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稲守任三郎とダンジョン戦記  作者: 正方形の木箱
第三章 新人教導任務 新養老ダンジョン編

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第90話 第三章後編 閑話 過去話

笹山は少し考えた。

こういった機会はとても少ない上に、恐らく端末や書庫で調べるより有益な事が多い。

しかも時間的にはある程度余裕はある。聞けるものは情報、経験、感覚といったものだからだ。


「ワーウルフについて知りたいです。ここに来る時に、稲守さんとトトっちが話していたんです。ワーウルフには色々な個体がいて、強さが違うみたいな」


「えぇ、ロロ、ガガ、ルルの3体が主に。稀に彼らのお子さんなのか、若いワーウルフが修行にと出てくる事がありますね」


思ったよりワーウルフは個体が多い、というよりかは人間のように種族として存在している。


「若いワーウルフ?」


「えぇ、とても可愛らしく、毛並みも柔らかくふわふわでして、攻撃を避けるたびに体毛を触るのが癖になるほどなのですが、どうやらワーウルフ達は尻尾を触られるのが弱点だそうで。一度こう、軽く握る程度に触ったことがあるのですが、動けなくなってしまって。思う存分撫でて差し上げましたよ」


カップをきゅっと掴む動作をしながらクスクスと笑いながら話すチエリは、思い出すかのように目を細める。


「でも、大人のワーウルフの方々はそれを逆手に取ろうと、尻尾をわざとちらつかせます。握ったら同じなんですけどね」


「一応弱点はあるんだ…、閲覧できる映像は誰なんです?稲守さんが闘ってる相手」


「あの方はロロ様ですね。力が強く、素早さも抜きん出ています。私も他の方には勝った事が多いのですが、ロロ様とは引き分けの方が多いですね。それにスキルの威力が高く頭一つ抜けています」


「今ってどれくらいの人がワーウルフを倒したんだろう…」


「数はわかりませんが、以前調査員を集めてのワーウルフ討伐合宿があったのですが、その際に倒す事ができたのが、30人中7名だけでした」


「たった7人…」


多いのか少ないのか。

ワーウルフ自体は身体能力も、攻撃方法も人間より格上だ。

それこそ魔法と身体強化によって同じ条件になっても、熟練度が違う。


「理由は簡単です。身体強化魔法の練度と慣れ、そもそもの戦闘としての熟練度が違います。そして恐怖に打ち勝てるかどうかですね」


「練度?熟練度?」


「えぇ」


身体強化魔法による負荷にどれだけ慣れているか、上昇する身体速度、思考速度にどれだけ慣れるかが重要となる。

そして一切戦ってこなかった一般人と、戦闘を繰り返してきたワーウルフとでは、差がありすぎるのだ。


「身体強化には練度があり、どこまでそれを扱えるか、そしてワーウルフに気迫で勝るかが勝負を分けます。そもそも技では勝てないのです。奇策もそうですが、なによりも気圧された時点で死にます。今は楓様しかいないのと、あなたは肝が据わっているのでお話しますが、先にあげた30名の内、私含めて7名が辛勝、10名が死亡、13名が重体により敗北という結果に終わっています」


「そんなに強いのですか?」


映像ではわからないが、こうして何人が死ぬと、明確な数字を出されると急に実感するものがある。


「えぇ。オーク、ゴーレムなんて非じゃありません。次元が違います」


「その合宿のお話って聞けますか?」


「長くなりますよ?」


「大丈夫です」


「それでは…」


これは稲守が飯岡ダンジョンを踏破した少し後の話だ。

不足している調査員を補うため、武道や武術を習得している人を対象に調査員を徐々に増やしていた日本だが、数は増やせど調査階層を増やしたり、調査結果を持ち帰る事はは難しく、一部の頭のネジが足らない人間ぐらいしか先に進めない状況が続いてしまった。


そこで調査員に対し、サポート要員が必要と考えた政府は、ヘルパーや、家政婦、チエリが所属している日本メイド協会にも調査員の勧誘を試みた。


その勧誘の対象となったチエリは、あれよあれよと調査員としての審査もクリアし、訓練を終え、調査員として活動しつつサポートを行って1年が経過した頃。

自衛隊主導での、調査員の強化合宿のお知らせが端末に届いたのだ。


内容は千葉県の飯岡ダンジョンという場所で、タイプは洞窟型、10階層、15階層相当のモンスターの討伐を目的としたものだった。

サポートを行うにも実力は必要と考えていたチエリはそれに志願、総勢30名が千葉県飯岡ダンジョンに集められた。


当時26歳だったチエリを筆頭に、多くが20代後半から30台前半、そして自衛隊の姿が数人。

飯岡ダンジョンの宿泊施設にある訓練施設で、自衛隊高官による訓示が読み上げられ、続いて今回の合宿のサポートをする男性が挨拶をする。


「調査員の稲守任三郎です。今回は皆さんがワーウルフへと挑戦する際のバックアップとして協力をする事になりました。よろしくお願いいたします」


一見頼りなさを感じるも実際にダンジョンに入り、彼がワーウルフと戦う姿をこの目で見て、最初の印象がすぐに吹き飛んだ。


「正直惚れましたね」


「てことは稲守さんはワーウルフと戦ったんですか?」


「えぇ、凄い、という言葉で言い表せない戦いでしたよ。ただ、彼がかっこよかったと思うと同時に、私にできるのかという不安を感じました。ただの一撃、当たったら死ぬ可能性がある中、正面から叩き伏せる彼の姿に恐怖も覚えました。本当に同じ人間なのかと。ワーウルフと戦った後、なんて言ったと思います?」


笹山は想像する。

これまで短い期間ではあるが、稲守と過ごしてきたことを振り返る。


「こんな感じで勝てます。とか?」


「大体合ってます。致命傷を避けて打撃を当てれば倒せます。ですって」


「えぇ…」


「ふふふ、私もえぇって思いましたよ」


その後は稲守の元で、30人が身体強化魔法の訓練をする事になったそうだ。


「自衛隊の隊員の方々の一部はすでに弐式を使いこなしていたのですが、多くの調査員は身体強化弐式ですら疲労困憊で、参式に慣れるだけで5日も使いました」


そして、30名全員が、身体強化参式を使えるようになるのに1週間を費やした頃、最初の5人のワーウルフへの挑戦が始まったのだが、立って歩いて戻ってこれた志願者は、1人だけだった。


「正直、想像を絶する日々でしたよ。先に挑戦する調査員が重体で帰ってきたり一部は先ほどお話したように命を落としたりと、私の番になるまで、気が気でありませんでした」


再びカップを啜り、忘れる事は暫くないと言いつつ続きを話始める。


「3班の皆さま、準備をお願いします」


自衛隊の男性が呼びかける。

3班であるチエリと、他4名が集まり、ワーウルフ戦へと挑むべく3層の先へと進む。

先頭はサポートをしてくれる稲守で、道中の露払いをしてくれるそうだ。


「ここから草原エリアに入ります。道中は安全ですので、私の後を着いてきてください」


言われるがまま、5人は草が刈られた道を歩く。


「任三郎さんや、ここの草はなんで刈られているんだい?」


同じ班となった吉川けいが質問する。

吉川けい氏は、今回のワーウルフ討伐合宿では最高齢なのだが、参加者の中で一番早く身体強化参式を使いこなした人物だ。

得物は和弓にショートボウという二種類の弓で、モンスターやダンジョンの材料を使っており、これらを作るのに資材を全て投入しているほどだそうだ。

もっとも、雑談しているときに聞いたのだが、ダンジョンの調査報酬で元は取れているらしい。


「ここにはゴブリンがいるのですが、面倒なので、魔法で一掃しているんです。一掃しなくてもそこまで強くないのですが、精神的に疲労するので」


「そうなのかい」


そのまま歩き続けると、開けた場所へと出る。

円形状に広がる露出した土、とても広く動き回るなら充分な広さだろう。

6人がエリア縁に立つと、反対側から大きな声が聞こえてくるがそれには苛立ちが感じられた。


『またか稲守任三郎よ!雑兵ばかりを連れてくるな!何のつもりだ!』


「ちゃんと伝えただろう?訓練だって。了承もしたじゃないか」


『いい加減にしろと言っているんだ!手ごわかったのは僅か2人だぞ!?雑兵なぞ戦ってもつまらん!貴様がこい!そこの老人といいふざけてるのか!?』


「言ってくれるじゃないかい」


そういうと吉川けいが話を終える前にエリアへと入る。

いつの間にか身体強化魔法を使っていたのか、足取りは良い。


「ほら、かかってこいわんころ。丁度毛皮のコートが欲しかったんだよ。そのふさふさの尻尾も刷毛に丁度いいかもねぇ」


『年寄りが言うではないか!よかろう!』


そう言うと、反対側からワーウルフのロロがエリアへと入って来るが、どうやら向こうにも事情があるのか、2班までにはいなかった多くの観客が体育座りするシュールな光景が広がっていた。


『ん?後ろが気になるか?後ろのものたちはただの見学者だ。闘いの邪魔はしないと我らが主に誓っている。破ったら死ぬ呪いだ。安心しろ』


「ほらわんころ、そろそろ構えな。相手はあたしだよ」


そう言うと、吉川は背中の和弓を取り出し、矢を持ち構える。


『弓矢だと?そんなもので…』


突如、空気を切り裂く音と共に矢が飛来、弓矢とは思えない速さにロロは全力で姿勢を傾けそれを避ける。


「…」


無言のまま、矢筒から矢を取り出し再び構える。

直撃したらロロの身体でも耐えられないと感じ取ったのか、ロロは脚に力を込めて地面を蹴り吉川へと向かう。

ロロ達については彼ら自身の証言により、ある程度の攻撃方法がわかっている。

身体強化魔法は言葉に出さずとも使用できるようで、調査員達が必死になって慣れるだけでも精一杯の弐式、参式身体強化魔法と同等の速度で移動ができる。

一瞬にして姿を消したロロに対し、吉川も身体強化魔法弐式を行使し、ロロの速度についていく。


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