113.歩く森
巨大樹の森の東部を、一人の子どもが駆けていた。
「リク! どこ!」
呼びかけても、返事はない。リクはどこへ行ったのか。その時、近くの茂みがガサガサいった。
「リク! どうしたの、ケガしたの?」
「ああ……。カイ。悪い、しくじった。奴らがきてる……」
リクと呼ばれた子どもは木にもたれかかってしゃがみ込み、息を荒げる。カイはリクの着ている着物を脱がした。
「森が騒がしいから気づいたよ。それより何だよ、勝手にいなくなって。その足は?」
リクの背中には矢が刺さり、おびただしい出血がある。カイが矢をひっつかみ、ぐっと引き抜くと、リクはうめいた。カイは自分の着物の裾を破り、それでリクの胴体に巻いていく。
「まったく、また怒られるよ。神子のくせに」
「神子だからこそだろ」
「ほら、つかまって。少し我慢して。護平様のところにいこう」
カイがリクの肩を担ぎ、抱き起こした。
一方、スカイ達は森の西部をさまよい、野営地に戻ろうとしていた。ロイが松明を持ち、ケガしたスカイをオリバーがおぶって歩いた。
「まだか」
オリバーは汗を流し、ロイに尋ねる。ロイはきょろきょろ見回し、首を傾げる。
「うーん。迷ったっぽい」
「何だって?」
「だって仕方ないじゃん。オリバー、分かんの? こんな真っ暗なのに」
ロイが逆ギレしたので、オリバーはゆっくりとスカイを地面におろし、一息ついた。
「ごめん、ありがと、オリバー」
「いいよ」
オリバーは額の汗をぬぐい、ヌマグチを開ける。そこから方位磁針を取り出し、進路を確認する。
「もっと西北西の方角に行かないと」
「うん」
スカイはヌマグチに手を伸ばし、水の入った皮袋をオリバーに手渡す。それから、拾った金属片を手に取り、まじまじ見つめる。
あいつが投げてきた武器だ。触ると硬くて冷たい。手のひらに収まるサイズで、十字型をしていて、四方の先端が尖っている。スカイは自分の頬にできた傷をなで、武器をグッと握りしめる。
「それ、何?」
ロイが身を乗り出して武器を見つめる。
「何だろう、とにかく武器だ。これで俺を殺そうとした」
スカイは武器を投げるふりしてから、ロイの手に持たせる。
「げー、何だこれ。刃がついてんじゃん。あの野郎、ガキだったよな」
「ん。俺らとおんなじくらい」
「見つけたら、ぶっ殺してやろう」
ロイは鼻息を荒くする。
「でも危ない奴だ。バカみたいに足が速いし、蜂人かも。俺も今、ケガしてるし、油断しないほうが──」
そこまで言って、スカイは思わず口をつぐんだ。視界の隅で、何かが動いたのだ。オリバーが皮袋の水を飲み干し、こちらを見てくる。
「スカイ?」
「嘘だろ……」
「何が?」
二人は同時にスカイを見てくる。
「木が……。木が、動いてる」
松明の明かりに照らされた近くの木を、スカイは指差した。オリバーはメガネを掛け直し、あたりを見回す。すぐそばの木はじっとしているようだが、よく見ると幹を少しねじらせている。まるで人間が腰をひねっている動作のようだ。少し離れたところにある木は小刻みに根を動かして、地面を這っている。
「あ、やっぱりそうなんだ! さっきもいたんだよ! 僕に触ってきた奴がさあ! 見ろよ、あいつ!」
ロイはスキップしている木を見つけて指をさす。
「そんなの図鑑には情報がなかったぞ。初耳だ」
オリバーは冷静に木々の動きを観察する。
「木が動くんじゃ、どうしようもない。森ごと動いてるんでしょ? 抜け出せないよ」
スカイは急に怖くなって震える。すると、近くでミケールが鳴きだした。
「何、ミケール」
スカイとは対照的に、ロイは落ち着いていて、ミケールの前足を軽くつまむ。
「へえ……。そうなんだ。分かった」オリバーは不思議に思い、ロイとミケールを交互に見る。「ミケールは何て?」
「仲間の目が目印になるから、それをたどれば森から出られるって」ロイはミケールを撫でながら頷く。「眩しいから、松明は消してくれって」
「仲間? いるのか? 猫の?」
オリバーには意味が分からない。
「……いるよ。すごく、たくさん」
スカイは気配で分かった。いつの間にか、近くの暗がりにかなりの数のハネコが集まっている。ちょっと不気味なのは皆、まったく鳴かず、空中で停止していることだ。
「消すよ」
ロイが松明を落として踏みつけ、火を消した。その瞬間、闇のなかに色とりどりの光が瞬いた。光は大小さまざまだ。それも、ミケールのような緑だけでなく、明るい黄色や暖かなオレンジ色、少し暗めの水色や紫色など彩り豊かで、鮮やかな光が対になり、浮かんでいる。
「あれはエメラルド。そっちのはダイヤモンドで。むこうのはアメジストみたいだ」
ロイは知ってる宝石の名前を連呼する。
「すごいね。星空みたいだ」
スカイは急に怖さがなくなった。幻想的な光景を三人は純粋に喜び、ハネコ達の瞳を追いかけ、煌めく世界を行進した。
ようやく、三人は森を抜け、元の野営地に戻った。すでに太陽は昇り、外は明るくなっている。幻想世界の余韻にひたっていたスカイは、辺りを見てぎょっとした。ミケールと変わらないサイズのハネコもいれば、馬くらいのものもいた。ミケールが鳴くと、ハネコ達は、森のなかへ帰っていった。
「ヤミツバキを探さないとだが、とにかく、ひと休みしよう。起きたら計画を立てよう」
オリバーはそう言うと眠気に耐えきれず、すぐに毛布にくるまった。
「スカイ、足、見せてみろよ」
ロイもくたくただったが、イーヨを取り出す。
「うん、頼むよ」
スカイが腫れている足を草の上で投げ出したので、ロイは「蓬莱」を演奏し始めた。
ロイが弾きながら見ていると、スカイの足の腫れは徐々に引いていった。当のスカイは蓬莱が大好きなので、心地よく、今すぐにでも寝てしまいそうだった。うとうとしながら目を閉じ、その美しい音色に耳を澄ませる。
だが、眠れなかった。暗闇での射撃技、「スコティーボ」をやったせいもある。近くに何かの気配を感じる。見なくても分かる。「それ」は自分達を見ている。殺気はない。スカイは目を開けた。
「それ」は木だった。ロイの隣に、まるで子どものようにちょこんと座り、子どものようにふんふんと頷いている。頷きながら、リズムをとっているのだ。さらに、ロイも動揺することもなく、慣れた感じで木に笑いかけながら弾いている。
「ねえ…」
スカイは思わず声をかける。ロイは弾くのをやめず、スカイの方を見る。
「そいつ、誰」
「んー。なんていうか、うん。僕のファンだ」
ロイは困りながら笑い、木を見ながら弾きつづけた。




