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全滅まであと何日  作者: taki
第7章〜ゴライアク大陸編〜
117/136

117.赤い瞳

 水を打ったように、その場は静まりかえった。

 スカイ達とロドガワ族の面々が見つめるなか、護平(ごへい)はゆっくりと歩き出した。その背後に、リクとカイがぴったり張りつき、随行(ずいこう)した。スカイは油断せず、その後を追った。

 護平はロイの前にたどり着き、両手のひらを広げた。ロイはジャッキーの火傷は回復したと見計らって、イーヨを弾くのをやめ、護平を見つめた。両手のひらを見せてくることがどんな意味か、戦闘訓練をしていないロイでも分かった。「戦意なし」だ。だが、隣に立つオリバーはナイフを突き出し、ロイの前に立ちふさがった。スカイも護平達の後ろから弓矢を構えていた。

「スカイ、オリバー、大丈夫だ。この人達、何もしない」

 ロイが唾を飲みこみ、自分に言い聞かせながら言った。


 ロイの言葉は、スカイには信じられなかった。今のところ、どの者にも複眼も、八枚羽も中足もない。グリフィダ語を喋る様子もない。だが、それが蜂人でない証拠にならない。それに、自分達を殺そうとした蛮族なのは確かだ。変わらず、弓矢を護平の後頭部に向けつづけ、どうすればいいのか必死で考える。

 自分やオリバーの身も危ないが、この場で一番危ないのは丸腰のロイだ。だが、この状況を打開できるのもまた、マルチリンガルなロイだけだ。スカイは脇の下に汗が流れるのを感じながら、ロイの方をまっすぐと見る。青い瞳と目が合った。


「ロイ。俺とオリバーが弓とナイフを突きつけとくから。そのじいさんと話せ」

 スカイは弓を握る手にますます力を込め、護平の頭に矢尻を近づける。汗で手がすべりかけた。

「うん、分かった」

 ロイは勇気がある。以前は弱虫で、自分よりずっとガキ臭かったのに、いつしか豪胆な少年に成長した。スカイはひそかに尊敬する。

 ロイは落ち着きはらって、護平の肘にそっと手を当てた。護平は意外な顔をしたが、振りはらおうとはしなかった。

「僕の言葉が分かる?」

 ロイが話しかけると、護平は目を丸くした。


 その後は、ロイと護平が少しやりとりした。皆は固唾を飲んで、それを見守った。それから護平の鶴の一声で、一族の者は散っていった。護平とリク、カイ、スカイ、ロイ、オリバー、それに木の子も一緒に、一軒の木造家屋へと入った。


 その家屋は他の家屋より一回り大きく、立派だった。護平の住まいだ。一同は土間を通り、畳が敷かれた部屋に上がりこんだ。部屋の中央にある囲炉裏(いろり)を囲み、カイが土瓶でお湯を沸かした。カイが筒から取り出した茶葉に、スカイは既視感があった。だが、湯呑みに入れて出てきた緑茶はスピリトーゴ男爵やハートフォード領の宿で飲んだものと違い、もっとすっきりした味で、苦味が強かった。


 護平が湯呑みを置き、先に話を切り出した。ロドガワ族が御神体(ごしんたい)として、大切にしている母家樹(ぼやじゅ)をヤバネスズメバチに襲撃され、乗っ取られてしまったこと。集落を破壊され、多くの仲間を食い殺されてしまったことなどだ。一方のスカイ達も、これまでの旅の経緯を話した。大陸を渡り蜂蜜を集めていること、それを使って七薬をつくろうとしていることなどだ。


「君達を蜂人と誤解し、あの鳥を痛めつけたことは後悔している。悪かった」

 護平が頭を下げた。少し遅れてリクやカイもそれにならう。ロイが通訳すると、スカイはまだ怒りが収まらなかったが、オリバーに肩を抱かれ、黙って頷くことにする。

「ときに、その楽器、イーヨと言ったな。ヘカトンケイルマツでできている。どうやって手に入れた」

 護平の口調が急に尋問調になり、ロイは目が点になる。

「どうして答えない。先日もマツを伐採しようとする狼藉(ろうぜき)が現れてな。このリクが始末したんだ。もっとも、リクは蜂人と勘違いしたようだが」

「すみません」

リクは悔しさをこらえ、護平に謝る。

「ああ……、そうそう、ヘガトブマツ。それだよ」ロイは名前を間違っているのに気づかず、嬉しくなって早口になる。「サンパス族って知ってる? ソラミエ大陸にいるんだけど」

「知らん。だが、ヘカトンケイルの種が海を超えて飛来したという説は昔からある。なるほどな。他地域(よそ)にあっても不思議はないか」

 護平の口調が和らいだので、ロイも少しだけ笑みを浮かべる。

「ふうん。よく分かんないけど最高級の素材だって言ってた。奏者の思いをより正確に具現化する、って」

 護平はそうなのかと頷く。ロイは軽く弦に触れ、音階を弾いてみせた。


「クデボウもヘカトンケイルマツだ」

 護平が木の子の樹皮を撫でながら言うと、ロイははたと目を見開く。

「クデボウって木の子のこと? へー、そうだったんだ?」

「ああ。だから、その楽器の音色に安心するんだろう」

「へえ、そうなんだ」

 ロイは改めて木の子を見る。木の子が幹の穴を伸び縮みさせている姿は、口を動かして懸命にしゃべる幼な子のようで、とても可愛い。スカイもそれを見ていると、リクがロイの腕に触れ、話しかけてくる。

「ねえ、スカイ。木の子の幹の穴に手を入れてみろ、だってさ」

 ロイがリクの言葉を通訳したので、スカイはおそるおそる、穴のなかに手を入れた。その穴は森で歩いているとき、強烈な太陽光を発していたので、すごく熱いんじゃないかと怖かったが、そんなことはなかった。リクもそこに手を入れてきた。そこでリクは皆に見えないよう、密かにスカイの指を握った。さらに、ロドガワ語で何かを語りかけてきた。


 スカイはビクッと体を震わせた。全身の毛穴が開き、汗が噴きでるのを感じる。心拍数が上がり、呼吸が荒くなった。懸命にこらえながら、リクの手を凝視する。視界の隅で、リクとカイの視線を強烈に感じたが、とても目を向けられそうにない。強く、唇を噛んだ。

「ねえ、そうすると何があるの」

 スカイの異変に気づかず、興味を惹かれたロイも穴に手を差し込んでくる。

「木の子の言葉が分かるとかか」

 オリバーも面白がって手を入れてくる。だが、ロイにもオリバーにも、何も聞こえなかった。

「なーんだ。君には聞こえるの?」

 ロイがリクに尋ねると、リクは知らん顔をして穴から手を引っこめ、すっと立ち上がる。スカイも手を引っこめた。


「囲炉裏の炭が足りないようです。その射手の少年にも、手伝ってもらっていいですか」

「構わん。よろしく頼む」

 護平が承知すると、リクはスカイを連れ、護平の家を出た。


 集落を少し離れ、森のなかをリクは歩いた。スカイも黙ってその背中を追った。リクが小枝を拾い始めたので、スカイもそれを手伝った。リクはそんなスカイを見ながら、ふいに肩に触れてきた。

「お前、蜂人なんだろ」

 リクは唇を動かさず、スカイに語りかけてくる。スカイは過呼吸になり、その場で尻餅をつく。分かる。ロイがいないのに、リクの言葉が分かる。それも、自分の脳に直接語りかけてくる。

「君は何者なの」

 スカイも唇を動かさず、震えながら問いかえす。どうしてなのか分からないが、そうすることができた。いや、言葉で説明したくないだけで、本能では理解できた。リクの黒い瞳が、徐々に薄く明るく、色変わりしてゆく。やがて、燃えるような赤い複眼になった。

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