126.母家樹
母家樹の最上階、女王の間では、アーシュラが松脂を舐めながら、窓からの景色を眺めていた。
そこへ、軍の総司令官が入室してきた。
「陛下、現況をお伝えいたします。不審者、侵入者はゼロ。城の警備は万全の体制です」
「了解です」
「はっ」
アーシュラが軽く頷くと、総司令官は退室した。
「陛下、もっとお召し上がりになりますか」
そばにいた侍従長が、松脂をたっぷり盛った器を差し出す。
「いいえ。これくらいにしておきます。じきに、メインディッシュがきますからね」
アーシュラは眼下の景色を見てほほえんだ。
太陽が少し高くなった。リクとカイは背中の羽を広げ、森のなかを低空飛行していた。さらに、照明係として木の子もそれに同行している。
「クデボウも勝手に連れてきて大丈夫だったかな」
カイは並列して飛びながら、そばをちょこまか走りながらあかりを照らす木の子を見る。
「仕方ねえよ。家の外に出たら、門番みたいに立ってただろ。勝手についてきたんだし」
リクが眉間にしわを寄せると、心なしか木の子は愉快そうに葉っぱをバサバサさせる。
「ところでさ。さっき聞いたその作戦、うまくいくはずねえよ」
カイが渋い顔をしてみせるのに、リクは平然としている。
「大丈夫だ。実証済みだから」
「実証?」
「ああ。前に、シノヨ村で火事があっただろ」
シノヨ村というのは巨大樹の森の外、平原にある村のことだ。
「うん。確か、村長の家の蔵が燃えたんだっけ」
「それだ。燃えたのは一階だけだったのに、二階にいた使用人が死んだんだ」
「そういえばあれって、どうしてなんだ?」
カイはきょとんとする。
「焼かれる前に、煙をいっぱい吸った。だから死んだんだ」
「それとおんなじことすんのか?」
「そうだ。母家樹には出入り口が二箇所ある。奴らが日没前に巣穴に入りきったら、火を投げいれて、出入り口をふさぐ」
「そんなことしたら、母家樹が燃えちまうよ」
カイはまだ不安をぬぐいきれないでいる。母家樹はロドガワ族にとって大切な神木だ。なのに、リクは歯を見せて快活に笑う。
「大丈夫だよ。完全には燃えない」
「どうして?」
「燃えるには空気が必要だ。その空気の流れをふさいでしまえば、火は燃え続けることができない」
「そうか……。分かった」
「よし。日没までに出入り口をふさぐ材料をつくるぞ」
リクがスピードを上げたので、木の子もカイもそれに続いた。
障子窓から漏れる光が顔を差し、スカイは目を覚ました。囲炉裏の炭が静かに燃えているのを見て、ここは護平の家だと気づいた。
そばで寝ているのはロイとオリバー、それに護平だ。だが、三人とも布団ではなく、板の上で体を丸めて寝ている。一方、自分が寝かされていた布団の横には、からっぽの布団が二つ並んでいる。
「あれ?」
スカイは布団から出て、部屋のなかを見回した。ここは板の間と土間だけで構成された小さな家で、ほかに部屋はない。スカイは窓に近づいた。窓には障子が取りつけられ、それを開けると外側に鉄格子がはめられている。外の空気を吸ってみた。ちょっと独特な、でも甘い不思議な香りが漂っている。屋外では近隣の民家が見えるほか、畑と、そこで働く村人が見える。
スカイは目を室内に戻す。ふと、板の間の隅に背の低い机があるのに気づいた。半紙に太い文字が、縦書きされている。スカイがそれを手に取ると、その小さな物音で、護平が目を覚ました。
「おお、おお。気がついたのか。どうだ、気分は」
護平の声が優しく部屋に響く。オリバーとロイもゆっくりと体を起こした。
「ねえ、リクとカイは?」
スカイは半紙を見せて尋ねると、護平の顔色がサッと変わった。
ロドガワ村を出て、巨大樹の森の北側に出たリクは、羽をとじ、周辺を歩きはじめた。このあたりは巨大な木はなく、せいぜい十メートル程度の樹高の、広葉樹の林が広がっている。カイと木の子もそれに並んで、あたりをきょろきょろと見回した。
「こんなところで何をするんだ」
カイは近くの木に触れながら尋ねる。
「出入り口をふさぐ材料を見つける」
「何だよ。まさか木でもぶっ込むのか」
「そのまさかだよ。おい、ちょうどいいや。クデボウ。そこにある木を引っこ抜けよ」
リクが近くのクヌギの木を触り、引っこ抜く仕草をしてみせる。木の子は心得て、枝をするする伸ばす。
「それはさすがにクデボウにも無理じゃね?」
カイは疑心暗鬼だ。
「そう思うか?」
リクがにやりと笑った直後、木の子はクヌギをぎっちりホールドし、めきめきと音を立てながら引き抜いてしまった。唖然としたリクは、一寸遅れて、おかしくなって激しく笑う。
「すげえ。成長したな、クデボウ」
カイが木の子の頭をバサバサ撫でると、木の子は得意になり、引っこ抜いたクヌギを勢いよく放った。
風が吹き、巨大樹の森の木々が葉をたなびかせた。スカイとロイ、オリバーはロドガワ村を出て、リク達を捜索していた。
「探すったって、どこをどう探すんだよ」
ロイは不満を隠さず、わざと音を立てながら歩く。
「いいから。ミケール、もっと前に出て照らして」
スカイはミケールをせかす。ジャッキーはロイのイーヨで体を小さくされて、スカイの肩に乗り、ピイピイと鳴く。
「『護平様、今までお世話になりました。これから最後の大仕事をします。お元気で』か。あの書き置きには、俺達のことは一言も書いてなかったな」
オリバーは護平に聞かされたことをそのまま繰り返し、苦笑すると、ロイもそれに同調する。
「本当だよ。恩知らずな連中だ」
「……そんな言い方すんな」
スカイが低い声で非難する。
スカイはかなり焦っていた。せっかく助けたのに、勝手にいなくなるなんて。きっとリクもカイも捨て身でヤバネと戦うつもりだ。いくら二人とも腕が立つからって、勝てるはずがない。そもそも、あっちの戦力を分かっているのか。いや、たぶん分かってない。
スカイの必死な顔つきを見て、ロイは両手のひらを天に向け、ため息をつく。
「はいはい。だからこうやって、手伝ってんだろ」
ふいに、前を歩くスカイが立ち止まり、ロイは思い切り鼻をぶつけた。
「いって! なんだよ」
「ねえ。あっちの方。すごく匂いが濃いよ」
スカイは南の方を指さす。
「匂い? お前ほど鼻がよくねえから分かんねえよ。でも……」
「でも?」
オリバーはロイの横顔をチラッとうかがう。
「すっげえ数の音。……羽音だ」
ロイの声は震えていた。




