106.返信
《あらすじ》
ロイが引き連れてきたサンパス族の楽隊の活躍により、ソラミエ大陸のヤバネスズメバチの大群を撃破。サンドレドの村で休息するスカイのもとに、ミケールが再び手紙を運んでくる。
ルビテナ村の、とある一室では、女帝蜂のアグネスとバイオレットが、向かい合わせに座っていた。アグネスが椅子の肘掛けで頬杖につき、ため息をついた。
「どうやら、一族のなかに裏切り者がいるみたいなの」
バイオレットは目を見開いた。女帝からの急な呼び出し理由はこれか。だが、一体誰のことだろう。まさか、私を疑っている? 陛下はそれ以上を話さない。ただ、自分の方を探るように見てくる。
「陛下、私は──」
「大公、信じてるわ。だからよろしく頼むわね」
「はい」
バイオレットは唾を飲みこんで頭を下げ、早々に退室した。
ここはルビテナ神殿の地下、「女神の間」だ。一般公開されていない場所だから、神官以外はここへの入り方すら知らない。
以前あったヤバネスズメバチの巣城とも地下トンネルでつながっている。巣城を破壊されてからは、アグネスはここに住まいを移していた。一時待避所と部下達は呼ぶが、こここそがルビテナ神、ルビー・イエテナの継承者が住まう宮なのだ。
バイオレットは廊下の壁画を見上げた。祭壇の正面に描かれているのと同じ壁画だ。
「人間には負けない」
バイオレットはつぶやいた。
一方、スカイはソラミエ大陸、バルドビア王国内のサンドレド村、村長の家のベッドに横たわっていた。
激しい戦いでスカイは死力を尽くし、ベッドから起きあがれなくなっていたのだ。ヤバネスズメバチに咬まれた脇腹は手当してもらったものの、呼吸は荒く、高熱が出ている。それをロイとオリバー、村人達が取り囲んだ。ロイに体を小さくしてもらったジャッキーも家のなかに入り、ジャッキーの枕元で小さく鳴いた。
「あれは、蜂に同士討ちをさせる曲だったの?」
ロイは、サンパスから来たヒゲ男の肩に触れながら尋ねる。
「そうだ。お前も今後、利用するといい」
「うん」
「前に教えた『ケチューラの悪果』こと、ハイランドアップルを見たか? デススプリングビーだけがあの植物に耐性を持ち、それ以外は眠るように死んでしまう」
「『ケチューラの悪果』という表現は聞き捨てならないな」
そう言いかえしたのはケチューラ村の養蜂家だ。彼もまた、サンドレド村の一大事に駆けつけた一人だ。彼は小さな蜜壺を取りだす。オリバーはそれを改めて見て、壺の彫刻がハイランドアップルの花だと気づく。養蜂家はほんの耳かき一杯分をすくいとり、小さな皿に乗せる。そこへ水を注いで溶かし、スカイの口に注ぎ入れていく。すると、スカイの呼吸が急に穏やかになった。
「まあまあ、そう怒るな。ハイランドハニーに危険性があるのは事実だろ。ただ、悪意のある輩を亡き者にするだけでなく、こうやって怪我人の痛みを減らすこともできる。その効能は確かだ」
ヒゲ男が必死で弁解すると、養蜂家は納得しかねたが、大人しく頷く。
「治るの?」
ロイが尋ねる。
「しばらくは安静にしないといけないがな」
そう言って、養蜂家は静かに頷く。
「すごいね。それにしてもヤバネをやっつける果物とか曲とか、よく思いついたね」
ロイは、顔色がよくなっていくスカイを見て興奮する。
「思いついた?」
ヒゲ男と養蜂家がそろって眉を寄せる。
「だって…。蜂のために対策したんでしょ? 僕も伯父様に作曲してもらって対策してるから、嬉しいよ。僕以外にもイーヨが弾けて、蜂を退治できる人が増えて」
ロイは二人の反応に戸惑う。
「『ケチューラの悪果』は先祖代々伝わる曲だ。我々、子孫が即興でつくったものではないよ」
ヒゲ男が言うので、ロイは不思議に思いながら顔をかく。
「そうだ。あの蜂が出たのは、今に始まった話ではない。それはソラミエの民なら皆、知っている」
そう言って険しい顔をするのは養蜂家だ。
「そうなの?」
「これを見てくれ」
養蜂家が白い板を一枚、皮袋から取り出した。やけに古びた、漆喰の瓦礫だ。そこには、キザギザした花びらと、幹がボコボコした樹木をかついだ人間達と、大きな蜂が対峙する様子が描かれている。
「これ、何」
「我がケチューラに伝わる先祖の絵画だ。おそらく昔もこうやって、蜂と戦ってきたのだ」
養蜂家がロイへ説明する。
「この木は何の木?」
「この特徴的な外見からいって、ハイランドアップルの木だ」
「ちょっと貸せ」
オリバーがとっさに、それに手を伸ばした。絵の下にはさらに、文字が刻まれている。
「古代グリフィダ文字だ」
「えっ、何て書いてあるの」
ロイが素っ頓狂な声を出す。
「我々には先祖の書いた文字は読めんな」
養蜂家がお手上げだ、と首を横に振ると、ヒゲ男も同様に苦い顔をする。だが、オリバーはふんふんと頷きながら読み解いていく。
「『人を殺すはスズメバチなり。スズメバチを殺すはりんごの蜂蜜なり』」
オリバーが読みあげ、それをロイが通訳したので、養蜂家もヒゲ男も目を見開いた。
「お前達外国人が、なぜケチューラの先祖の文字を読める」
「これは古代、ウェルゲン帝国の言葉だ。ウェルゲンは、今のグリフィダ王国を中心に全大陸を支配した、巨大帝国だったんだ」
それからおよそ、二週間が経過した。季節は十二月に入り、雪がちらついた。その間、サンドレド村や周辺の村々の人間達は、ヤバネスズメバチの死骸を焼き払い、犠牲者達を弔った。その後は岩間にできた巣城を見つけ、破壊する作業に徹した。スカイは村長の家のなかで、めきめきと回復した。
「もう俺、大丈夫だよ」
スカイはイーヨで「蓬莱」を弾くロイに向かって笑いかける。ロイは嬉しくなって弾くのをやめた。
「よかった。見ろよ、もうすっかり冬だ」
ロイが窓ごしに外を指さす。
「なんか、アイスノウ大陸に戻されたみたいだね」
スカイが苦笑いすると、ジャッキーが窓を見てピイピイ鳴き出した。何ごとかとロイは外をじっと見た。粉雪の舞う空のなか、何かがゆっくり飛んでくる。茶色と黒と白の、斑模様の生き物だ。
「あ、ミケール!」
ミケールはオレンジ色のヌマグチを背中に背負い、家のなかに入ってきた。ロイがヌマグチを開けると、なかから出てきたのはルビテナの瑠璃蜜や食料のほか、スカイ宛の手紙だった。
『親愛なるスカイ様
お返事いただきありがとうございます。突然のことに、言葉になりません。一度お会いできませんでしょうか。
エリザベス・バレット』
スカイはそれをすぐ折りたたみ、ロイの方を見た。
「おばあちゃんの侍女だった人が、会いたがってる」
「そう言っても、こっからすぐに会いにいける距離じゃねえけどな」
ロイは目ざとくライ麦のビスケットを見つけ、素早くそれを口に放り込む。
「行ってもいいと思うぜ。ゴライアク大陸のヤミツバキが咲くのはまだ先だし」ドア口に立つオリバーが、メガネをあげてにんまり笑った。「ついでにルビテナのみんなにも会ってくればいい」




