107.ハートフォード領
スカイは旅立ちの朝、犠牲者を埋葬した空き地の前で、ケチューラの養蜂家に再びハイランドハニーを分けてもらった。
「何度もごめん。七薬の材料にさせてもらうよ」
「いいさ」
そう言って養蜂家はスカイの両手を包みこみ、力強く握手する。腰が曲がり、年老いたサンドレド村の村長はそれを横目に見届けてから、二人の手の上に自分の手を重ねてくる。サンパス村のヒゲ男も、同様に重ねる。スカイが助けた幼い女の子は、遠巻きにこちらを見ている。
「サンドレドと、このソラミエ全土を救ってくれてありがとう」
村長はしわがれ声で言い、今度はロイやオリバーとも握手する。
「うん、でも、いつまた出てくるか分からない」
スカイは犠牲者の墓を見下ろす。もう何度も見た光景だが、慣れることはない。
「だが、君達は光だ」
村長は杖をしっかり握りしめ、うるんだ瞳でスカイを見つめる。すると、養蜂家もヒゲ男も、同調して頷く。スカイは少し緊張して村長を見つめかえす。
「私は地上から見たんだ。君達があの大鷲に乗って戦う勇姿を。私の家族も、村の者は多数死んでしまった。それでもこうして生きているおいぼれもいる。目の前で君に命を救われたこの子もな」
少女が村長に促され、隣に立った。自分でつんできた野花をスカイに渡すと、さっと駆けていってしまった。
「君達のくれた勇気を。その気高さを。死んでも忘れない」
村長はそう言って涙を一筋流し、スカイの両肩を強くなでた。
スカイ達は皆に別れを告げ、ジャッキーに乗って飛び立った。飛行中、スカイがもらった野花を見て感傷にふけっていると、後ろの二人が早速、いつもの言い合いを始めた。
「で、オリバー。ヨルシアに行く手前、デルクク村に寄らなくていいの?」
真ん中に乗るロイが後ろを振りかえり、ニヤニヤして尋ねると、オリバーは無表情で頷く。
「ああ」
「ゾエが恋しくないんだ」
「ああ」
「素直じゃないな。昨日、寝言で『ゾエ、会いたい』って叫んでたけど?」
「なら俺が今後について素直に話したらお前、素直に聞く気あんのか」
オリバーがじろりと睨みつけるので、ロイはおかしくて声を立てて笑う。
「えー? 聞いてやるよ。僕は世界一素直な人間だろ」
「本当か」
「本当だとも」
「誓ってか」
「誓うよ」
オリバーが咳払いしたので、先頭に乗るスカイも振りかえった。
「この戦いが終わったらすぐデルクク村に行って俺はゾエと結婚する。結婚式の衣装はデルククの風習に従う。俺達夫婦はナイフで獣を狩ったりタロ芋を栽培しながら生計を立てる。部品を集めて村に時計台をつくって時計のある暮らしを浸透させる。学校もつくる。子どもは十人つくる。一番手先が器用で忍耐力のあるやつを跡継ぎにする。それ以外は村の戦士にさせる。娘達は──」
「あーもういい。僕が悪かった! ごめんな!? な? な!」
ロイはオリバーの口を手でふさいだ。
一行は十日以上飛びつづけて、ヨルシア大陸のグリフィダ王国へ到着した。王国の北東部、ハートフォード領の森にジャッキーを着陸させると、そこから徒歩で領内の町へと入った。
スカイは町を見回した。ルビテナ村よりは大きいが、グリフィダ国内でよく見る、ごく普通の町だ。北側の山を背にした丘に、大きな屋敷が立っている。ルークに聞いた話だと、自分が三歳くらいまでは、あの屋敷で暮らしていたらしい。だが、何も思い出せない。
三人は通りを歩き、いくつもの商店を追いこして、待ち合わせ場所の宿へ辿りついた。宿主に二階の一室に案内され、そこでエリザベスと対面した。
スカイは緊張して、エリザベスをじっと見た。祖母のアイリーンよりもほっそりしていて、いくつか歳上のように見える。髪は焦茶色でまとめ髪にし、同じく焦茶色の瞳は大きい。小さいが形のいい鼻と口をしていて、長い年月を思わせるシワがたっぷり刻まれている。チュニック型のワンピースにエプロンをつけ、質素なブーツを履き、見た目にはいかにも平民の老婆らしいとスカイは思った。
一方、エリザベスの方は三人を見て、すぐにスカイがアイリーンの孫だと気づいた。スカイが、アイリーンの夫でかつての領主、フェリックス・ハートフォードに瓜二つだったからである。エリザベスは椅子から立ちあがり、片方の膝を軽く折り曲げ、体を沈めて挨拶をした。
「スカイ様、おひさしゅうございます、エリザベス・バレットでございます」
「バレットさん、こんにちは」
スカイは緊張して、口をきゅっと引き結ぶ。するとエリザベスは顔をあげ、優しくほほえみかけてくる。
「スカイ様、エリザベスで結構でございますよ」
「うん、わかった。あの」
「はい、何でしょう」
「俺、もう貴族じゃない。平民なんだ。だから……」
そんなにかしこまらなくていい、とスカイが言いたいのを察して、エリザベスはまたしても優しくほほえんでくる。
「ええ。伺っております。ですが、アイリーン様に大変お世話になりましたので」
「こっちはロイ。こっちはオリバーだよ」
スカイが紹介して、二人もエリザベスに挨拶をする。エリザベスは三人を椅子に座らせ、宿の者に紅茶を運ばせた。それを行儀よく飲めたのは、ロイだけだった。
「俺、このお茶とかいうやつ、慣れないや」
スカイは顔をしかめる。
「まあ。ではアイリーン様は普段、何を?」
「水だよ。村の用水路から汲んでくる」
「あらまあ。随分と逞しくなられたこと」
エリザベスはそれがおかしくて大笑いする。だが、いつしかその笑いはついえて、エリザベスは遠い目をする。スカイはエリザベスの視線の先を見る。窓の向こうに、ハートフォードの館が見える。
「ああ、失礼しました。あの方はいつも紅茶ばかり召し上がってましたから、意外で」
「ねえ、それで、話って何?」
スカイは礼儀作法が分からず、単刀直入に突っこむ。
「少し、お二人は階下の食堂でお待ちいただけますか」
ロイとオリバーに退室してもらうと、エリザベスはスカイを改めて見て、急に震え出した。うつむき、シクシク泣き出したので、スカイは近くにあった布巾を差し出した。
「おお、スカイ様。そうやってわたくしのような者にもお優しいところ、旦那様にそっくりでございます」
エリザベスはしゃくりあげながら、エプロンで涙を拭いて笑う。
「俺のおじいちゃん?」
「はい。フェリックス様です。かつてこの地の領主でいらっしゃいました」
「おじいちゃんとお父さんとお母さんは、盗賊に殺されたって聞いてる」
スカイが言うと、エリザベスは大きな瞳をますます大きくし、口をあんぐり開けた。スカイはそれが分からず見つめかえす。するとエリザベスはますます目に涙を浮かべ、スカイの両手を握る。
「スカイ様。アイリーン様が非業の死をとげた以上、あなた様には真実を知る権利があると、わたくしは思います。覚悟してお聞きくださいませ」
エリザベスは断固としていい、スカイの手を握る両手に力を込めた。




