120.生き方
リクはすべての蜂を泉から引きあげきると、今度はその死骸を、素手で解体しはじめた。スカイは気味が悪くて、思わず目を伏せた。
「ああ、これ、人間の感覚だと、キモい作業だよな」
「いいよ」
それからしばらく、二人は黙々と作業に従事した。解体したそれらを、土に埋める作業だ。スカイは、近くを見渡して、たくさんの木の芽が生えているのに気づいた。蜂の死骸もヤミツバキがそうであるように、土に還り、ほかの植物の滋養となるんだろう。土を掘ったりかけたりするのを手伝った。
スカイはリクの横顔をちらりと見た。話には不快な内容が多いが、なぜ蜂人のリク達と人間の護平が共存しているのか、合点がいった。
「それで、脱走なんかして大丈夫だったの」
スカイは話の続きをうながす。
「ああ、大丈夫。蜂は毎日生まれる。どうせあいつら、いちいち誰がいるとかいないとか、管理しちゃいない」
「そうなんだ」
「ロドガワ村じゃ、護平様だけが俺らを蜂人だって知ってる。村のみんなは知らずに俺らをヒーロー扱いしてる。ときどき村の誰かが死ぬと、葬式をやって、そのあとこっそり、護平様がカイにその死体を食わせてくれる。もちろん、カイも人間だけ食べてるわけじゃねえ。ほかの動物も食べられる。ただ……」
「ただ?」
「ヤバネにとって人間が一番、美味いんだ。特に、血が。栄養価が高いから」
聞きたくもない、気味の悪い情報だ。それでも、スカイは平静を装って、相槌をうつ。
「きっと護平様は、俺に恩返しするつもりで、俺とカイを生かしてくれてる」
「だね」
「だから俺らはそれからずっと、護平様のために生きてる」
「うん」
「護平様が森を大切にするから、俺も大切にしてる。足腰の鍛錬はしてるし、剣術も磨いてる」
「うん」
「護平様と出会えて、よかった」
「うん」
気味悪かったはずのリクの赤い目が、なぜか美しいと思えた。そんなつもりはなかったのに、スカイの目には涙がじんわりあふれてくる。
「俺とカイは人間より強いし、人間よりは木とかハネコとかのことが、感覚的に分かる。ときどき巣に戻って、スパイみたいなこともちょくちょくやってる」
「スパイって?」
「さっき俺がスカイにやってみせたろ。蜂を一匹捕まえて、触覚つかんでさ。脳に伝令を送るんだ。人間がどこそこにいるから仲間とむかえ、って。俺はそこに罠を張って殺す。そうやって数が増えないようにしてる。あーあ」
急にリクは腕を伸ばした。
「どうしたの」
「蜂語で話すの久しぶりだ。すっきりしたけど、疲れた」
「蜂語じゃないよ。グリフィダ語だ」
スカイは怒って目をつり上げる。
「グリフィダ語って?」
「俺の国。グリフィダ王国の言葉だ」
スカイは涙をふいて、リクをまっすぐ見た。いつの間にかリクの羽や中足は引っ込んでいる。髪も瞳も真っ黒に戻り、少し晴れ晴れした顔をしている。それはどこからどう見ても、健全な少年そのものだ。
「なあ、おかしいか」
リクが脱力したまま問いかける。
「何が」
「蜂人なのに、人間と暮らしてて、蜂人を全滅させようとしてること」
「ううん、そんなことない。俺の兄貴、ルークもそうだったよ」
「そうなのか」
「うん。それに……」
俺もだよ、と言いたいような、言いたくないような。スカイにはまだ分からなかった。
森のなかには昼も夜もない。だが、母家樹のてっぺん近くに住まう女王、アーシュラやその側近達は、それ以上高い木がないから、昼と夜の区別ははっきりした生活をしている。夜になって巣内が静かになった頃、アーシュラは自分の部屋にこもり、産後の体を休めていた。
出産は毎日繰り返される。今は冬だからそこまでたくさんは産めない。それでも欠かさず産みつづけている。なのに、兵士が増えていかない。
原因は分かっている。大公にも報告済みの、裏切り者のせいだ。アーシュラは過去の記憶をたどった。赤毛で赤い目の個体は確かに産んだ。珍しいから覚えている。その赤目の世話係をやってた雄蜂が婿入りしてから、赤目が逃亡したとの報告があった。その直後だ。産んでも産んでもある一定のところで、子ども達の数が増えていかないのは。これまで何度も赤目を探させたが、見つからない。このまま野放しにしていては、群れの滅亡は明らかだ。新たな対策を練らなければ。
そのとき、側近の侍従長が部屋に入ってきた。
「女王陛下、失礼します」
「どうした」
侍従長は部隊長も部屋に入れ、状況を報告させる。アーシュラはみるみる顔色を変えた。
「侍従長。明日の朝一番で、兵を集めなさい」




