121.犯人探し
翌朝、スカイは護平の家で目を覚ました。
カイが土間にあるかまどの前にしゃがみ、木をくべたところに竹筒で息を送っている。スカイは布団をかぶったまま、それを不思議そうに見つめる。左隣で寝ていたリクと目が合った。リク達が蜂人であり、グリフィダ語を話せる事実は、ロイやオリバーにはまだ伏せておいたほうがいい気がした。代わりにスカイはリクの手に触れ、脳に直接、語りかけてみた。
「リク、おはよう。あれってかまどなの?」
「そうだ。スカイの国にもあるか」
「あるけど、ちょっと形が違う。面白いね」
「よく寝た」
突然、右隣で寝ていたロイが起きあがった。
「おはよう、ロイ。おはよう、カイ」
スカイは今度は口に出して、カイの背中に話しかけた。カイはちらりとこちらを振りかえる。その表情でスカイには分かった。カイにもグリフィダ語が通じている。
「ねえロイ、ロドガワ語でおはようって、カイに言ってやってよ」
スカイが頼むと、ロイは一瞬だけリクの方を見る。その顔には嫌悪感がありありと浮かんでいる。無理もないとスカイは思う。ロイは一度、リクに殺されかけたのだ。スカイは何か言おうか悩んだが、ロイはおとなしく通訳する。すると少し反応が遅れて、カイがロドガワ語で挨拶をかえした。
オリバーや護平も起きてきて、皆は朝食を囲んだ。カイ特製のでっかいおにぎりと味噌汁だ。前日の雑炊よりは美味しいと、ロイはおとなしく食べている。オリバーは得意のうんちくを語りながらもりもり食べていたし、スカイはいくつもおかわりした。
スカイは食事中、リクとカイをそれとなく観察した。二人はロドガワ語を話していて、スカイには意味不明だ。だが、二人がその間も護平を気遣い、礼儀正しくふるまっているのは分かった。ときどき他愛もないことを護平が話しかけ、それをロイが通訳して、スカイやオリバーがリアクションした。だが、スカイは心ここにあらずだった。カイとグリフィダ語で喋るチャンスを伺いつづけた。だが、それは巡ってこなかった。
同じ頃、母家樹の広間ではヤバネスズメバチの蜂人達が集結していた。広間は人間からこの木を奪取したとき、根元をくり抜いてつくった大空間で、群れにいる数百人の蜂人すべてが収まることができる。蜂人達は全員、複眼も八枚羽も中足もしまい、着ているものは紬や小紋などの着物で、先住の人間達と変わらない。皆はそわそわしながら、アーシュラの到着を待った。
アーシュラもまた人間の姿で現れた。一番上等な訪問着を装い、手元に書類を抱え、皆の前に立った。
「おはよう、皆さん」
「陛下、おはようございます」
全員が立ち上がって挨拶する。
「私達は今、危機に瀕しています」開口一番、アーシュラは厳しい表情を向ける。「毎日出産をしているのに、兵士が増えていきません。どういうことか、はっきり申しましょう。群れのなかに裏切り者がいます」
アーシュラの言葉に、下級下士官達はいっせいにザワついた。
「その者は、誰です」
一人が手を挙げ、質問をする。小さな隊の兵長だ。
「赤毛で赤い目。雄蜂だ。ですね、女王陛下」
答えたのは上級下士官のひとりだ。上層の者達はすでに共有事項だ。
「そのとおりです。彼以外に考えられません」
「雄蜂?」
皆はまたザワザワする。広間に集まっている者は皆、雌蜂だ。
「失礼ながら女王陛下。雄蜂ごときに何ができるというのでしょう」
「そうですね。はっきり言って、雄蜂はごくつぶしの、役立たずばかりです。かくいう私も、夫達はすべて食べてしまいましたし」
アーシュラがくすりと笑うので、広間にはどっと笑いが広がった。
「ですが、一族の繁栄には欠かせない存在でもあります。私の姪達にも、婿は必要ですからね。そういう意味でも、雄蜂を生かす理由はあるのです」
「その生かした雄蜂が一体、何をしたというのです」
今度は、隊長の一人が手を挙げる。
「私達を全滅させようとしています」
アーシュラの声が低くなり、顔から笑みが消えた。蜂人達はその様子に圧倒され、ザワつくのをやめた。
「私達、蜂人ならば、その者が雄蜂か雌蜂かは、すぐに分かりますね。でも、奴隷達には?」
奴隷というのは蜂のことだ。蜂人と違い、ただの大きい蜂なので、言葉も喋れないし、深く考えることもできない。逆らう意思もなく、素直に従うことしかできず、蜂人達は同じ胎から生まれてきたにも関わらず、奴隷と蔑んでいる。
「おそらく裏切り者は、思考力のない奴隷達を誘導して殺しています。この報告書にあるとおり、水難事故の多さは異常です」
アーシュラは報告書を手にとって掲げた。皆はそれを見つめてどよめく。
「この後、各隊ごとに所属隊員を全員、洗ってください。もしかしたら片方だけ赤目だったり、成長して赤目ではなくなったケースも考えられます。他の者が、赤目をかくまっているケースもあるでしょう。行動パターンも完全に把握すること。気になることは漏らさず報告してください」
アーシュラは、蜂人全員が羽ペンをとり、木板にメモをとるのを確認する。蜂人は文字の読み書きがきっちりできるほうがいい。集中力がつくし、思考力、洞察力もつく。伝達ミスも減らせる。この教育はアーシュラがゴライアク大陸に営巣したときから、ずっと継続してきたことだ。
「じゃあ、あとはよろしくね」
「はっ」
アーシュラは上級指揮官の一人にこの場を任せ、自分は自室へと戻った。
食事を済ませたスカイ達は、蛍蜂の巣探しに出発した。めざすはロドガワ族の住む森の東部から、やや南西に向かったところにある湧水池だ。同じくヤバネスズメバチの一個小隊も、同じ湧水池へと向かった。




