124.特定
オリバーは対岸にしゃがみこみ、スカイとロイが戻ってくるのを待っていた。
遅い。向こうで何があったのか。オリバーはメガネを掛けなおし、視力の悪い目をこらす。が、何をやっているのかまったく分からない。ときどき、そばにいる蜂人を見おろす。栗毛で醜い、女の蜂人だ。逃れようともがいているが、できるはずもなく、憎しみを込めた目で睨みつけられるだけだ。
近くで物音がして、オリバーはそちらを降りかえった。そこには明らかに怯えた様子の木の子がいて、葉っぱをバサバサ振るわせている。
「木の子、どうした」
オリバーが手を伸ばし、葉っぱをぽんぽん撫でると、木の子は枝を広げて抱きついてくる。幼子が母親にすがる仕草にそっくりだ。
「何があったんだよ」
オリバーがまた問いかけると、木の子はオリバーに抱きついたまま、枝で対岸をさす。
「分かったよ、行こう」
オリバーは立ちあがり、木の子の頭上の席に乗りこんだ。そのとき、ヌマグチからナイフがすべり落ちた。それを、栗毛の蜂人は見逃さなかった。
木の子に乗って池の縁をまわり込み、オリバーはスカイ達のもとへ到着した。近くに蛍蜂の巣板が落ちていたので、拾ってヌマグチに納めた。
それから、オリバーは事態をすぐに理解した。蜂人と化したリクとカイが倒れている。互いに争ったようで、特にリクのほうが瀕死の重体だ。ロイは放心してしゃがみこんでいる。そしてスカイは、自分の腕を切りつけ、こともあろうにその血を──。リクに飲ませている。リクの複眼は燃えるように赤く、それだけでもぞっとした。
「何してるんだ、スカイ」
オリバーはつかつか歩み寄り、つとめて冷静に聞く。
「ああ、オリバー。来たんだ……」
スカイは青い顔してオリバーを見あげる。
「そんなことしたらお前、死ぬぞ」
「今はこうするしかなくて……」
「分かった。いい。もう何も言うな」
オリバーがてきぱきと仕切りだした。まずは池の水でスカイとリク、カイの患部を洗った。それからオリバー特製の軟膏を塗った。過去にハラパノ大陸でオリバーが採集した、ハーブからつくったものだ。さらに、自分の服を脱いで切り裂いて巻きつけ、止血した。応急処置が終わり、ロイとカイはジャッキーに、スカイとリクと自分は木の子に乗った。
「よし、みんな、ひとまずロドガワ村へ帰ろう」
一行は村へと戻った。
ナイフでネバグモの糸を断ち切り、オリバーの後をつけ、一部始終を見ていた栗毛の蜂人は、興奮してその場を発った。見つけた。赤目の雄蜂だ。早く帰って女王に報告しよう。これで自分も昇進できるはずだ。不敵に笑いながら、飛行速度をあげた。
一行がロドガワ村に帰ると、大変な騒ぎになった。三人のケガ人が護平の家に運ばれ、うち二人は蜂人の姿だ。あっという間に人だかりができて、非難の声があがった。
「その化け物をどうするつもりだ」
「護平様の家にあがらせるものか」
「殺せ! 殺せ!」
村人達は鍬や鋤、鎌を手に取り、今にも襲いかかってくる勢いだ。
「よく見てくれ。リクとカイだ」
オリバーはリクをおぶって、村人達をよけながら歩く。
「ああん? 神子様達なわけがあるか!」
「そうだそうだ!」
「勝手を言うな!」
村人達は怒ってオリバーの腕をゆさぶったり、リクやカイに唾をかけてくる。一人がリクの服をひっぱり、引きちぎった。カイをおぶっていたロイは、突き飛ばされて転んでしまった。村人達の興奮はいっそう高まってゆく。
「あ……。それ」小さな子どもが、ひきちぎれた布を指さす。「その着物。リク様が着ていた着物だよ」
村人達は一瞬静まった。子どもの手のひらに乗った服をじっと見てから、さらにリクの方を見る。低いどよめき声があがり、それは次第に熱をおびて、怒号や悲鳴に切り替わった。
「いい加減にせんか」
雷鳴のような声がとどろき、村人達は騒ぐのをぴたりとやめた。護平が家から出てきて、オリバー達を険しい目で見つめる。
「なかに入れ」
一方、母家樹に戻ってきた栗毛の蜂人は、すぐに上官に報告した。その上官とともに、アーシュラの部屋を訪問した。
「居場所を特定したですって?」
「はっ。ロドガワ村です」
栗毛が答えると、アーシュラは狐につままれたような顔をする。
「東部にある、人間の村?」
「はっ。奴は単独ではなく、仲間をつくっていました。我々を根絶やしにする気です。すぐにでも討伐にむかって──」
「いいえ、せっかくだから、こっちに出向いてもらいましょう」
「はい?」
アーシュラは部屋のなかの壁を優しくなでた。壁から松脂がじんわり滲み出ている。それを指で舐め、自信たっぷりほほえんだ。




