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全滅まであと何日  作者: taki
第7章〜ゴライアク大陸編〜
119/137

119.生い立ち

 森の南部、母家樹の下層にある、ヤバネスズメバチの寝所では、数万を超える蜂の兵士達が眠りについていた。そのかたわらにある別室で、ヘカトンケイルの赤ん坊を照明がわりにテーブルに座らせ、蜂人達が話しこんでいた。全員、蜂を統率する部隊長だ。

「女王陛下はこの頃、あまり出産なさらないのか」

「冬だし、夏ほどな。それでも、毎日出産なさっているぞ」

「では、なぜだろう」

「何がだ?」

「蜂人はそうでもないが、蜂の兵が増えていない」

 隊長の一人が眉間にシワを寄せると、ほかの隊長が中足を組み、神妙に頷く。

「ああ。そういえば水難事故が多いんだ」

「水難?」

「湧き水で溺れる奴が増えてる。どうも、伝達ミスのようだが」

「上には報告しておくか」

「そうだな」

 隊長達は羽ペンを取り、報告書を作成しはじめた。


 一方、森の東部では、スカイとリクが死んだ蜂を回収する作業にあたっていた。リクが罠に使ったのは樹液だ。それをひたした布を、泉の真上にある木の枝に吊るし、甘い匂いで蜂をおびきよせ、溺死させたのだ。何でもないふうに死体を水から引きあげるリクを、スカイはわなわな震えながら見つめた。


「ほら。手伝えよ」

 リクは水から蜂の死骸を引きずり出し、両手と中足を使い、地面へ軽々と放っていく。スカイは目を見張った。すごい力だ。体格からいって、一匹、三百キロはありそうだ。

「リクの親はどっちも蜂人なの?」

 そう聞きながら、スカイは特に大きい個体を引きあげようとする。が、重くてとても無理だ。

「親父は知らねえ。おふくろは女王蜂だ」

「えっ」

「俺も女だったら今頃、新女王になってたんだろな」

 リクがカカカと笑ってくるが、スカイは笑えない。蜂を引きあげられずにいると、リクが近づき、ぐっと持ちあげてくれた。

「お前、こんなのも持てねえのかよ」

「……持てるほうがおかしい」

 スカイがぼそりとつぶやく。ふと、リクの目から光が消えた。


「お前、生まれたときからきょうだいが殺しあうの、見たことあるか」

 リクの顔は暗く、声はいっそう低くなる。

「あ、あるわけないよ」

 スカイは気圧され、挙動不審になる。

「だろうな。人間、なんだもんな」

 リクはより力を込めて、蜂達をまとめて水から引きずり出す。力を込めすぎて、羽や足がちぎれる。

「俺はさ。生まれた瞬間のこと、覚えてる。同じ日に、俺とカイは卵から孵ったんだ。ほかのやつらも孵ってたけど、カイが全部食った」

「え……」

「蜂の本能なんだ。生まれたら近くの奴を食う。食わない奴もいるけど、そういうのは俺みたいに逃げ足が早い奴か、ほかの奴の餌になる奴なんだ」

 リクは蜂を水から引きあげて苦笑いするが、スカイはそれにはつられない。真面目な顔で、じっと見つめる。


「それで、どうして二人は一緒に生きてるの」

「ある程度成長すると、殺しあいはしなくなる。カイも俺を食おうとしなくなった。ときどき、世話係が俺らに生き餌を運んでくるから、違う味を覚える。興味が同族より、ほかに移っていくやつが増える」

「生き餌って──」

「サルやクマのときもあるけど……。だいたいは人間」

 リクは無表情で言う。

「俺は人間の肉より甘いもののほうが好きだから、生き餌が届いたとき、しばらく俺の部屋で飼うことにしたんだ。ビビッて泣いて、しょんべん漏らしてたけど」

「それ、どんな人?」

「じいさん」

 スカイは、リクの言い方に嫌悪感を覚えた。だけど悪気がないのも伝わってくる。なんとか怒りをしずめて、言葉を飲みこんだ。


「俺はじいさんを食う気はなかった。どうせ美味くないし。じいさんを部屋の奥に隠して、世話係が運んでくる樹液とか水を、分けてやったんだ。全然食べないから、無理やり食わせようとしたこともある。そしたらだんだん、俺が怖くないのが分かって、じいさんが話しかけてくるようになった。俺はそうやって、ロドガワ語を覚えた」

「そうなんだ」

「ヤバネっていうのはみんな、誰のことも信じない。にらみあって監視しあうっていうか。でも、俺とじいさんは違った。なんていうか……。ほっとできる感じで。人間社会の話も、そこで聞かされた」

「へえ……」

「だけど俺達は蜂人だ。上から命令がおりてくるから、それに従うしかない」

「上って?」

「組織の幹部だよ。トップはもちろん女王。その下に侍従長とか、軍の指揮官とかがいる。そういうのになれるのはみんな女の蜂人。男の蜂人とか、蜂は幹部になれない」

「そうなんだ」

「そしたらいつも俺の部屋に来てた世話係が、今度婿入りするって言い出してさ。男の蜂人は他の群れの女王のとこにいく未来があるんだって、そこで初めて知った。そいつと仲が良かったから、俺も嬉しかったんだ。きっと幸せになるんだろうって、心から思えて、送り出したんだ。なのに」

「うん……?」

 うつむくリクを、スカイは恐る恐る覗きこむ。リクはため息をつき、小さな蜂をまとめてつかみあげ、放り投げる。


「少し経ってから、その世話係が婿入り先で死んだって聞かされた。食い殺したのは相手の女王蜂だって」

 スカイは絶句した。

「ありえないだろ? でも、蜂人だとそれが普通なんだ。産卵前に栄養が必要だからって。俺はまっぴらごめんだ」

「うん……」

「だから、カイに話してみた。カイはよく食うけど、ほかの奴らより大人しいし、話せばわかる奴なのは分かってたから。そしたら、一緒にここから逃げ出そうって話になってさ。じいさんも連れて、夜中に脱走したんだ」

「それで、どうなったの」

「うまいこと、ロドガワ村にたどり着けた。でも──」

 リクは悲しみを目に浮かべた。それが複眼でも、その感情はスカイにも伝わってくる。


「村で、葬式をやってた。じいさんの奥さんの葬式だった。じいさんが泣いて駆けつけてってさ。わしがそばにいてやれなかったからばあさんは死んだって、抱きしめて泣いてた」

「どうして死……」

 言いかけて、スカイは口をつぐんだ。リクの瞳が、いっそう赤々と燃えている。

「蜂人に殺された」

 瞳の様子とは裏腹に、リクの口調は淡々としている。

「俺、泣いたことないんだ。でも、じいさんが泣く気持ちは分かった。いつも俺の部屋で、家族の顔を思い浮かべると心が安らぐ、ってよく言ってたから。俺とカイがそばで見てたら、村の人間が話しかけてきたんだ。君達がこの(かた)を連れ帰ってくれたのかって言って」

「うん」

「帰したとか、そういうつもりじゃない。もともとじいさんは俺の食糧だったんだ。俺が黙ってたら、じいさんがこう言ったんだ。この子達は神子だ。わしは神隠しにあっていたが、今、村に戻ってこれた。この神子達を迎えて、母家樹を取り戻そうって。そんなふうに俺とカイをかばってくれたから、村で暮らせることになった。そのじいさんが……」

 リクは言葉を切る。

「護平様なんだ」

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