111.巨大樹の森
翌朝、スカイ達は宿を出て、ジャッキーに乗って飛び立った。
「ここから南東に向かって、ラナ王国に入る。この王国は国土の九十八パーセントが森林地帯だ」
「ジャングルってこと?」
ロイが振りむき、オリバーに質問する。
「ああ。ただジャングリラみたいな熱帯じゃない。世界最大の温帯雨林であると同時に、世界一樹木の品種が多いと言われている」
「それで、肝心のヤミツバキはどこにあるの」
今度はスカイが質問する。
「巨大樹の森のなかに生えてるらしい。世界でも珍しい、日光の届かないところに自生する植物なんだ」
「それの蜂蜜ってなんか、まずそうだな」
ロイが顔をしかめて言うと、スカイが笑う。
「うん。最強にまずそう」
一行は数日かけて、ラナ王国へ到達した。すでにスギやヒノキで構成される、広大な森が広がっていたが、スカイ達は「それ」を見た瞬間、ほかの森がすべて平地に見えてしまった。それくらい、平均樹高五百メートルの巨大樹の森は、圧巻だった。
「すっげー……」
ジャッキーから降り立ち、スカイ達はその天にも届きそうな巨木群に目を見張った。それに、何とも言えない爽やかな香りがする。木の一本一本が、清涼な香りを発しているのだ。
「どうしてここだけ、こんなにデカい木が育つんだ?」
ロイが不思議に思って大木の幹に抱きつき、その周りをオリバーがじろじろ観察する。
「さあ。土がいいからとか、水がいいからって話だけどな。今日はここで野宿しよう」
スカイが狩りに出かけた。ジャッキーとミケールも、面白がってついていった。オリバーが草の上に座って調理の準備を始めたので、ロイも隣に座り、新しいイーヨを手に取った。
「なあ、三代目イーヨ、今までと響きが違うんだ。聞いてくれよ」
「ああ」
オリバーはロイの方を見向きもせず、火打石を手に、懸命に火を起こそうとする。
「これ、ルビテナメープルと違うんだぜ」
「ふーん」
「ヘガトブマツ? ヘガデルマツ? 何だったかな」
「ふーん」
「サンパス族からもらってきた木材で、楽器屋につくってもらったんだ。こんな貴重な木材はなかなかお目にかかれないって興奮しててさ」
「ふーん」
オリバーがふーんしか言わないので、ロイは頭にきて立ちあがった。どうせ、時計技師みたいな職人風情には芸術のゲの字も理解できやしない。ロイはむっつりしたまま、大木の根っこの上に腰かけ、イーヨを弾きはじめた。前のイーヨも明るい陽気な音でよかったが、新しいイーヨは、音の密度が高く、深い音を出す。ロイは目を閉じた。音にだけ集中して弾くことに、無上の喜びを感じていた。
ふいに、爽やかな香りが鼻をついた。何かの気配を感じて、ロイは目を開けた。そこで、顎がはずれかけた。目の前に「木」がいる。そう、確かに木だ。それもここにある大木と違う。顔もないし、目も口も鼻もない。だが、自分とそう身長も変わらない木が、そこに立っているのだ。生えているんじゃない。そう、それは立っている。木は、まるで枝を腕のように組み、根っこを足のようにリズムをとり、イーヨのメロディーに合わせて葉を揺らしている。あろうことか、枝をスルスル伸ばし、ロイの肩に触れた。
「えっ、ちょっ、おい」
ロイは枝を振りはらい、イーヨを取り落としそうになり、慌てて掴みなおした。すると、その木はまるで考えごとをするかのように、体をくねらせてから、さっと森の奥へ駆けていってしまった。
ロイが魂を抜かれたような顔をして戻ってきたので、煮炊きしていたスカイとオリバーは爆笑した。
「おい、どうしたロイ。幽霊でも見たか」
オリバーが鍋をかき回しながら尋ねる。
「え? ああ、み、見てないよ、幽霊は」
挙動不審になったロイは、不自然に半笑いする。
「何なら見たんだよ」
スカイがさらにつっこむ。
「えーと……。妖精? 妖怪?」
「バカ言ってないで食おうぜ」
オリバーが涙をぬぐって、煮込み料理をロイに差し出した。
その夜、焚き火を囲みながら、スカイとオリバーはすぐ寝入った。なのに、ロイだけはなかなか寝つけなかった。どうしてもあのヘンテコな木が忘れられなかった。そばにいるミケールの尻尾をぎゅっとつかむと、ミケールが怒って嚙みつき、ジャッキーの方に行ってしまった。
木が自分に触れたとき、ロイはその木の意識を感じた。相手が人や動物なら言葉が分かるが、今度は植物だ。分かるはずもない。だけど、感情は伝わってきた。それはポジティブな感情であり、明らかにイーヨを聴いて喜んでいた。
ロイは仰向けになった。真上に青白い月が浮かんでいるのが見えた。
あの木は何なのか。この森の主? あんまり威厳はなかったけど? 怖くはなかった。ただ、謎すぎる。自分が手を振り払ったとき、少し寂しそうにも見えた。
「もっとイーヨ、聴かせてあげりゃよかったな……」
そのときだった。ロイの喉元に、銀色の刃が突きつけられた。




