116.ジャッキー救出
巨大樹の森の南部には、樹高千メートルを超すヘカトンケイルマツがある。世界最大の樹木で、現地のロドガワ族には「母家樹」と呼ばれ、崇められている。幹の直径だけでも百メートルを超え、その猛々しさは他に類を見ない。その木に無数の穴を開けて暮らしているのが、ヤバネスズメバチの群れだ。
「煙があがっているな」
女王蜂のアーシュラは、側近の脇から顔を出し、一番高い穴から眼下を見下ろす。煙があがっているのは東の方角だ。蜂も蜂人も、煙が大の苦手だ。さいわい、規模は小さいようだ。
「人間どもがまた何か、企んでいるようですね。ここを我々が占領したことがよほど気に食わないのでしょう」
側近が軽く笑うが、アーシュラはそれに乗らなかった。
「念のため、偵察兵に近くまで行かせろ」
「はっ」
同じ頃、スカイ達を乗せた木の子は、根っこを器用に動かしながら、地面を駆けていた。
スカイは鼻をひくつかせる。東へ向かうほどに匂いが強まっていく。煙の匂い。何かが焼ける匂いだ。火事か。それとも別の何かか。煙とジャッキーの鳴き声がセットだなんて、いやでも焦燥感に駆られる。
「もっと早く! 火事かも」
スカイは足元の木の子に向かって叫ぶ。
「これ以上スピード上げたら、振りおとされちゃうよ!」
ロイが横から言い返すが、スカイは耳を貸さない。それどころか木の子の枝をぎゅっと引っ張り、猛烈に急かした。ふと、木の子の照らすなかにキラキラした何かが現れた。泉だ。
「オリバー!」
スカイが何か言う前に、オリバーは先に飛び降りた。
ジャッキーの尾羽はほぼ燃え尽きた。じわじわと飛び火し、翼やお尻も燃えていく。ジャッキーの悲痛の叫びは鋭さを増す。ロドガワ族の男達は誰一人同情を示すことなく、ある者は呆れた様子であくびし、ある者は焼いて食ってしまえばいいのにと考えていた。
「焼き鳥にしたら美味いかもしれないな」
男の一人がロープを見上げ、鼻で笑う。ほかの男達もしきりに頷く。
「いや、本当に食うなら蒸し焼きの方が──」
男達はいきなり視界を奪われた。それどころか大量の放水に遭い、強烈な衝撃波でふっとばされ、近くの民家や樹木へ次々に激突した。男達は激しいショックで骨折したり、そのまま気絶した。リクとカイは反射的に護平をかつぎ、近くの低木に飛び移って逃げた。燃えさかる炎は一気に消火し、白煙がぶすぶすと上がった。
一体何が起きたのか。一族の大半が理解できない。だが、リクだけはすぐさま理解する。護平をカイに任せ、自分は腰を低く落とし、臨戦体勢をとり直す。
「ラコロシュテ・プロロクテ・ピカ。レクシア」
異国の言葉とともに、一本の矢が飛んできた。その矢はロープを貫いた。
「ジャッキー!」
ロープが切れ、落下したジャッキーのもとへ、弓を持ったスカイが素早く駆けつけた。さらに、ヌマグチから水をドボドボこぼしながら、オリバーとロイ、木の子も続き、スカイの隣に立った。
木の子の姿を見たリクは一瞬ひるんだが、すぐに威厳を取り戻した。
「動くな。おい、クデボウ、こっちこい」
リクは低木から、スカイと木の子に向かって叫ぶ。クデボウと呼ばれた木の子は、どうしたらいいか分からず、頭の葉っぱをガサガサしているだけだ。
「何だあいつ。木の子と知り合いか?」
ロイは思わず木の子を見つめる。木の子は枝先を手のようにして、幹をごりごり掻く。
スカイはロドガワ語が分からなくとも、相手が啖呵を切っているのは伝わってきた。リクの持っている剣には見覚えがある。夢うつつで見た、ロイを殺そうとしていた剣だ。間違いない。闇の中、命のやり取りをした相手だ。スカイと同じ黒髪で黒い瞳の少年だが、異民族なので顔つきは違う。スカイは弓を降ろさず、照準をリクに合わせる。
「お前、蜂人だろ」
リクはなおも問いかける。何を言われているか理解不能なスカイは額に青筋を立て、弓を握る手に力を込める。
「この野蛮人め。よくもジャッキーを」
スカイはグリフィダ語でやりかえした。
一方、ロイはジャッキーの様子をうかがった。尾羽は黒く焼き焦げて抜け落ち、皮膚がめくれている。重度の火傷だ。その痛みに耐えかねて、ピルピルと弱々しく鳴いている。いつ果てるかもしれない命だ。今やらなければ。緊迫したやり取りを気にしながらも、ロイはおもむろにイーヨを構え、蓬莱を弾きはじめた。オリバーがそれとなくロイの前に立ち、ナイフを手に取った。
「おお、あれは……」
護平はロイのイーヨを見て驚嘆した。だが、リクは激昂して、ロイに手裏剣を投げようとした。十字型の鋭利な飛び道具だ。だが、背中の傷がうずき、上半身がぐらついた。スカイはその隙を見逃さず、矢を放った。硬い衝撃音がして、リクは手から手裏剣を取り落とし、低木から落下した。スカイはリクに向かって、素早く駆けだした。
「やめて! リクを殺さないで!」
カイも低木から飛び降り、倒れているリクの前に立ちはだかった。リクと同じく、刀を手に取り、切先をスカイのほうに向ける。
「どけ。お前も殺すぞ」
スカイが走りながら近づき、グリフィダ語で牽制する。
「やめんか、お前ら」
護平がスカイとリクの間に割って入った。ひよわそうな老人の乱入に、スカイは思わず立ち止まる。カイも急いで刀を引っ込めた。
「見ろ。鳥が回復していく」
護平はロイとジャッキーがいるほうを指さす。ロイは緊迫した空気のなか、勇気を出して演奏を続けていた。皆が見つめているなか、ジャッキーの焼けただれた皮膚が治癒し、黒焦げした羽も徐々に白い色へと戻っていった。
護平はさらに、周りの変化にも気づく。強烈な放水を浴び、気絶していた男達が意識を取り戻しはじめた。
護平には意味が分からなかった。金髪の少年が何かの楽器を弾いているのは分かるが、見たこともない楽器だ。だが、その材質は分かる。ヘカトンケイルマツだ。その証拠に、ヘカトンケイルマツの子ども、クデボウがあんなに少年に懐いているではないか。
「クデボウ。こっちに来なさい」
護平が木の子に向かって手を振り、呼びかけた。その護平に向かって、オリバーはナイフを向け、ロイを守ろうと構える。木の子はロイの隣に立ち、まるで幼子がイヤイヤをするように、幹を左右に振る。
意識を取り戻した男達は、動揺しながらもクワやスキを手に取り、ロイやオリバー、さらにはカイと一線交えそうなスカイのことも取り囲み、警戒を始める。
「皆の者。武器を下ろしなさい」護平がよく通る声で言い放った。「この者達は蜂人ではない」




