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稲守任三郎とダンジョン戦記  作者: 正方形の木箱
第三章 新人教導任務 新養老ダンジョン編

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第81話 養老ダンジョン新人教導任務⑫


「短いと思ったかい?」


時間だけで見るととても短いが、それでもワーウルフの様なモンスター相手に、人間というモンスターと比べると脆弱で、鈍重な生物が一矢報いる力を得られると考えると、破格の性能だ。


「いえ、1分だけでもワーウルフと戦えるんだって思いました」


「1分かー…参式では足らないんですか?」


人間がワーウルフと同等に戦える時点で本来は凄い事なのだ。

1分だけでも追いつけるなら御の字と思うべきである。

二人とも事前にワーウルフの動画を見ているからか感想はそれぞれだが、インターネットにいるような人たちとは違うようだ。


「参式だと苦戦するね。身体の動きに頭が追い付かないんだ。弐式じゃ防ぐだけで精一杯。参式でようやく一歩及ばずって感じかな。それに1分は目安だから、慣れてくればもっと伸びるよ」


「参式かー…楓、弐式ってどんな感じだった?」


芽愛里の問いかけに少し考え、ふとはっとした顔で魔法を行使する。


初めは身体強化だ。


「身体強化がこれだと…」


慣れてきた身体強化に続けて弐式を行使する。


「っつ…あの時は無我夢中だったけど結構やばいかも」


恐らくグリフォンから逃げた時は必死だったのだろう。

無我夢中だったので脳が痛みや負荷による影響を鈍化させていた可能性がある。

今は落ち着いて魔法を使っている関係上、そういった事は脳はしないのかもしれない。


「んー…稲守さん、参式ってどうなります?」


「効果が高いのは間違いないけどかなりキツイよ。使うなら気絶する覚悟を持ってやるといい」


参式からは骨への負担も激しくなり、節々に痛みが走ったり、行使後はジンジンと深い痛みが全身を襲う。

稲守としてはすでにある程度の階層を踏破しているので苦ではないが、負荷がかかるのだ。


そんな事を考えていると、笹山が身体強化魔法を行使しようとしたその時、高須も同じように身体強化魔法、弐式を順に行使する。


「私もやる。倒れたらよろしくお願いします」


こういう機会はそうそうない。

研究会をやっていた時と同じで、ダンジョンの中で安全地帯で誰かと一緒にいて休める場所もあるという条件は意外と少ないのだ。

それこそほとんどが単独で調査している稲守や初期の調査員にとっては普通の事だが、二人は恵まれている。


「わかった。ポーションならあるから試してみると良い」


二人は深呼吸し、身体強化参式を行使する。


「「度(ど)、割(わり)、強(きょう)、弐(に)、身体強化参式」」


身体強化弐式では下半身にだけかかっていた負荷が全身に広がる。


行使直後、初めて身体強化を行使した時とは比べ物にならない熱と体内から感じる爆発するのではないかという圧力、痛いぐらいに体内に感じる動悸の様な感覚に二人は膝をついてしまう。


どういう訳か参式からは感覚が鋭敏になり、聴力、視力、感触と五感の性能が飛躍的に向上する。

さらには反応速度が0.2~0.3秒だったのが、0.05秒と人間の反応速度を逸脱するのだ。

その為か今まで見ていた、感じていた世界とは違う、まるで別の世界にいるような感覚に襲われるのだ。


「まだ動くな、落ち着いて、呼吸を深く、時間をかけてゆっくり呼吸をするんだ。深呼吸よりももっとゆっくり」


「「すー…はー…」」


二人は言われた通り、全身に魔力が行き渡るのを感じながら、深く呼吸をする。


「まだだぞ、まだゆっくり」


身体強化参式より上は、魔法的な時間制限ではなく、動ける時間に限界がある。

重度の中枢性疲労と末梢性疲労が全身を襲うからだ。

ポーションが無い状態での弐式、参式と強化するとリスクは高い。


「慣れてきたらまずは立ってみてくれ。怪我をした時みたいにゆっくり、いつ感じるかわからない痛みに備えるイメージでゆっくり動くんだ」


何十秒もかけて二人はゆっくりと立ち上がる。

本来参式はまだ発動するタイミングではない。

最低でもナイトゴーレムを討伐してからだと稲守含め使用者は思っている程だ。

飯岡ダンジョンでは、3階層、他のダンジョンでは10階層に相当する。

何故魔法に閲覧制限があるのかの理由がこれだ。

無茶をして身体を壊すどころか魔法で自爆する事だってありえる。

ましてや身体強化魔法を軽くみている連中は派手に動いた結果、身体をこわしてベッドと親友になる未来が待っているだろう。


「よし。まずは目で、音で感じるんだ。慣れてきたらゆっくり歩いて、身体の状態を見るんだ。今の二人ならそれが分かるはずだ」


二人は今までにない感覚によって混乱しそうになったが、稲守の存在によって意識を強く保っている状態だ。

腕を上げるだけでも振り回してしまいそうになったり、指に力を入れるだけでもリンゴぐらい潰せそうな握力、いくらでも動き周れる万能感と、今までとは全く違う感覚を味わいながら、それを咀嚼して自分のものにしようと頭をフル回転させる。


二人にとってはまだ数秒程の出来事なのだが、実際はすでに5分も経過している。

かつて稲守が使用した時も興奮状態であった事と、それこそ火事場の馬鹿力が働いていたから動けたが、何もない状態で行使すると負荷を実感してしまう。

数分程二人は、ゆっくり歩いたり、耳を澄ませて音を聴き、目を動かしいままでとは違う景色を堪能する。


「一旦休憩しよう。魔法を解除してくれ。俺はすぐそばで周りを見てるから落ち着いたら言ってくれ」


身体強化魔法の負荷から解放された二人はその場に座り込んでしまう。

息を切らし、汗が噴き出てもお構いなしだ。

化粧も最低限にしているからか、顔が大変になる心配は無さそうだ。


(ま、気絶してない分、二人は凄い)


この身体強化魔法は現在世界中の調査員が使っている最もポピュラーな魔法といってもいい魔法だ。

軍を持つ国では採用基準としている国さえあるが、危険視するものだって存在する。

陰謀論者曰く魔法で脳を改変する危険な魔法とか、洗脳する魔法だと言う人がいたりと様々だ。

実際に使っている人たちからすれば、諸刃の剣ではあるが、命綱でもあるこの魔法に対して邪推する人に対して良くは思っていない。


(生きたいならなんでも使わないとここでは死ぬだけだ。正直二人が死ぬことは想像したくないしな)


稲守の心境にも変化が起きていた。

当初は二人が死んだところでと思っていたのだが、世話をしている内に情が移ったようだ。


(さて、二人が回復するまで見守りますか)


それから15分程かかり、ようやく落ち着いたのか、二人は貰ったポーションを飲み、体力を回復させた。

そして、もう一度身体強化魔法の練習をしようと思った矢先、突如当たり一面が暗くなり始める。


「来たか、二人とも一度中に入ろう。夜についての説明をしないといけない」


そう言い、疲労からか縄梯子をゆっくりと登る二人を補助しつつ、基地の中へと入っていった。


「まずは休もう。お湯を沸かすからすこし休んでてくれ」


稲守がお湯を沸かしにいっている間、二人は汗ばんだ服を着替えにそれぞれ自室に戻る。

落ち着いてから気づくが下着も汗で濡れているから少し気持ちが悪いが今着替えても微妙な為、着替えだけ持ってキッチンへと戻る。

数分後、準備ができたようなので、水の節約のために二人一緒に浴室へと入る。

浴室には五右衛門風呂が設置されており、どうやって沸かしたのかはわからないが、湯舟からは湯気が立ち上っていた。


「「はーーーーーー」」


二人は湯舟につかると同時に声が漏れる。


「参式やばい、あの口ぶりだともっと凄いのとか使ってるかも」


「ねー…」


天を仰ぎながら湯船につかる笹山に対し、高須は笹山の身体のある一点をじっと見つめている。


「楓ちゃんのおっきいね…」


「んー?あー、でもあっても疲れるだけだよ?マジで」


ぽつぽつと会話をしつつ、身体も髪も洗ってから浴室から出ると、キッチンでは地図を広げながら書類を整理している稲守の姿があった。

頭にはヤモちゃんも乗っており、一緒に地図を見ているように見える。


「上がったか。飲み物は水しかないが好きに飲んでくれ」


一言言って再び地図をじっと見つめ、ときおり唸りながら何かを考えているようだった。

飲み水用の容器は仕組みはわからないが冷やす事はできるようで、カップに注ぎ一気に飲み干し、机に座る。


「何されてるんです?」


「あぁ、夜になったからな。予定を変更しないといけないんだよ」


長い髪をタオルで拭きながら笹山が聞き返す。


「夜だと何かあるんですか?」


「そういえば説明するって言ってしてなかったな」


稲守が言うには、養老ダンジョンは第一層に限らず、探索エリアが夜になると、地形に関わらず夜にしかでないモンスターが出現するらしい。


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