125.手当て
護平の家では、蜂人の姿のリクとカイ、それにスカイが布団に寝かされていた。
護平が三人の手当をしている間、オリバーは自分が湧水池で見たことを話してきかせた。ロイは間に入って通訳をしたものの、ほぼ傍観しているだけだった。さらに、スカイ自身はその兆候がないにせよ、父と兄が蜂人だったことや、妹にも蜂人の可能性があることも、あわせて伝えた。護平は最初驚いていたが、特にあらがうでもなく、素直に聞き入れた。
「リクとカイのことも話してくれ」
オリバーが真顔で頼むと、護平はうつろな目をして、ぽつりぽつりと話しはじめた。その間、オリバーは黙って傾聴したが、ロイは話のはしばしで唸ったり、護平をにらみつけたりした。
「わしの名前。『護平』は父からもらった。一族の長として。森を守護し、泰平に治めることができるようにと。そのわしの手足となっているのが、リクとカイだ。どうか分かってほしい」
すべて話してから、護平はリクとカイの顔を見下ろした。
「リクとカイはもう、大丈夫そうだ」
護平はそう言って軽く頷く。二人とも、護平が煎じた飲み薬で眠りについている。
「特に、リクの方だ。こんなに大ケガで、どうして無事だったのか。不思議だ」
不思議がる護平を見て、ロイの顔色が変わった。
「スカイは、血を飲ませてたんだ」
ロイの暗い表情に、オリバーも護平も目を丸くする。
「血?」
「うん。僕が、蜂人なんかに演奏するの嫌だって言ったら。いきなり自分の腕を切ったんだ」
「それで、スカイはこんなことに……。出血が多すぎる」
オリバーがスカイのケガしていない方の手をとる。本人は意識不明で、呼吸が少し荒い。オリバーだけでなく、ロイも護平もそれを見守る。
「人間の血は蜂に活力を与える」
護平が目をふせて言うと、ロイは目を見開いた。
「そうなの?」
「ああ。わしはあの恐ろしい蜂の巣で何度も見た。人間の生き血をすする蜂どもをな」
「これで分かった。やっぱりスカイは人間なんだ。スカイは蜂人じゃない。スカイが蜂人だったら、リクはこんなに回復できないんだろ」
ロイはてのひらを、もう片方の手でポンと叩く。
「ああ……。だがこの子は、一筋縄ではいかないのかもしれん」
「どうして」
「血を飲むと回復すると、なぜ知っている」
そう言われて、ロイも頭にクエスチョンマークを浮かべる。なぜ知っていた? それは分からない。
護平は小さく咳払いする。
「おそらく、教えたのはリクだろう。それも、お前達が知らないところですでに知っていた。どうしてそれができる? ロイ、君のように通訳がいるわけでもないのに」
「確かに」
「十中八九、あれをやったのだ」
「あれって?」
ロイは首をかしげる。
「蜂独自の意思疎通法だ。それも蜂の巣で見た。触覚をくっつけて会話する。リクとスカイも話ができた。なぜなら──」
「スカイも、蜂人だから?」
ロイが言葉を引き継ぐと、護平は黙って頷いた。
ふいに、スカイの呼吸が荒く、激しくなってきた。
「ロイ。いい加減、弾け」
オリバーが低い声でとがめる。
「わしからも頼む」
護平もロイの顔をうかがいつつ、オリバーに賛成する。
「なんだよ。みんな弾けとか、弾くなとか……。勝手ばかり言いやがって」ロイは唇を震わせる。「バカじゃないか? 蜂人を全滅させるだと? こうやって、蜂人を助けてるのにか」
「ロイ」
オリバーの声には苛立ちがまざっている。が、それが余計にロイの気持ちを逆撫でした。ロイの目には涙がにじむ。
「うるさいな。僕の両親は蜂に殺された。オリバー。お前だってそうだろ。そもそもだよ。護平さん。どうしてあんたは、リクとカイが蜂人だってこと、黙ってたんだよ」
「……それは、悪かった。この通りだ」
護平は正座して頭をさげた。
「僕は話したよね? イーヨは人を回復させるだけじゃない。蜂を殺すことだってできるって。まさか、知ってて僕にリクとカイを殺させようとしたわけじゃないよね? 採蜜に行くとき、蜂に出くわすことはありえるって、護平さんだって予想できたよね? だから僕が演奏する可能性は──」
「やめろ、ロイ」
オリバーが声を荒げ、ロイの肩を強くつかむ。
「わしが、悪かった。頼むから、弾いてくれ」
「ああ、弾くさ。でも僕はあんたと同じ、リクとカイなんかどうだっていい。スカイのためだ」
息を荒げるロイの横顔を、オリバーは必死な思いで見つめる。
「ロイ、早く」
「分かってるよ、うるさいな。スカイだってこんな大事なこと、隠しやがって」
ロイはオリバーの手を払いのけ、スカイの顔をいまいましく見下ろすと、イーヨで「蓬莱」を弾きはじめた。
オリバーの応急処置と護平の手当て、それにロイの「蓬莱」で、スカイの呼吸はようやく安定しはじめた。それを確認して、皆も眠りについた。
巨大樹の合間にあるロドガワ村に、朝の陽光が静かに降り注いだ。リクが真っ先に目を覚まし、上体を起こした。首が痛み、一瞬、事態を理解できなかった。が、断片的には思い出せた。それからハッとした。自分が蜂人の姿なので、すぐに人間の姿に戻した。だが、隣で寝ているカイは蜂人の姿のままだ。起こしたらまた、襲いかかってくるのだろうか。リクは刀を握りしめ、カイの肩にそっと触れた。
(カイ。起きろ。人間になれ)
リクが脳に直接話しかけると、カイは目を覚ました。リクと目が合うと、すぐに人間の姿に戻した。
(おはよう、リク。みんなにバレたのかな)
(多分な)
(どうする)
(どうもこうもねえよ。村のみんなに殺される)
(……ん?)
カイが立ちあがり、窓の方を見た。
(どうした、カイ)
(なんか、いい匂いがする)
カイに言われて、リクも立ち上がった。確かに甘くていい匂いがする。
過去にも、こういうことがあった。おそらく、ヘカトンケイルマツの松脂の匂いだ。最近は雨が少なく、いい天気が続いた。すると、松脂が活発につくられる。特に、母家樹のような、よく陽にあたっている高木には、不定期にこのイベントが起きる。このときはヤバネスズメバチも遠方に出かけず、母家樹の幹にたかって積極的に松脂を吸うのだ。
その匂い自体も魅力的だが、群れを一網打尽にできるチャンスでもある。今まで護平に母家樹にはうかつに近づくなと言われていたが、どのみち、自分達にもう居場所はない。
(ねえ、リク……)
(分かってる)
リクは文机にある毛筆を手に取り、半紙に書き置きした。それからカイとともに、静かに家を抜け出した。




