁が歪むほど強烈に叩きつけた。四人はまとめて気絶した。一瞬、少しだけ壁にめり込んで、壁をずるずるとつたって床へ落ちた。
あっけなく始末した。
バイオレットが、そう思ったときだ。
空間全体が傾いた。バイオレットは両足でふんばり、すぐさま部屋全体を見渡した。今や、白煙は黒煙に変わり、温度も上昇している。羽を広げ、もときた通路を戻った。母家樹のてっぺんにある穴から飛び出し、ホバリングしながら、母家樹が燃えさかる様子を振り返った。
轟々と音を立て、母家樹はもう七割以上が燃えている。よく見れば幹のちょうど真ん中あたりのところで折れ、少し傾いている。脱出できた蜂人達が少しだけいて、いずれも散り散りになって逃げてゆく。バイオレットは顔をしかめ、鼻を手で押さえた。空気が乾燥し、松脂が樹皮から大量に分泌されていたため、引火スピードが速く、ひどい臭いを発生させているせいだ。バイオレットは背を向け、そばをフラフラ飛ぶハネコを捕まえると、北東の方角に飛んだ。
森の上空を少し飛行すると、小さな煙が立ち昇り、それらが少しずつ移動しているのが見えた。バイオレットは高度を下げて飛び、それらに近づいた。そして分かった。木立の合間を縫い、松明を持ち、地上を駆けているのは、母家樹に火をつけた人間達だ。
バイオレットはほぼ無意識に、彼らと距離を詰めた。
「ギャアア! 蜂人だ!」
バイオレットに気づいた村人の一人が叫ぶ。
「早く!」
「急げ!」
「逃げるな! 戦え!」
人間達が松明を振り回し、あわてふためく。バイオレットは松明をかわしながら、黙って追尾し、一人ずつ頭を食いちぎっていく。最後まで残り、わめいていた護平を地面に組み伏せ、首の骨を折った。その死に顔を無表情で見てから、再び上空へ飛び立った。
一方、母家樹の内部で、スカイは目を覚ました。
激しく壁に叩きつけられたせいで、脇腹にひどい痛みを感じた。どうも、あばらの骨が折れている。力が入らず、体を起こすことができない。それに猛烈な視界不良だ。火は確実にすぐそばまで上がってきている。
スカイは、死んでいる蜂人のそばでネックレスを見つけた。アイリーンの形見だ。ガラスが砕けて粉々になっていたが、鎖の部分は無事だ。這いつくばって、それをつかんで引き寄せた。そして、赤々と燃える炎を背景に、何かのシルエットが動くのを見た。それはロイやオリバー、リクをすくいあげている。
「木の子?」
スカイが問いかけると、そのシルエットはゆっくりした所作で、そばに近寄った。やはり木の子だ。木の子はあちこちの枝が折れたり、幹の一部が引き裂かれているのにも関わらず、新しい枝を伸ばしてスカイを優しく抱き上げた。さらに、ミケールもすくいあげて頭上のリフトに乗せ、全員を葉っぱでしっかり包み込むと、根っこを動かし、蜂人の部屋を出た。
木の子は器用に火をよけながら、通路内をのぼった。最上階の女王の間につき、そこでぽっかり空いた穴を見つけた。出入り口だ。木の子が穴に近づいてくれたので、スカイは痛みをこらえ、新鮮な空気を吸った。
火はメラメラと音を立てながら、激しく燃えたぎっていた。千メートルを超す高木が傾いていて、今にも倒木しそうだ。どうにかして地上へ降りられないものか。スカイは周囲を見渡そうとするものの、強烈な火柱と黒煙を前に、何も見つけることができない。
するとミケールがさかんに鳴きだし、皆が目を覚ました。
「逃げるぞ、だって」
ロイが弱々しくつぶやく。
「何?」
スカイは大声で聞きかえす。
「ミケールが、予定通り、口が臭え奴が迎えにきたぞ、って言ってる」
ロイの通訳を聞いても一瞬、スカイには意味がわからなかった。が、木の子が穴から身を乗り出し、さらに頭上の枝をまとめて伸ばし、皆の体を空中へ差し出した。
「おい! 何すんだよ木の子!」
スカイは炎に恐怖し、叫びながら目を見開いた。ふと、炎ごしに、闇夜に白い点が浮かんでいるのが見える。それはどんどん大きくなっていく。猛スピードで近づいてくる。
「ジャッキー!」
スカイはがむしゃらに手を振った。白くて大きいそれはジャッキーだ。ジャッキーはすばやく飛んできて、木の子の前に体をつけた。四人は痛みをこらえ、その背中に乗りこんだ。木の子がそれをフォローしてくれた。
「クデボウ! お前も急げ!」
リクが痛みをおして声を張りあげる。だが、木の子は穴から半身を突き出したまま、動かない。スカイは木の子の姿を凝視した。おそらく根っこが穴につかえて、出てこられないのだ。その体の半分は燃えていて、黒焦げしている。木の子はそのまま四人へ手を振るように、バサバサと枝を揺らした。
「クデボウ!」
リクが絶叫した。
「もっと近づいて! 木の子を引っぱろう!」
スカイも木の子の方に手を伸ばす。
だが、穴の付近からしみでる松脂に引火した。木の子は一気に火だるまになった。穴からずるりと転げ落ち、スカイ達が目を見張るなか、みるみる炎の海へと落ちていった。
以上で第7章を終了といたします。次回は「第8章〜タリブ大陸編〜」となります。お楽しみに!




