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全滅まであと何日  作者: taki
第7章〜ゴライアク大陸編〜
118/137

118.神子

 スカイは草の上に手をついたまま、リクを見上げた。

 リクはスカイの前に膝をつき、向き合っている。最初は肩にあったリクの手が、下方に移動し、背中をなでてくる。さらに脇腹をなで、最後には口のなかをこじあけてきた。

 何を確認しているのかは、スカイにも分かった。蜂人かどうかだ。手が震える。唇が震える。スカイはのどがカラカラになって、気が動転しそうだ。目の前にいるリクは複眼だけでなく、背中に八枚の羽が生え、脇腹から中足も生えている。だが、スカイが怯えている理由はそれだけではない。自分がこの蜂人と、意思疎通できている事実に怯えているのだ。


「俺も蜂人だ」リクは単刀直入に言い、表情のない顔を向けてくる。「蜂人同士は体に触れば会話できる。蜂が触角同士をくっつけて話すようにな。他の奴に悟られないよう会話したいときにはこれのほうが便利だ。そんなことも知らなかったのか」

「俺は……」

 蜂人じゃない。そう言いたかった。だけど、言えるのだろうか。父はハートフォードの領民を殺して食っていた。ルークも。……そう。きっと、バイオレットも。


「リクはどうして、人間と一緒に暮らしてるんだよ」

 スカイは草を握りしめ、精一杯にらみつける。

「それはこっちのセリフだ」

 リクの言い草はそっけない。

「俺は人間だ。生まれてから、ずっと」スカイの胸が、ズキズキと痛んだ。「目だってお前みたいに蜂の目じゃない。羽だって。足だって……」

「お前は劣性種なんだろ。羽化もしてないし、毒針も生えてない。でも、普段は人間を食ってんだろ?」

「っざけんな」

 スカイは激昂した。唸り声をあげ、リクの着物の襟をつかみ、殴ろうとした。だが、リクの片手がスカイの拳をさえぎる。

「違うのか。なら、何を食ってる」

 リクははっきりとした声で尋ねる。今度は口を動かして話している。それもグリフィダ語だ。スカイは驚愕と動揺をないまぜにして、目を見開く。

「お前みたいな化け物には分からねえよ」

「へえ。どうしても人間だって思いたいんだな。人間なのに、口も動かさず、会話できてるのにな」


 ああ……。そうだ、なぜ俺はこんな奴と会話できる。知らない。だけど、俺は人間だ。スカイの目に、涙がたまってくる。リクの手のひらから拳を放し、肩をふるわせる。

「父は蜂人だ。でも母は人間だ。だから……。俺は……」

「へー、ハーフか。ならまあ、蜂人の血が薄いのかもな」

 リクはなるほどと頷く。

「お前こそ、どうして人間と暮らしてる」

 スカイは手で涙をぬぐう。

「蜂人とも暮らしてるよ」

 リクのその言葉に、スカイはサッと青ざめ、背後に見える護平の家を見やった。

「誰」

「カイ。あいつは俺のきょうだいだ」

 スカイは急いで護平の家に駆け戻ろうとした。だが、リクにがっちり腕をつかまれた。

「離せ!」

 スカイは叫んだ。

「大丈夫だよ。俺もカイも、生きてる人間は食べない」

「んなもん、信じられるか」

「信じろよ。だって護平様は、俺らの正体を知ってる」


 意味が分からない。どういうことだ。あの(おさ)も蜂人なのか。

「あのじいさん達は蜂人を恨んでいるのに、どうして蜂人なんかとつるんでるんだよ」

「そうか。お前のなかには『人間対蜂』しかないんだな」

「そうじゃなかったら何だっていうんだよ」

 スカイはムキになって、リクをにらむ。にらみながら、また涙がにじんでくる。リクは静かにスカイを見つめ、手招きをする。

「来いよ。仕事にいく」


 リクとスカイが森の奥へ入っていく頃、護平は囲炉裏に鉄鍋をおいて、調理を始めた。巨大樹の森でくんできた湧き水と、平原の民と物々交換した米、それに畑で採れた根菜をあわせ、煮立たせた。出来上がった雑炊を椀に入れ、ロイ達に供した。


「この白い粒々は何なの」

 ロイが木製のスプーンを椀に入れ、不思議がって尋ねると、護平は静かにほほ笑む。

「米だ。豊穣の神が我々に与えた、恵みだよ。野菜はネギと白菜を使ってる」

「ふうん」

 ロイは米というものがいまいち好きになれなかった。それよりもルビテナ村で腹一杯食べさせられた、ライ麦パンの方が遥かに美味いと思った。だけど、アイスノウの脂っぽい鮭や、ソラミエの大ネズミに比べたらなんぼかマシだった。

「美味い。俺らの国にも、この白菜に似たキャベツという野菜があるが、それよりもっと肉厚だな」

 ロイとは違って、オリバーは雑炊を気に入り、何杯もおかわりを要求する。ロイはスプーンを置いて、護平とオリバーの通訳に徹することにした。


「ここにいるカイとリクは、我が村の神子(みこ)だ」

 護平は隣のカイを一瞥した後、天井から吊るされた鉤棒ごしに、正面のオリバーを見る。

「神子というのは?」

 オリバーも見つめかえす。

「神に仕え、この地を守護する。人間を超える、特別な存在だ」

「神……。この地の神は何という神なんだ」

母家樹(ぼやじゅ)に鎮座する神、ヘカトンケイル神」

 護平は合掌する。

「守護とは、具体的には蜂や(ぞく)からこの地を防衛するって認識であってるか」

「ああ。そうだな。我々は戦わなければならない。先祖代々護ってきた母家樹を奪還するのだ。あのおぞましい虫に……人間が狩られていい理由などない」

 囲炉裏の炎に護平の顔は赤々と照らされる。その瞳は怒りの色を灯していたが、そのなかに何かを思いつめたような色をオリバーは見つける。それが分からず、黙って相槌をうつ。

「戦士なんだな。だから二人とも、剣を持ってる」

 オリバーはカイのかたわらに置かれた刀を指さすと、カイは緊張して頷く。

「カイとリクの武力は他の者の比ではないぞ。なあ、カイ」

 護平は豪快に笑う一方で、カイは笑わず、やけに生真面目に頭を下げるだけだ。オリバーは、カイのぎこちない態度が気になりながらも、あえて別の話題を振ることにする。

「なあ、カイ。俺らはヤミツバキの蜂蜜がほしい。花の咲いてる場所は分かったが、蜂の巣の場所が分からないんだ。教えてくれないか」


 その頃、スカイはリクについて、どんどん森の奥深くへ入っていった。真っ暗で何も見えないと思ったのに、リクは上手く野生のハネコを利用し、歩いている。 

「仕事って何だよ」

「どうせ信じられないだろうが、俺とカイはロドガワ族の神子だ」

「は?」

 スカイは険悪な調子で尋ねる。

「人間にはできない役目を仰せつかってる。たとえば──」

 そう言って、リクは茂みの前にしゃがみこんだ。その所作があまりに静かで美しく、スカイは思わず見入ってしまった。リクは茂みの隙間を、音も立てずに入っていく。スカイもそれに続く。

 ハネコが照らし出したその先の光景に、スカイは思わず息を飲んだ。およそ百匹のヤバネスズメバチが、泉のなかで溺死していた。

「なんなの、これ」

 スカイは呆然としながら尋ねる。

「駆除作業さ」

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