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全滅まであと何日  作者: taki
第7章〜ゴライアク大陸編〜
108/132

108.家族の真実

 スカイとエリザベスは互いの椅子を寄せ合い、向かい合わせで座り、向き合った。エリザベスは頑張って涙をふいて、呼吸を整えると、背筋を伸ばした。

「フェリックス様とアイリーン様は、それはそれは仲睦まじいご夫婦でいらっしゃいました。ご婚礼からしばらくは子宝に恵まれず、アイリーン様はそれを大変気にしていらっしゃいましたが、数年後、無事にアンナ様が誕生しました。スカイ様のお母様ですね。アンナ様は、幼い頃から天真爛漫で、とても可愛らしい女の子でした」

 エリザベスはそこで、優しくほほえむ。


「ですが、生まれつき……ちょっとだけ、個性的なお子様でした。空想することが大好きで、一日中おしゃべりをし続けている感じで。それで……。アンナ様専属の侍女や使用人達もどう接したらよいか分からず、少し、戸惑ってしまったのです」

 お母さんは変わっている子だったのか。スカイは初めて聞く話に好奇心をそそられる。


「アンナ様はだんだんと自分の殻に閉じこもるようになりました。アイリーン様が苦心して社交界デビューさせていらっしゃいましたが、アンナ様が外出することはほとんどありませんでした。せめて外の空気は吸った方がいいからと、アイリーン様がアンナ様を町へ連れ出したのです。わたくしや他の侍女も同行していました」

 エリザベスは椅子を立ち上がり、窓の前に立つ。薄青色だった空は、いつしか灰色へと変わっている。


「ちょうどお祭りがやっていました。わたくしどもがほんの一瞬、目を離したすきに、アンナ様がいなくなってしまったのです。そのときでした。アンナ様はジェラルド・フォークナー様と出会ったのです。お二人は出会ってすぐに意気投合し、川原で熱心にお話をしていらっしゃいました。それを見てアイリーン様が激怒して、屋敷に連れ帰ったのです。ジェラルド様は殿方であるだけでなく、平民でしたからね。アンナ様は泣いて反発しまして、自室に閉じこもってしまいました。そして、専属侍女を利用して、ひそかにジェラルド様と手紙のやりとりをなさるようになりました」

 エリザベスが窓の外を見ながら、深く息をつく。


「アンナ様は唯一、ハートフォードの後継者です。フェリックス様ご夫妻は、早く婿養子を迎えた方がよろしいと頻繁にお話しされていましたが、アンナ様は見合い相手のどなたにも心を開きませんでした。それでもあるとき、手紙のやりとりがあったことがばれてしまいまして。ご夫妻がアンナ様を問い詰めたところ、アンナ様は、ジェラルドを愛していると言いました。ジェラルド様の方も、手紙の返事がこなくなってから、屋敷にやってきました。門前払いを食らっても、毎日毎日、熱心に通われていました」

 両親の大胆さに、スカイは内心驚いた。自分ですら、身分の違う人と結婚しようなんて思わない。それでも、両親が愛し合っていたのが分かって、それは嬉しかった。スカイは話の続きに耳をすませることにする。


「最終的に、アンナ様が、ジェラルドと結婚できないなら首を吊って死ぬとおっしゃったのです。ご夫妻は観念して、ジェラルド様を屋敷に入れました。ご本人は上流階級の礼儀作法も知らず、こう言っては失礼ですが粗野な方でした。ルビテナ村の出身で、身寄りがなく天涯孤独で、財産もありません。読書が好きでしたが、定職にもつかず、根無し草のようでありましたし、結婚生活を始める準備もろくにできていなかったのです。ただ、アンナ様に寄り添えたのはおそらく、ジェラルド様だけだったのでしょう」

「それで、どうなったの」

 スカイは思わず、身を乗り出す。


「はい。最終的にはご夫妻が大変なご慈悲をもって、アンナ様とジェラルド様の婚姻を認め、屋敷内に住まわせることに決定なさったのです。ご婚礼はごくささやかなものでした。ジェラルド様は素直に上流階級の知識やマナーを身につけ、ハートフォード家の一員として恥ずかしくないふるまいをするようになりました。ルーク様、スカイ様、バイオレット様も誕生して、屋敷のなかも賑やかになりました。ルーク様はお父上のジェラルド様に瓜二つですが、スカイ様はおじい様のフェリックス様に、バイオレット様はお母上のアンナ様に瓜二つでございましたね」

 そう言って、エリザベスは静かにほほ笑んでくる。スカイは照れ隠しで、わざと目をそらす。


「ですが、問題がありました」

 エリザベスは息を吐き、窓の格子をぎゅっとつかんだ。息で窓ガラスが白く曇った。だんだんと曇りが消え、元通りの透明な窓に戻った後で、戸外で雪が降りだしたのを、スカイは目で追いかける。


「フェリックス様が仕事を覚えさせようにも、ジェラルド様は病弱で、床に伏していることが多かったのです。フェリックス様が趣味の狩猟に誘っても、お断りしていらっしゃいました。食も細くて、極端に甘いものが好きでした」

 祖父が狩猟が好きと聞いて、スカイは少し嬉しくなった。狩猟に使ったのはやはり弓か。どんな弓を使っていたのだろう。それと同時に、父が甘党という事実が、胸に突き刺さった。


「ルーク様がいつも寂しがっておりました。母上のアンナ様が父上の看病にご執心で、ほとんど触れあっていただける機会がなくて。アンナ様はそのとき、医者の往診も許しませんでしたし、わたくしども使用人すら、部屋に入れることを拒否したのです。ときどき、ジェラルド様の奇声と、アンナ様の悲鳴が聞こえるので、怖がっておりました。それもあって、わたくしども使用人だけでなく、アイリーン様がよくお相手をなさっていました」

 話の区切りに、スカイはエリザベスを見た。その顔から、すでに笑みは消えている。


「その頃、領内で奇妙な噂が立ちました。領主が化け物を飼っているという噂です。化け物というのは比喩で、きっと平民の分際で逆玉の輿に乗ったジェラルド様の悪口だろうと、ご夫妻も屋敷の者も笑い飛ばしておりました。ですが、町で行方不明者が増えていったのです。最初は月に一度くらいでした。それが月に二、三度と増えていき、問題視されるようになりました」

 その先は、スカイにもエリザベスが何を言いたいのか察しがついた。だが、中断させる気はなかった。怖いが、その先が知りたい。


「そして、あの晩。悲劇が起きました。領民達が松明と武器を持って、屋敷に押し寄せたのです。領民を連れさらって殺している者がいる、娘婿のジェラルドだ、って叫んでいるんです。護衛の者が鎮圧しようとしましたが、逆に領民に殺されてしまいました。領民達の勢いは増して、屋敷のなかに大勢、入ってきてしまったのです」

「それで、どうなったの」

 思わずスカイは口をはさむ。

「はい。領民達はジェラルド様とアンナ様の部屋を突きとめ、二人を斧や鎌で殺してしまいました。二人をかばったフェリックス様もです」

 エリザベスのほおに涙が一筋、つたい落ちた。


「ああ。お気を確かに持って。スカイ様。ですが、やはり、あなた様の父上、ジェラルド様は、人間ではありませんでした。ぼ、蜂人です。死んだジェラルド様の目は……恐ろしい蜂の目でした。部屋には、失踪した領民達の白骨死体が大量に隠されていました。ここからは推測ですが、アンナ様はずっと前から知っていて、領民を屋敷に連れこみ、ジェラルド様に食わせていたのです。もしかしたら、フェリックス様もご存知だったのかもしれません」

 エリザベスは涙をぬぐい、うつむく。スカイは自分の左手を、右手でぎゅっと握りしめる。


「一族郎党殺してやる、と領民達は息巻いておりましたから、わたくしは大急ぎで裏口に御者を呼びつけて、アイリーン様とルーク様、スカイ様、バイオレット様をこっそり逃がしました。そのとき、わたくしに託されたのがこのネックレスです」

 エリザベスはスカイにネックレスを握らせた。年代物の金の鎖のネックレスで、トップに円盤状の、黒いガラス玉がついている。そのガラス玉には波を表現しているような、精巧な紋様が刻まれている。

「これは?」

「ハートフォード家の奥方に代々伝わる家宝です。これを持ち歩いていると、見る人が見ればどこの誰だか分かります。アイリーン様は身の危険を感じたのでしょう。私はハートフォードの身分を捨てる。孫達のために生きなくてはならないからと言って。お別れの挨拶をする間もなく、アイリーン様達を乗せた馬車は行ってしまいました。それからいく月か経って、手紙が届いたのです。”アイリーン・フォークナー”として」

「俺の、お父さんの苗字?」

「はい」

 エリザベスは、過去の手紙の束をスカイに手渡す。

「それで、あの屋敷は今は、おじいちゃんの弟が──?」

「はい。フェリックス様の弟君、ラルフ様が引き継いでいらっしゃいます」

 スカイは窓から屋敷を見た。少しずつ雪が積もりだし、屋根を白く染めている。


「そうなんだ……行ってみたいな」

「なりません! いいですか、スカイ様。アイリーン様と三人のお孫様は、あの事件の日、亡くなったことになっております」

 エリザベスはきゅっと唇をひき結ぶ。

「えっ」

「領民を鎮めるためにわたくし達、使用人のついた嘘です。ご理解ください」

「うん……分かった」

 自分は化け物の息子だ。その嘘のおかげで、今まで生きていられたのだ。スカイはうつむき、手紙の束を握りしめる。

「スカイ様……。今、おいくつですか」

「十二。ルークも蜂人だった。たぶんバイオレットも。もしかしたら、俺も」

 スカイが突っ立って見ていると、エリザベスはゆっくり歩み寄り、スカイを抱き寄せる。スカイの肩をエリザベスの涙が濡らした。

「たとえスカイ様のお父上が何者でも。スカイ様ご自身が何者でも。スカイ様の行いは、人間のそれです」

 エリザベスは泣き崩れた。

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