110.キウシウ共和国
スカイは階段を降りた先にある、小さな空間に辿り着いた。そこには以前、石が積まれていたが、皆でどけたので今は何もない。ドキドキしながら、ドアを開けた。
この部屋は領主のナッシュビルが言っていた、「控えの間」だ。ハッカ油の残り香が漂っていて、スカイは燭台であたりを照らしてみる。四面に壁画が描かれているのと、入ってきたドアがあるだけの、何もない空間だ。もちろん、誰もいない。この先にもさらに部屋があるとか言っていたが、どうやって入るのか。
スカイは漠然と、壁画をそれぞれ見上げた。壁画は四つとも同じ、ルビテナ村の風景が描かれているが、配色が違う。それぞれ四季を表しているようだ。スカイはそれぞれの壁に耳をあててみた。さっきの音は、どこから聞こえてきたのだろうか。だが、どこに耳をあてても、あの音が聞こえてくることはなかった。
「まあ、いっか」
スカイはきびすを返し、上階へ戻った。そこで、ナッシュビルを見つけた。
「ねえ、さっき地下から物音がしたんだ」
「地下から?」
「うん。『控えの間』を見てきたけど、何もいなかった。俺らがいない間、ヤバネが襲ってきたことはない?」
「不審者の目撃情報はあるが、あのデカ蜂ではない」
「不審者ってのが蜂人だったりしない?」
「それは分からん。だが、護衛を強化しといたほうがいいな」
ナッシュビルがどうしたものかと腕を組むので、スカイは持っていたヌマグチから、大きな壺を取り出した。
「なんだ、これは?」
「前にもスペンサーさんが使ってた。ジャングリラ大陸から持ってきた、コクジョウムカデの神経毒だよ。これをこの、竹筒に注入して使うんだ」
スカイはナッシュビルに、毒噴射器の使い方を丁寧に教えた。
翌朝、ロイが楽器屋にイーヨを新たに制作してもらうというので、スカイも一緒についていった。楽器屋は、ガルシアの家の隣に小さな家を建て、さらにアトリエを設けていた。楽器をつくる以外にも、家具づくりに従事しているとのことだった。
「また壊しちゃって、ごめん」
ロイが謝ると、楽器屋は壊れたイーヨを優しく撫で、温かい笑顔を返す。
「いいってことよ。ロイ達には最前線で戦ってもらってる。こいつも一緒に戦えて本望さ」
「うん……」
「こいつもこのまま捨てるのはもったいない。何かに再利用してやろう」
「本当? ありがとう」ロイは顔を輝かせる。「ねえ、それでね。僕達、ソラミエ大陸でイーヨをもってる民族に会ったんだ。サンパス族っていって……」
楽器の話はちんぷんかんぷんなので、スカイだけアトリエを出て、隣のガルシア宅を訪問した。ガルシアはスカイの弓を調整して、さらに矢を大量につくってくれている。
「七薬のうち、蜜は何個、集まった」
「まず、しろがね蜜でしょ。キャンディローズマリー、フォールバナナ、青菜の花、ハイランドアップル。五個だよ」
スカイは得意になって五本指を見せる。
「あと二個か」
「うん」
「よくやった。弓のレベルは上がったか」
「うん。リージスまでできるようになったよ」
「ほう。俺もしばらくあれはやってねえな。何せ、肩が疲れる。歳のせいか」
ガルシアはガハハハと豪快に笑う。
「俺、毎日鍛えてるんだ。次の技にも進めると思う」
「本当か? ちょっと外でやってくか」
「うん」
それから数日間、スカイはちょくちょくガルシアの指導を受けながら、新技の特訓に励んだ。
一週間が経った。スカイの新技習得までは到達できなかったが、ロイの新しいイーヨが完成したので、再び村を発つことになった。
「スカイ、これ」
サムが、他の村人とともにたくさんの蜜壺を運んできた。
「瑠璃蜜?」
「うん。夏に採れたやつ。非常食になるだろ」
「ありがとう。サムが元気でよかった」
スカイは改めてサムを見る。以前会ったときより、ずっと精悍な顔をしている。
「ああ。養蜂場は厳戒態勢さ。もう二度と破壊されないよう、俺が全力で守る」
サムは男らしく笑い、スカイとロイに握手する。
「スカイ、新技の練習、しっかりやれよ」
ガルシアが横から口をはさむ。
「うん、絶対できるようになる。じゃあ、元気でね」
スカイとロイは皆に手を振り、馬車に乗りこんだ。
二人はロクレンに向かい、オリバーの店の前に到着した。ちょうどオリバーの仕事が終わったのと、ミケールがスピリトーゴ男爵の城から帰ってきたこと、空が晴れたのが重なって、三人はジャッキーで移動することにした。
「今度の目的地、ゴライアク大陸はなかなかミステリアスな土地なんだ。なんといっても巨大樹の森が有名だ」
空の上でオリバーが言うと、前に乗っているロイが振りかえる。
「巨大樹の森? どれくらいデカいの」
「高さ五百メートル」
「え!」
「しかも、それは平均値だ。この『神秘のゴライアク』によると、もっとデカいのもあるらしい」
オリバーがまたしても分厚い図鑑を手に取って見せる。
「なんだかとんでもないところに行くんだな……」
ロイが怖気づいて言うと、スカイが快活に笑いかける。
「いいじゃん。すっごい面白そうだ」
やがて、一行はゴライアク大陸の北西部、キウシウ共和国の港町、タガサキに到着した。温帯に位置するゴライアク大陸は、ヨルシア大陸より少し暖かく、雪も降っていなかった。港には小さな漁船が並び、陸には小さな木造家屋が立ち並んでいる。キウシウ人は皆、おしなべて背が低く、細身の体型をしていて、黒髪に黒目だ。ソラミエ大陸にいた民族ほどは肌が日焼けしておらず、ボソボソと喋る。だが、町のなかは小綺麗で、ゴミひとつ落ちていなかった。ロイを介してスカイやオリバーが話しかけても、皆一様に礼儀正しかった。
ミケールがニャーニャー鳴きっぱなしなので、ロイが抱っこした。
「どうしたんだよ、ミケール。え? ふるさと?」
オリバーが宿を探してる間、スカイはぼんやりしながらロイ達の様子を見る。
「どうしたの」
「ミケールが、ここは自分のルーツだって言うんだ」
「へえ。確かにハネコを連れてる人、結構いるよね」
スカイはなんでもないふうにあたりを見回す。町のなかにはパタパタと飛んでいるハネコが目立つ。それも、ミケールと同じ三毛が多い。
「おい、宿がとれたぞ。行こう」
オリバーが少し先で手を振ったので、スカイとロイは駆け寄った。
三人は宿の食堂で魚介料理を食べた後、客室へ案内された。
変わったつくりの部屋だった。部屋にあがるまえにまず、靴を脱ぐよう女中に指示された。靴を下駄箱とよばれるロッカーに入れると、女中は襖とよばれる引き戸を開けた。室内は正面に窓、ほかは砂壁で仕切られている。窓には障子という木枠に紙を貼り付けた引き戸が設けられ、床には畳というマットが敷かれている。その畳の上には行灯といわれる、これまた木枠に紙を貼ったランプが置かれ、高さのない布団というベッドに寝るよう、女中に説明された。
「なんだか独特な国だね」
スカイは布団に寝転び、行灯の光を見ながらほほえむ。
「ヨルシアにはないけど、ハラパノも東の沿岸国ではこういう畳というマットが主流なんだ」
「でも、全然デカい木はないのな」
ロイは期待外れて、ミケールの喉をなでくりまわす。
「『巨大樹の森』は明日、行くぞ。よく寝とこう」
オリバーが行灯のなかのロウソクを吹き消した。
一方、巨大樹の森では、ヤバネスズメバチの巣城で女王蜂のアーシュラと、バイオレットが向かい合わせで話しているところだった。
「大公殿下。私達は総力を上げて探していますが、見つかりません」
アーシュラと部下の蜂人達はかしこまる。
「その者の特徴は?」
「はい、血のように赤い毛で、目の色も赤です」
「分かった。引き続き探せ。例の人間の子ども三人組も、この地にくるだろうから、予定通りにやれ」
「はっ」
バイオレットはそう言って、巣城を飛び立った。




