103.大群
ロイは、群れの先頭に立つ女を見て震えた。銀髪で青い目の、あの女だ。
「ねえ、チビちゃん」
ゲイルにチビ呼ばわりされて、ロイは反応する。
「その『手下』に弓矢は下ろすように言ってよ」
ロイは一瞬何のことか分からなかったが、隣のスカイを見る。スカイは険しい表情で、ゲイルに向かって弓を構えている。今度はゲイルの方を見る。ゲイルは小屋の戸口に近づき、簀巻きにされたタマーラとポーリーンを見下ろしている。
「ああ、もう窒息してる」ゲイルはこともなげに言う。「タマーラ様が亡くなったから、今日から私がここの女王、するしかないか」
ゲイルはから笑いして、今度は四人の蜂人を見下ろしている。ロイが葦笛で金縛りにさせた四人で、まだ生きている。
その四人は仰向けになったまま、怯えた様子でゲイルを見上げている。だが、ゲイルは特に無関心で、その四人の首を一人ずつ引きちぎった。ロイは思わず歯をくいしばり、目を伏せる。
「ねえ。そろそろ弓、下ろさないと、あなた達、死ぬよ」
ゲイルは引きちぎった蜂人の頭を食べながら、スカイの方を見ている。スカイはまだ弓を下ろさない。
「スカイ……。ねえ。頼むよ。弓を下ろして」
ロイが懇願しても、スカイは身じろぎひとつしない。もう自分達には勝ち目はないのに。ロイは改めてあたりを見回す。ヤバネスズメバチの兵士は、百匹や二百匹じゃない。何千匹? いや、何万匹いるのか。
ロイは、スカイがオリバーの方に目配せするのを見た。オリバーがわずかに首を横に振ったので、スカイは静かにため息をつき、弓を下ろした。
その瞬間、ロイの手から何かが抜け落ちた。持っていたはずの笛だ。ロイがびっくりして左右を見回すと、蜂人の兵士が笛を握りしめ、ニヤニヤしている。
「ああ……」
ロイは口のなかがカラカラになり、両手で宙を掻く。兵士から笛を受け取ったゲイルは、面白がって笑う。
「ごめんね、チビちゃん。これ、持たせとくわけにいかないから」
ロイは何も言えない。隣のスカイとオリバーも黙ってなりゆきを見守る。
「この間、言ってたじゃない。蜂がきたときは、僕が音楽を聴かせて金縛りにさせたり、小さくさせたりするんだ、って」
ロイはそんな会話などすっかり忘れてしまった。だけど、自分が言いそうなことだとは思う。ロイの体の震えが、徐々に大きくなっていく。
「その後、ハイランドハニーをあげたらあなた、すぐ寝ちゃったよね。五分くらいだったかな。これは相手を眠らせるのには効果的だけど、危険な蜂蜜に変わりない。大公殿下がおっしゃっていたわ。七薬とかいう危険な薬を、あんたたち三人が作ってるって」
ゲイルは目を細めてほほえむ。ロイはその冷たい笑いにぞっとした。
「私ね、笑ってるけど、本当は全然、笑えないのよ」
ゲイルはロイの反応を見ながら話し続ける。
「私たちの女帝はグリフィダ生まれだけど、私はサンドネシア生まれなのよ。覚えてる? ジャングリラ大陸の国」
ゲイルは北の方角を笛で指す。ロイは思わず笛の方を見る。覚えてないわけがない。ドミニク達と討伐に向かった国だ。
「私には大切なきょうだいがいた。彼女は私達、ヤバネの軍を統率する立場でもあった能力の高い蜂人だったけど、思いやりがあったし、とても気立てがよかった。仕事が休みのときはみんなで遊びにいこうって言うくらい。それで、二万七千の兵を連れて遊びにいった。そしたら帰ってこなかった。大公殿下が教えてくださったの。キャロル達は人間の、それもおかしな楽器をもつ、金髪の小僧の罠にはめられたって」
ゲイルは軽く咳払いしているが、ロイは微動だにせず、ゲイルを見つめる。ゲイルは人間の姿から、徐々に蜂人の姿へと変わった。ロイの手のなかで、汗が噴き出す。二万七千。自分が殺したのは、そんなに大量だったのか。
「あなたはキャロルの仇なの。今日、ここで死んでもらう」
「ねえ、死ぬのはそっちだよ」
急にスカイが話に割りこんできた。ロイは驚いてスカイを見つめる。ゲイルはスカイに興味を持てなくて、イラッとする。
「ごめんなさいね。雑魚には興味ないの」
「その雑魚が七薬をもう半分以上、完成させてる。五分で眠るどころじゃないよ。十秒で死ぬ劇薬になった」
スカイは滑舌よく言い、ビシッとゲイルを指差す。
「へー」
一方、ゲイルは半眼になり、あくびする。だが、耳のいいロイは聞き逃さなかった。周りの蜂や蜂人達の心拍数が上がっている。うるさいくらいだ。
「ためしてみる? お望みの、集めた蜂蜜だよ」
スカイはそう言って、オリバーからヌマグチを受け取り、そのなかを漁る。皆が見ている前で、蜜壺を取り出した。壺の蓋を開け、鼻と口を服の袖で覆い、地面に置いた。蜂達はクモの子を散らすようにわっと逃げた。スカイはすぐに空を見上げ、指笛を吹いた。
「ロイ! オリバー! 行くぞ!」
蜂が離散した草地にジャッキーが着陸した。それと同時に、スカイがすぐにまたがり、オリバーとロイもそれに続いた。三人が乗りきると、ジャッキーはすぐに羽ばたき、大空を飛翔した。
「何してる。追え!」
ゲイルが吠えたて、部下の蜂達も一斉に飛び上がった。スカイはジャッキーに乗りながら、ぐんぐん上昇してくる蜂の一派を振りかえり、弓を構えた。
「ラコロシュテ・プレレクテ・ピカ。ランダギア」




