115.ヤミツバキ
時は数時間前にさかのぼる。
夜が明けた。森の東部、少し開けた草地には、先住の民・ロドガワ族の集落がある。そこで一族の者達は、捕まえたジャッキーを地面に押さえつけ、ロープで縛りあげていた。ジャッキーは胴体だけでなく、嘴も縛りあげられ、叫ぶこともできなかった。一族の長、護平はジャッキーを一瞥したあと、リクを見下ろした。
「まったく、何をやっとるんだ」
護平はリクを手当てしながら、しかめっ面をむける。
「……すみません」
「お前とカイには大切な役目がある。森とともに生き、森を加護する役目がな。それを忘れたか」
忘れたわけではない。だからこそ、リクは侵入者を放っておけなかった。あの、妙な楽器で木の心を操る金髪も危ないが、黒髪のほうはさらに危険だ。リクは黙って歯ぎしりをする。そんなリクを、護平はやれやれと見やる。
「クデボウはどうした」
「帰ってきてません」
今度は、カイが代わりに答える。
「あいつのことはお前に任せたというのに」
「……申し訳ありません」
謝るのはリクの方だ。
「で? この怪鳥は何だ」
護平はじろりとジャッキーを見る。
「はい。侵入者が乗っていた鳥です。こいつを囮にすれば、おびき寄せられるかと」
リクの顔から申し訳なさが消え、憎しみの色が宿る。
「侵入者。……蜂人か」
「はい」
リクは護平をまっすぐ見つめる。
「間違いないか。お前はこの間も、無関係の人間を殺めてしまったのお」
「今度こそ、間違いありません」
「この頃の蜂人は鳥使いになったとでも? 蜂人である根拠は」
護平は目をギラつかせる。
「匂いです」
「ふん……。神子だけにしか分からぬ、嗅覚というやつか」
「はい」
「よかろう。では、奴らの訪問を待つとしよう。今日こそ『母家樹』を奪還するぞ」
だが、待てど暮らせどスカイ達は来なかった。護平はしびれを切らし、一族の者達に命じた。
「その鳥のくちばしの部分だけ、ロープを解け。火炙りにしよう。殺すなよ。煙を上げて、鳴き声を聞かせろ」
一方、スカイ達はヤミツバキの木々を囲んでいた。ヤミツバキは葉の色こそ緑色だが、花びらは黒く、闇に溶け込んで見つけづらい。だが、木の子やほかの木達が浴びせる太陽光のおかげで、スカイ達にも認識できた。
「木の子達がヤミツバキを育ててるんだね」
「ああ。しかも、持ちつ持たれつの関係みたいだぜ」
オリバーが、近くで枯れたヤミツバキの木を見つけて言う。その木は倒れ朽ちはて、土に還ろうとしている。養分を含んだ土からは、木の子よりもずっと小さい、木の赤ちゃんが芽吹いている。
「こうやって命が循環しているんだね」
スカイは感心して、手指を前に突きだした。そこへ、二、三匹のミツバチが舞いとんだ。このツバキの花蜜を吸いにきたミツバチは黒っぽくて、とてもゆったりと飛ぶ。それに、お尻が光っているのが、見てて可愛い。
「蛍蜂という蜂だ。蜂もハネコと同じく、この環境に適応しているんだ」
オリバーが解説したときだ。ふいに、木の子が幹をまっすぐ伸ばし、葉をバサバサさせた。ほかの木も同様に緊張している。ミケールも低い声で唸りだした。
「何だ?」
「ねえ、何か変な匂いがしない?」
スカイは鼻をすんすんいわせる。何かがいぶされたような匂いに、スカイは顔をしかめた。突然、ロイが耳をぴくりと動かした。
「……ジャッキーの声がする」
「え!?」
スカイは驚いてロイを見つめる。
「ほら。聞こえるじゃん。あっちの方から」
ロイは遠くを指さした。あたりには暗闇が広がるばかりで、スカイには分からない。だけど、変な匂いと同じ方向だ。オリバーがヌマグチに手を突っこみ、方位磁針を素早く取り出し、ロイが指す方角を確認する。東の方向だ。スカイはとっさに木の子を捕まえた。
「ねえ。俺らを連れてって!」
スカイはそう言ってから、ヌマグチをオリバーからひったくった。それからなかをゴソゴソ漁ると、一本の羽を取り出した。銀白色に輝くそれは、ジャッキーの羽だ。それを木の子の前に突きつける。
「頼むよ!」
スカイ達が木の子に乗りこんだ頃だった。ロドガワ族の男達が総出で、木の枝にジャッキーをロープで吊るし、その下で焚き火を始めた。
護平の指示通り、枝の数を少なめにして、あまり火柱が立たないようにしてある。だが、ジャッキーの尾羽の先端が黒焦げし、悲鳴を上げるには十分な熱さにはなっている。
「早く来い。丸焦げの、焼き鳥になっちまうぞえ」
護平は暴れてもがくジャッキーを見上げ、残酷な笑みを浮かべる。その横でリクとカイは刀を構え、臨戦体勢をとった。
「来い」リクはつぶやいた。「蜂人は、殲滅してやる」




