第82話 養老ダンジョン新人教導任務⑬
「夜になると全身が真っ黒の騎士が出現するようになるんだ。そいつらがやたら強くてね。今の二人だと何もできずに殺されるから夜が明けるまでは外に出るのも危ないんだ」
「うへー…そいつらは何をしてるとかわかってたりします?」
自衛隊の隠密部隊がその騎士たちを尾行して情報を集めた結果があるが、閲覧するには7等級以上は必要となる。
今の二人の実力を考えると、7級相当にはあるので、稲守は絶対に誰にも言わないという口約束をしてから話始める。
「彼らはシャドウズと呼ばれてる。騎士の姿で、物理攻撃は効かないし、遠距離魔法も無効に加えて近接戦闘特化っていう面倒過ぎる敵でね。それに気配を消すこともできるんだ」
ライトを当てると姿を消して、一瞬で背後から攻撃してくる事から、影の中を移動できる能力があると予想されている。
なんとか倒しても霧散してしまう為に研究が進んでいないのだ。
「なんですかその漫画みたいなモンスターは…」
高須の意見は的を得ている。
まるで小説家になりたい系の主人公に出てくるとんでも能力に似ている。
階層で言うと20階層相当と1階層で出あう強さではない。
実際に海外では忠告を無視して英雄になろうとした調査員が死亡した事件が起きている。
たまたま周囲を探索していた調査員が、モンスター同士の争いではないかと考え、採取した肉片をDNA鑑定して初めて死亡したことがわかった。
シャドウズ自体は、増え過ぎたモンスターを間引きしていると言われているのだが、人間を見ると襲いかかるため、結局のところ何をしに来ているのかは定かではない。
「この基地は安全なんですか?」
心配する笹山の気持ちもわかる。
こんな話をされて不安にならない人はいないだろう。
ましてや数十秒前には殺されるとまで言われたモンスターだ。
「ここは安全だね。モンスターには変わらないからか、この木には近づかないんだ。けど、近くには来れるから危険は危険だよ。幸い採取してきた食材はある程度あるし、水くらいなら俺が取りに行けるからね。夜が明けるまで何とかなると思う」
不安げな表情をする二人の顔を見つめ、話を続ける稲守。
実際もし、自分が同じ状況なら食料や水、そもそも本当にここが安全なのかと気になって仕方がないだろう。
「ま、今までの傾向だと夜は最大でも2日だから問題ないさ。ただ夜が明けるまで暇なのがあれだけど」
そういうと再び地図に目を落としつつ、たまにヤモちゃんに構ったり構われたりしている姿は、この事態には慣れているのか、稲守の平然としている様子を見て二人の不安げな表情が少し和らぐ。
それからは定期的に外の様子をみつつ、丸3日という夜最大日数を超え、日が昇り始めた頃、3人は消費した水や食料の採取、着替えを洗う為に再び川へ来ていた。
しかも今度は釣り竿や魚を入れるバケツに、念のために基地に置いてあるライフジャケットを着込んでいる。
「あれですね。朝も長いんですね」
夜の後は朝が来る。
それは何処でも一緒だが、ここは夜が長い分、朝、つまり日が登るまでの時間がとても長いのだ。
夜が2日の日は朝が1日、夜が2時間しかない日は、朝が1時間と大体夜の半分の時間は、日が登り切らず、一定高度を保っている。
さらに夜が明けてから朝の間はモンスターも稲守達と同様に自らの巣穴に隠れているので、遭遇率は激減するので、釣りも問題無くできる。
「釣り久々だなー。しかもこんな良い竿あるとか凄いですね。しかも多分これ手作りだよ」
笹山が持っているのは渓流釣り用の延べ竿だ
「私はそういうのわからないや」
竿を見て良し悪しが分かるという事は笹山は釣りの経験があり、自分で竿も選んだりしていたのだろうか。
「確か3万くらいだったかな?縁があって安く譲り受けてね」
メーカーはショウワ魂というなんとも言えない名前のメーカーで、1950年代創業の老舗の品で、この竿も20年以上前のものだが、今も現役で使用ができる。
昨今の釣りは電子デバイスや、水中に入れる小型魚群探知機を使った電子釣りとも言われている釣りが主流なのだが、ショウワ魂は電子デバイスにも力を入れつつ、こういった職人の手作り竿まで扱っているので、若者から高齢者まで幅広いファンがいる。
「え、これ稲守さんのなんです?」
「あぁ、どうせ家に置いておいても使えないからね。誰でも使えるようにここに置いてあるんだよ。手持ちのだと一番使いやすいし、壊れても今なら良い竿買えるからね」
稲守の口座は今とんでもない事になっている。
余りお金を使わないという理由もあるが、今はダンジョン内にいる事が多く、余計にお金を使わないのだ。
「…調査員になってどのくらい稼ぎました?」
「それは私も気になるかも」
「どうだろ、正直余りお金を使わないから口座なんて暫く見てないな…」
税理士への支払いは基本的に自動支払いとなっているので、残高が指定した金額を下回ると連絡が来るようになっているのだが、雇ってからは一度もそんな連絡は来ていない。
「余りお金を使わないからね。服や靴を支給してくれるし」
「そういえばうちも最近見てないや」
「言われてみれば私もだ」
現在調査員として活動している人たちはある一定の成果を報告するだけで、苦の無い生活ができる程度には稼いでいる。
直接金銭になるのは鉱石やゴーレムコア、出現するようになった魔核等の物品で、情報等は重要度によって金額が変わる。
基本報酬だけでも今の日本での生活には困らないので、岩山エリア等の鉱石採掘者は重労働ではあるが、比較的安全に高収入を得ている。
「買おうと思えばもっと良い竿って思うけど、別に今のでも使えるからね」
モンスターと遭遇する確率は低いだけで、する事はするので、3人は警戒しつつ川へと向かう。
川の周辺には水を求めて色々な生物が確認できる。
近くの森の土壌にはミミズそっくりな生物がいたりとエサには事欠かない。
飯岡ダンジョンで長時間滞在する場合は、この1層の基地に滞在する事も多く、他の階層にも同様の基地はあるが、ここ程整っていないのだ。
それからはミミズを取ったり、釣りをしたりとまるでキャンプのような時間を満喫していると、日が徐々に高くなり、タイムリミットとなる。
「よしそろそろ一度戻ろうか」
「「はーい」」
一度基地へと戻り、釣果の確認と荷物の整理を始めた。
というのも、本来の予定では南側にある拠点予定地の調査をする筈だったのが、いつもより長い夜の結果、備蓄食料の消費やそもそもの貯蔵量が少ない事もあって、一度地上に戻る事にしたのだ。
「ヤモちゃんどうするか…」
「キュウ?」
「さすがに地上にはつれていけ…どうなんです?その辺」
「そう言うのは聞いたことないかも」
「ま、こいつ次第だろう。ヤモちゃんはどうする?俺らは一度ここを出て地上に戻るんだが、いたいならここにいてもいいぞ?」
そういうとヤモちゃんは作った家の枯木の陰に隠れ、キュウと鳴いた。
「ここにいるって言ってる」
突然高須がそう言い始めたのだ。
「わかるのか?」
聞くと高須はじっとヤモちゃんを見つめ、話始める。
「稲守さん、ここに戻るってなるといつ頃になるんですか?」
「あー、一度二人のナイフを取りに行きたいから一週間後ぐらいになるかもな。今ならゴーレムも倒せるだろうし先へ進んでみるのもありだな」
現状2人には銃以外の武器がない。
それこそ銃弾の利かない相手も確認されており、そもそも弾薬が有限だし、管理も面倒なために稲守が持っているようなナイフは必要だ。
「ま、予定より長引いてももともとここらへんにいたんだし大丈夫だろう。なぁ?」
「キュウッ!」
わざわざよほど稲守が気に入ったのか、頭の上まで駆け足で上って鳴き声を上げる。
その後は別れを惜しんだのか、なかなか降りてくれず、やはり連れて行ってみようかと話し会っていると突然今までにない低い鳴き声で鳴いたかと思いきや、作ってあげて巣箱へと戻っていった。
ヤモちゃんに必ず戻ると伝え、荷物をまとめて基地を出る3人。
帰路には特に危険なモンスターには遭遇はしなかったが、ところどころシャドウズによって間引かれたのか、昆虫型のモンスターの残骸がちらほら見えた。
それらをいくつか回収し、ようやく地上へと戻る。




