第83話 養老ダンジョン新人教導任務⑮
養老ダンジョン近くの宿泊所で、採取物の提出と同時に簡単な報告をした。
基本的には報告は端末でレポート形式で提出するのだが、今回の場合は、夜が一日長かった事と、それに合わせた朝の時間、シャドウズによる残骸等、ここを調査する人たちにとってはそこそこ重要な情報になるからだ。
「夜が三日ですか…9時間の記録更新は少し気になりますね」
報告した相手は、養老ダンジョンに常駐している、付き合いもそこそこ長い自衛隊は情報科所属の、平一等陸尉だ。
調査員としての活動と、主に自衛隊と、ダンジョン庁、周辺ダンジョン関連施設への情報共有や受け取った情報の周知を兼任している。
「採取したモンスターの残骸から見て、蛾タイプが大量発生したからだと思います。ツバキモドキの葉が9割以上がやられていたので、チャドクガタイプかと」
「奴らですか…わかりました。報告ありがとうございました」
7日も中にいると、ちゃんとしたご飯も食べたくなるようで、3人はそのまま食堂へ行く。
時間も20時頃と人がある程度出払った後だからか空いているようだ。
「はらぺこー」
「ね、何食べよっか」
「頑張ったし今日はおごるよ。なんでも食べな」
二人は稲守の顔を見つめたと思ったら背を向けて話し合う。
『なんでもって言ったよね?』
『いったいった!』
相談が終わりメニューが決まったのか、二人は揃って稲守に告げる。
「「牡丹鍋でお願いします!あとしめのご飯も!」」
動物たちの楽園となった千葉県には当然の如くイノシシも生息している。
千葉でのイノシシは房総半島南部を中心に生息していたのだが、ある時期を過ぎたあたりから北総地域でも目撃がされるようになっており、2050年代の現在ではより広範囲で目撃されている。
定期的に間引く必要もあってか、狩猟期間も通常は11月15日~2月15なのだが、増殖するキョンとイノシシの数が多く、オオカミだけでは数をコントロールできない為、時期ハズレではあるがこうしてイノシシ肉が出回る事がある。
その分値段は少し高いが、今の稲守の経済状況を見ると大した負担ではない。
「いいな牡丹鍋」
3人前で注文し、飲み物もそれぞれ頼み、机に座りアラームを待っていると、出入口から見覚えのある男性が入り、こちらに一直線で向かってきた。
「稲守、それとあの時の嬢ちゃん達か、嬢ちゃんたちはあの時以来か」
その男性はいつも来ていた純白の白衣ではなく、漆黒の白衣に身を包んだ、特区研究所所長、刈谷だった。
「久しぶりですね。どうしたんですか?こんなところで」
刈谷は一年の半分は研究所に籠り、日夜研究に明け暮れている。
ハチ子の調整等をメインとして、他国に向けての研究発表や、資金集めをしたりと、
大忙しな生活をしている。
「なに、ハチ子達の新装備のテストでね。熊と一戦交えてきたついでにな。で、聞いたぞ?夜が長かったんだってな」
報告した内容がもう広まっているのかと思った稲守は苦笑するが、刈谷はここの協力者でもある為、当然と言えば当然の情報共有だ。
「ですね。しかも蛾タイプの大量発生っていうおまけつきですよ。ツバキモドキは全滅でしょう。小型の鳥達が移動するかもしれませんね」
鳥には花の蜜を吸うタイプが存在する。
日本だとメジロやヒヨドリがそれに該当し、ダンジョンでも両者とも違う姿ではあるが、花の蜜を吸う姿が確認されている。
「まずいな、だとすると他の虫型が減らないな。また夜が来るかもしれん」
蜜を吸う鳥とはいえ、幼虫や昆虫を食べないわけではない。
繁殖期などではタンパク質を補給するために幼鳥のエサにもなるが、ダンジョンにいる鳥類の巣は卵は未だに確認されていない。
蛾を食べていたカマキリや蜘蛛等の昆虫型が増えると予想される。
「そうなんですよ。なんで、一度飯岡に行って二人の階層を進めようと思ってまして」
二人の会話を聞いている笹山と高須は、稲守が今言った事が最大の理由だと知った。
通常であれば、虫も減って鳥も何処かいって森の調査が簡単になると思いがちだが、捕食者がいないと虫は爆発的に繁殖する事がある。
今度はそれを制御しようとシャドウズが現れるので、養老ダンジョンはいつかはわからないが、近いうちに夜が来ることが確定している状態なのだ。
「飯岡か、時期が合えばうちの娘がワーウルフと戦う予定だからタイミングが合えばだが見てやってくれないか?」
「倒していないのは確かトトでしたっけ」
トトは特区研究所で開発された試作型近接武装型ロボットの10台目のボディを使用している。
最初は近接攻撃しか使えない調査員のために作られた近接武器検証用のロボットなのだが、魔力に当てられ自我を獲得、結果、インターネットを通じて刀に惚れこんでしまい、それ以来刀を使用している。
こういったロボットは大体刈谷本人か、稲守が必ず同行してダンジョン内で試験をしている。ロボット隊だけだと中枢機能が無事ならと検証のためにどんどん先に進んでしまうからだ。
「新しい刀が完成したらしい。今度は絶対に刀を折らない。あれは自分の未熟さが招いたって関節とか出力の調整をずっとしてるよ」
ダンジョンでワーウルフと戦ったトトは、激戦の中、ワーウルフの最大の攻撃を避けきれず刀で受けてしまい折ってしまったのだ。
腹を裂き、腕を落とし、あと一歩のところで勝利目前という所での武器の喪失は実質敗北だ。
「再現度ってどうなったんですか?」
「九割九分って所らしい」
二人の大人が雑談する中、笹山と高須は二人の様子を観察していた。
たまに主語が抜けているのに会話が成立しているところをみると相当仲が良いのだろう。
その後も探索状況とか近況を話し合っていたころ、アラームが鳴動して雑談は中断となった。
稲守が料理を取りに行き、声が聞こえなくなった距離に移動した時、刈谷が二人に話しかける。
「彼のようになるか、腐るかは君たち次第だ。死なんように頑張ってくれ」
言い切ると刈谷は席を離れ、売店の横に売られている軽食を購入し、食堂から出て行った。
「何あの人、稲守さんと親しいようだけどちょっときつくない?」
「確かにね。でも資料にも余り載ってなかったよね。開発者とか監修者とかで名前があるくらいだった筈」
「刈谷は帰ったのか?」
二人して刈谷の文句を言っていたが、どうやら会話の切れ間に丁度帰ってきたのだろうか、お盆を両手に、鍋やら食器やらを持った稲守がいたのだ。
「稲守さん、あの人はどういう人なんですか?」
刈谷に何か言われたのだろうか、少しご立腹の様子だ。
「あぁ、ま、食べながら話そう。せっかくの鍋だし」
三人は鍋をつつきながら刈谷の話をする。
どういう人なのか、特区研究所とはなんなのか、一般的にはダンジョンから持ち帰るものや情報をもとに開発や研究をするといった程度の認識ではないので、二人は刈谷の性格はともかく気にはなるのだ。
「で、何か言われたのか?」
「腐らないように頑張れって言われました」
口の中に牡丹肉が入ってるのか、笹山は頷いて同意する。
「あー…簡単に言うと、彼なりの応援だよ。せっかく調査員になっても安定を求めて釣りや鉱石採掘だけで先に進まない人を沢山見てるからね。そうならないようにっていう事だよ。多分ね」
牡丹鍋から自分用の器に具材をよそいつつ、刈谷の事を考えてみる。
刈谷自体は基本的に現実的な成果主義者だ。
今は研究はそこそこに、ハチ子たちロボット隊のプログラムや機体の調整、整備庁と連携してのロボット用のボディ等の開発を行っている。
その為にダンジョンから取れるただの鉱石ではなく、飯岡ダンジョンで言う所の特殊なインゴットが必要となってくるのだが、現状取ってこれるのは一部のロボット隊と稲守、他の地域でも10人といないために、素材不足で実験が滞る事があると愚痴を零していた。
「んー、ちょっと分かりづらいかも」
「ね、頑張れくらいでいいのにって思っちゃいます」
「ま、正直な話、早く調査員が育ってほしいという思いが強いのさ」
「でもそんな早くなんて無理ですよ。つい最近までゴブリンにビビってましたもん」
調査員界隈では、入口をゴブリン、第一関門がオーク、第二の壁がスケルトンとなっているが、多くの新人がオークで躓いてるのだ。
「特にオークかな。君たちは突破したが、俺の権限で見れる範囲だと一期生でオークを単独討伐したのは10人ぐらいしかいないらしい」
正確には関東圏での話で、目の前にいる笹山、高須、彼女らと同じ日に卒業試験を行った、堀田雅人調査員と八澤朋美調査員など、オークを突破している調査員は、稲守達と同じ様に、現役の調査員に連れられて、次の関門、ワーウルフ相当と戦うため、そして調査員として成果をあげられるように教導が行われている。
「あの二人も突破したんだ」
「誰だっけ、えっと、明美ちゃんと…、堀田さんだ堀田さん」
「もしかすると共同訓練とかあるかもしれないね」
鍋を食べ終え、〆のおじやも平らげた3人は、これからの予定を考える。
「とりあえず今日はもう遅いからここで一泊して、明日の昼にでも飯岡に行こうか。シャワーだけじゃなくて銭湯も入りたいだろう?」
「「銭湯!入りたいです!」」
「休養は必要だからな。成果も養老ダンジョンでの採取物で足りると思うから今週はある程度自由も効くから、したい事があったら言ってくれ」
「「はーい」」




