127.作戦遂行
太陽がかなり高くのぼりきった頃、母家樹では大変な賑わいをみせていた。
幹の半分から下は、他の巨大樹に囲まれているため、いつも通り暗く、しんと寝りかえっている。だが、幹の半分から上は陽光にあたり、母家樹はその樹皮からせっせと松脂を分泌させ、それにヤバネスズメバチが大量に群がっていた。
猛烈な羽音を立て、蜂は上下左右、あちこちをうろうろしながら、より松脂を多量に摂取できる場所を目指した。仲間同士ゆずりあうこともせず、ときには他の個体を殴ったり、突き飛ばしたりしながら、我先にと脂を奪いあった。
そんな羽音を聞きつけたロイの耳を頼りに、スカイ達は森を南方へくだった。そこで、どんな巨大樹よりもさらに大きい、ヘカトンケイルマツを目にした。護平が言っていた、母家樹だ。
「でっけえ木だな。これが母家樹?」
一番背の低いロイは、首がもげるほど上を見上げる。
スカイは弓をかまえ、慎重にあたりを見回す。母家樹の根元近くにリクもカイもいない。ただ、上空から転落し、死んでいるヤバネスズメバチが何匹かいた。それを、野生のハネコが何匹もうろうろしながら照らしている。ロイの耳によれば、どうやら蜂はもっと上の方で群れているらしい。リク達もそのなかに混ざって飛んでいるのだろうか。
「どうする? あそこに穴があるよ」
スカイは根元の穴を指さす。
「何の情報もなく突っ込んでいくつもりか。俺達が巣の中で食われるだけだ」
オリバーが冷静に、もっともなことを言う。
「でも、どうしてあいつら、上の方に集まってんだ? 何かの集会か?」
ロイにとっては相変わらず羽音が耳障りで仕方なく、不愉快だと顔に出す。
「そうだ。ジャッキーに乗って偵察にいかない?」
スカイが上を指差して提案した。
ロイが小さな音でイーヨを弾き、ジャッキーを巨大化させた。それに三人でまたがり、上空へ出た。スカイはその光景に目を見張った。何万匹というヤバネスズメバチの大群が、幹に張りついている。
「何だ? 奴ら、何をやっている」
目の悪いオリバーはメガネをグッとおしつけ、よく見ようとする。
「ああ……。そうか。樹液だ」
一方、目のいいスカイはそれが何かをすぐに察知する。
「樹液?」
ロイは気味の悪い光景にジャッキーにしがみつく。
「うん。スズメバチって樹液が大好きなんだよ。それが出てるから吸いにきてるんだ。そうか、あの匂いだったんだ」
スカイはそう言って納得し、鼻にしわを寄せるので、ロイはぽかんとする。
「おい。僕もオリバーもお前ほど目と鼻がよくないから分からないけどさ。要は、あいつらは食事中ってことか」
「うん。でも、リクとカイはどこだろ。いったん地上にかえって……」
「ちょっと考えさせろ」
オリバーはそう言って、スカイの言葉をさえぎる。スカイとロイが何事かと見る。オリバーは腕組みしながら渋い顔をして、うーんと唸った。
「きっと、こういうのがあるってリク達は知ってたんだろ。敵が一箇所に集まっていると分かっていたら、俺たちだったら何をする?」
オリバーが問いかけるので、スカイは目を光らせた。
「もちろん、一網打尽にする! 水を浴びせるとか、焼き殺すとか!」
「僕だったら『ケチューラの悪果』を弾く!」
「待て、ロイ」
オリバーが首を横に振る。
「あのなかにリクとカイがいない訳ないだろ。うかつに弾くな。あいつらをまず探すんだ」
午後の生ぬるい空気とともに、太陽は徐々に傾いていた。
ロドガワ村の集会所では、護平と村の者達が集まっていて、すでに話し合いが決着したところだった。
「まさか、リク様とカイ様が蜂人だったとは。護平様も、我々に正直に話してくださればよいものを」
中年の男はそう言って、皆が出ていくのを見送った。
「わしが正直に話したところで、お前達はリクとカイを受け入れられたのか」
護平が男をジロリと見たので、男は困って苦笑いする。
「分かりません。もうじき日が暮れます。我々も準備に入りましょう」
「うむ。ともに蜂を討ちにいこうぞ」
一方、林からクヌギの木を運んできたリクとカイは、蜂人に姿を変えた。さらに、母家樹の根元近くで待機した。
木の子は幹の穴を閉じているので、光を放つことはない。ときどき、目を光らせるハネコがうろうろしているせいで、景色がぼんやり見えるものの、基本的には暗闇だ。根元周りには仰向けになって死んでいる蜂がやけに多いが、松脂が出ている時は毎回こうなると、リクは知っている。
母家樹の出入り口のひとつは、すぐそこにある。根元近くを蜂の兵士達があごで削ってあけた穴だ。保温効果を高めるために穴は小さく、蜂が一匹ずつ、飛びながら通過できるサイズだ。穴に入り、細長い通路を上へのぼっていくと、まず、大広間がある。その上は迷路のような通路がいくつもできていて、蜂達の寝所、通路でつないでさらに上には蜂人の寝所、幼生達が住む育児室と連なり、てっぺんには女王の間がある。ふたつめの出入り口は女王の間に直通で、地上からの高さ千メートルに位置する。今の時期は特に気温が低く、蜂だと凍死してしまうため、そちらの出入り口を使えるのは蜂人のみだ。
つまり、上部の出入り口は蜂は使えない。下の出入り口さえおさえてしまえば大半は殺せるのだ。
リクが見ていると、蜂が一匹、樹皮をつたって降りてきた。するとまた一匹、さらに一匹と、降りてきた。いつの間にかそれが数十匹、数百匹と増え、ぞろぞろと出入り口にむかって行進している。どうやら巨大樹の上空で日没を迎えたらしい。
リクはカイに目配せした。いつ火種とクヌギを突っこむか、そのタイミングは手に汗握るものがある。だが、それと同時に、これから先のことを想像すると、ものすごく興奮した。蜂は集団行動を大切にする。規律正しく巣穴へ入っていく姿が、まるで自ら進んで墓穴へ入っていくようにすら見えてくる。群れが完全に収まる、そのときを待った。
そのはずだった。
急に、カイの気配がなくなった。
「カイ?」
リクが小声で尋ねると、焼けるような痛みが背中に走った。首の後ろを押さえつけられ、何者かに背中の羽をひきちぎられた。さらに、別の者が馬乗りになってきて、自分は地面につっぷした。
「案外、簡単だったねえ」その声は明らかにリクをバカにして笑っている。「あんた、そんなに目を赤く光らせてたら、捕まえてくださいって言ってるようなもんじゃないか」
リクは頭を殴りつけられ、気絶した。
「リクだ!」
上空からもどってきたスカイは、その光景を目の当たりにした。蜂人達が母家樹の穴に、リクをひきずりこんでいった。




