105.楽隊
人間達は、ぎりぎりまで追いつめられていた。
投石具の反撃もむなしく、蜂は人間を追いかけ、捕まえ、食いあさった。人間は恐怖の叫び声をあげ、農機具を放ったり、松明を投げつけたりした。村のあちこちで火の手があがった。
スカイは上空から射撃していたが、それもだんだんと困難になっていった。というのも、蜂を射れば付近の村人をまきぞえにするおそれがある。躊躇しているうちに、蜂が人間を食べてしまう。
どうせこうなるなら、最初に村人達を安全な場所へかくまえばよかった。スカイは矢を放ちながら歯ぎしりする。だが、それをしたところでどうなったのか。ロイはいない。どの道、全滅だ。
急に、脇腹が刺すように痛んだ。いつの間にか接近してきた蜂に、腹を咬まかれていた。
「スカイ!」
オリバーが叫んだ。スカイはジャッキーの背からすべり落ち、茅葺き屋根に転落した。
その頃、ロイはサンパスの楽隊四人組とともに、サンドレドの村めがけて山地を爆走していた。四人はアルパカよりも耳が長く、大型のリャマに乗っていて、ロイも一緒に乗せてくれた。
「どうしてここへ?」
ロイは同乗する年長者のヒゲ男に尋ねる。すると、ヒゲ男が振りかえり、勇猛にほほえむ。
「言っただろう。我々も自衛に力を入れている」
「こんな遠くまで? 国境を越えて、守りに来てるの?」
「ハハハ。何を言っている」ヒゲ男は声を立てて笑う。「それはお前も同じであろう」
「でも。サンパスを守らなくていいの? サンパスにも蜂が──」
「大丈夫だ」
「え?」
「我らは聖なる楽器、イーヨを持つ民だ。古来より、怪物を掃討するのが我らの役目。残してきた村の者も全員、イーヨの訓練をしている」
ロイは事情がわからないなりに頷く。
「この大陸にはさまざまな民が暮らしている。牧畜を営む者。ジャガイモを育てる者。ケチューラ族が育てるりんごは危険な存在だが、病人を癒す薬でもある。ときに、我々もその恩恵を受けている」
「うん……」
「我々は助けあって生きている。己が信じれば、皆が信じてくれる。己が力を貸せば、皆が応えてくれる」
ロイはヒゲ男の腰をぎゅっとつかむ。目を閉じ、スカイとオリバーに思いを馳せた。そうだ。僕は信じてる。二人のことを。
「行こう、少年」
ヒゲ男が、強勢に笑い、リャマの脇腹を強く蹴った。
一方、スカイは、村はずれの民家の屋根で仰向けになり、絶望していた。
腹からは血が溢れ、今にも気を失いそうだ。上空でジャッキーに乗ったオリバーが奮闘しているのが見える。同時に、村の中心部から悲鳴も聞こえる。スカイは震える左手で弓を握ろうとするも、手に力が入らない。
絶望の淵に立っても、スカイは村人達を見捨てられない。オリバーの言った言葉が、耳をかすめる。人を見殺しにしても、ある程度は仕方ない、世界中の人類は救えない──。今度は、ガルシアの言葉が聞こえた。弓の声を聞け、それだけで、弓が目指す方向に矢を導いてくれる──。
そばで、幼い子どもが泣き叫ぶ声が聞こえる。スカイはそっちの方を見た。母親が蜂に食われ、本人はその亡骸の前にしゃがみこみ、慟哭している。スカイは屋根の上を仰向けのまま這い、子どもの前に落下した。
すると、遠くから蜂が一匹、急接近した。スカイの脳内に、再びガルシアの言葉が聞こえてくる。
「『相手はただの獣だ』」スカイは、聞こえた通りにつぶやく。「『ほんの少しの勇気を出すだけでいい』」
スカイの黒い瞳に光がさす。子どもの前で上体を起こし、左手で弓を引く。それだけで、腹の痛みが豪炎のように襲ってくる。けれども全身の毛を逆立て、目をむき、歯を食いしばり、右手で矢尻を弦につがえる。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ」
スカイは目をつぶり、深呼吸する。蜂はもう目の前だ。
「レクシア」
矢はダイヤモンドのように煌めき、一本の直線となって、風を切る。蜂の脳天を貫き、見事、射殺した。
スカイの後ろで、子どもは泣きやんだ。スカイは汗だくになり、その子の頭をそっとなでる。子どもはスカイを見上げ、小さくしゃくりあげている。
「大丈夫だよ」スカイは息を切らし、小さく笑う。「俺が守ってやるから」
安堵したのも束の間だった。突如、蜂の集団が民家の陰から現れた。万事休す。スカイは再び矢を手にするも、強靭な腹の痛みに矢を取り落とした。蜂はうなりながら突進してくる。もう、無理だ。スカイは子どもを抱きしめ、目をつぶった。
やけに、静かだった。煙の匂いと、強烈な血の匂いが鼻をつく。風が髪や頬をなでた。羽音や悲鳴が聞こえる。やがて羽音の方が大きくなり、悲鳴はだんだんとフェードアウトしてゆく。
何かが聞こえる。どこかで聞いたことのあるメロディーだ。何だろう。ルビテナで聴いたやつじゃない。わりと最近だ。どこで聴いた曲だったろう? スカイは思い出せない。
それにしてもどうした。なぜだ。俺はまだ襲われていない? スカイは目を開けた。
ほんの二メートルほど前で、蜂同士が互いを殺し合っている。スカイは目を見張った。すぐそばに自分達人間がいるのに。蜂同士が共食いすることがあるのは知ってる。あの銀髪女も、仲間を食い殺したんだ。だけど、目の前の二匹も、そのすぐ後ろにいる何匹かも、蜂を殺すことに夢中になってる。地面にうずくまる村人達は、呆気に取られ、そのおぞましい光景に目を奪われている。
スカイは気づいた。少し離れたところで、銀髪女が倒れている。リャマに乗ったヒゲ面の男が、果敢にイーヨを弾いている。スカイは涙が溢れ、その情景がぼやけた。ロイが男の後ろに乗り、こちらを見て、熱心に葦笛を吹いていた。




