第78話 養老ダンジョン新人教導任務⑨
珈琲をすすりながら、高須の話を黙って聞く。
「訓練して、銃が使えるようになって、ダンジョンでゴブリンやオークも倒して、自分でもできるんだって思ってました。資料でみたあなたや、加賀教官みたいに、かっこいい大人になれるんだって。でもなれたのは自分ではなく、楓でした…」
これからなればいい、そう言うのは大人の言い分だ。
その人が思う何かになるというのは、誰かが口を出すようなものじゃないし、なりたい存在が目の前にいるなら尚更憧れてしまうのが人というもの。
高須の今の状況は、積み上げてきた自信が崩れた事による喪失感と、自分と同じように訓練して、共に育った仲間が、自分より先に進んでいた事による、嫉妬が入り交じった複雑な状況だ。
「カッコいい大人、か…」
稲守自身、そう言われて自分がカッコいい大人かどうかなんてわからないし、ただできる事をしているだけであり、何かを目指しているわけでもない。
「何で楓はできたんでしょう」
「何故、か」
二人を比べると、笹山は理由を、高須は答えを聞く事が多かった。
魔法にしても、これまでの道中でもそうだが、詠唱とは何か、何故この魔法になるのかを知りたい笹山と、どんな魔法があるのかを知りたい高須と、似てるようで少し違う。
もし、出現するモンスターの情報があれば、笹山は動けていたのだろう。
「ここ数日の間柄だが、ふと気づいたのは俺に対する質問の仕方かな」
「質問の仕方ですか?」
「楓さんは結果と過程の両方を、君は結果だけを求める事が多かったと思う」
ぼかしたり、慰めるために言葉を並べるよりかは、素直に感じたことをいう方が良いと思った。
「答えを聞いてから考える、というのは間違ってはいないと思うが、不測の事態を考えた時に知らないと考えられないという事でもある。今ならどうすればとか、何をどうしたらが思いつくだろう?」
「はい、冷静になって考えたら選択肢はいくつか」
答えが無いのなら、答えを想像、予測をして動けるようにならないといけない。
「なら、死なないように知識と経験を積むしかないと思うよ。何が起きても冷静にとまでは言わないけど、慌てていても動けるようにね」
そこからしばし無言の時間が続く。
珈琲が無くなり、次を淹れようと思っていた矢先、高須が口を開く。
「少し、考えてみます」
「俺は自室にいるよ。部屋は階段を上がってすぐ左手の扉だ。相談事でもなんでも聞くさ」
珈琲を片付け、稲守は自室へと入る。
稲守の自室は他の部屋と違い、少し広めに作ってある。
これは皆には内緒だ。
広げたいのであれば、自分で広げればいいとさえ思ってる。
(もう少し頭がよかったら気が利いた事言えたんだろうが…)
ベッドに寝転び、昨日の今日で二人に話した事を考える。
正直稲守はただ調査している所を見せるだけでいいと思っていた。
飯岡ダンジョンで何故釣りをするのかと聞かれた時にはそこからかと思ったぐらいだ。
マニュアルなんて作ろうものなら、ゴブリンなんて倒して耳を取って基本終了、後は依頼があれば頭部なり、脚なりを持ち帰るだけだし、釣りだって永遠と需要があるのだから定期的に持ち帰ればいい話だ。
そこから先どうしたいかなんてのは個人の自由であり、稲守が決めるものでも政府が決めるものでもない。
(ゲームみたいに行き先が決まってたり、指標があればいいけど、そう言うの無いからなぁ)
ゲームや漫画、小説ではギルドと呼ばれる機関あって、常に依頼が掲示され、その依頼に応じて誰かがお金を払うようなシステムは5年が経った今でも存在しない。
稲守の様に、たまたま研究所の職員と仲がいいとしてもそういった依頼は稀なのだ。
(俺がそういう立場になるのも悪くないか?)
もし誰かが作ろうとして失敗したのなら何故失敗したのかを調べて改善できるならすればいい事だ。
(ま、身体が動かなくなってそういうのがなかったらだけど)
目をつぶり、これからの事を今度は考える事にした。
今日笹山が倒れた状態と魔法の使用数や規模を見ればある程度の予定は立つ。
もし、思ったより魔力が無かった場合は、飯岡に戻ってナイトゴーレムを討伐して、魔力容量を増やすのと、比重計を入手してから調査を再開するのも有りだ。
(ま、とりあえずは二人が落ち着くまで暇だし、少し寝るか)
笹山の回復を待つのと、キッチンにいるであろう高須の事を考え、ベッドで少し仮眠をする。
2時間程で目を覚まし、あくびをこらえつつ自室を出てキッチンに入ると、机には空になったコップと紙が一枚置いてあった。
紙には一言、ありがとうございます。と書かれていた。
「大丈夫そうかな…」
眠気を飛ばすのと、気分転換と水の補充を兼ねて、外に出ようと押戸を開き縄梯子を降ろしていると、後ろから声がかかる。
「何処か行くんですか?」
部屋に戻った筈の高須だった。
物音が気になって出てきたのだろうか。
「あぁ、シャワー用の水を取りにね」
「手伝いますよ。私もシャワー浴びたいですし」
正直な所、メインは気分転換なのであって、1人で行きたいところだがついてくるというのであれば仕方ない。
「…なら、楓さんが起きた時にあれだし、メモか何かでものこさないと…」
「うちも行く」
高須の後ろから笹山が出てきた。
室内が少し暗いのもあって顔色は良く見えないが、寄りかからず立っている所を見ると問題は無さそうだ。
「大丈夫なのかい?」
「動けるし」
「…無理して倒れるようなら地上に連れ帰るよ?」
正直な所、笹山の体調や体力、魔力容量にしても本人しかわからない。
他人からは普段との違いや、外観でしか判断ができないのだが、まだそこまでの間柄ではない。
ここで自分自身で判断ができないのなら一度地上に戻って加賀と相談しなければならない。
「充分寝たので。シャワーならうちも浴びたいし1人じゃ何往復するのって話」
「うんうん」
「わかった。そこまで言うならいいが、一つだけ覚えてくれ。無理だけはするな。それが約束できないなら直ぐに地上に戻る」
「「わかりました!」」
折り畳みのバケツを持った3人は、近くの水辺へと向かった。
身体強化をすればすぐに着くのだが、二人の経験も兼ねて徒歩で向かう。
帰りは時間がかかるので身体強化を使うのだが。
「さて、これから行く川までは正直モンスターと遭遇するのは稀だ。いてもゴブリンと、襲ってこない小型動物系のモンスターばかりで、ゴブリンも刺激しなければ勝手に警戒して距離を取ってくれる」
「注意する事とかありますか?」
「稀って事は低いけど遭遇するってこと?」
遭遇するとしたら恐らく二人が木の中腹あたりで遭遇したというモンスター。
「遭遇するなら君らが遭遇したモンスター、ヤンググリフォンぐらいだろう」
「あれヤンググリフォンって言うんだ」
「やっぱり稲守さん知ってたじゃん」
頬を膨らませてかわいらしく文句を言う笹山と思い出すように話す高須。
稲守は悪かったと一言謝り、苦笑いを浮かべ、歩きながらヤンググリフォンの説明をしていく。
「ヤンググリフォンは名前の通り、グリフォンの子供でね。魔法は風の障壁と身体強化を使う。魔法陣を浮かべて、詠唱の代わりにしている事がわかってる。ちなみに大人のグリフォンの場合は、肉があれば攻撃は辞めてくれるぐらいには頭が良い」
よく言われる魔法陣、刈谷達は魔力投影式詠唱簡略図と読んでいるそうだ。
「あれなら詠唱しなくていいって事?」
「ズルじゃん」
4年以上前、初めてここでヤンググリフォンと遭遇した稲守は、映像を刈谷に見せたところ、その情報が海外の言語翻訳チームへ共有された。
そのチームと合同で、魔法陣の再現をしようとしたことがある。




