第75話 養老ダンジョン新人教導任務⑥
稲守に言われた通り二人は階段を上がり通路を進む。
通路の手前、左右の室内を二人で見比べて、特に何も差が無いよう思えたので、右側が高須で、左側が笹山と決め、それぞれ部屋に入る。
個室は全ての部屋が同じ様な大きさで、8㎡程と1人暮らしに十分と言われる6畳より狭いが、ベッドに布団、小さな棚に、机に椅子と最低限のものが揃っている。
内側から鍵をかけられるようになっており、机には外から鍵をかけるための南京錠が置いてあった。
一方、稲守は二人が部屋から出て行ったと同時に夕食の準備を始める。
(採取したものは後でいいだろう。とりあえずレトルトのカレーが確か棚に…)
厨房の棚を漁り、賞味期限が近いものを見つけ、カセットコンロで湯を沸かす。
(ガス缶の残りが8本か…今度持ってこないとな)
ここにある備品は全て稲守や刈谷、多田の私物で、陶器の食器の他に、紙皿等も用意されている。
レトルトカレーを温めていると、部屋が見終わったのか、二人が上から降りてくる音がした。
「おかえり、個室狭いだろう?もっと大きくって思ったんだが、大きいと掃除は面倒だし木を削るのも時間がかかるからね」
二人は何か言いたげだったが、考える時間も必要だろうと考え、調理を続ける。
「レトルトで申し訳ないけどね。二人の分も温めてるから、お皿とか準備をしてくれないか?」
「あ、はい」
「食器はどこですか?」
「あぁ、そこの右上の棚にあるよ。名前が書いていない皿と俺の皿を頼む、スプーンは使い捨てのがあるからそれを頼む」
温めるだけなのですぐに調理が終わり、3人で食事を直ぐに済ませ、今日の感想を聞く。
「どうだった?養老ダンジョンは」
「広いのと、熊大きいのと、ゴブリンが強いのと、もういっぱいいっぱいです」
「熊に気付かなかった…あと見る事多すぎて頭パンクしそう」
初めて来た二人にはわからないが、道中の鳥系のモンスターの声の少なさや、漂ってくる微かな糞の臭い、キノコの生息状況から、稲守はこれまで見てきた状況とは少し違う事を早々に気付いていた。
「初めてだからね。最初は俺も分からない事だらけだったからね。これから慣れて覚えていくいいよ」
「…あの、稲守さんは怖くないんですか?」
「ウンウン」
高須の言葉に頷く笹山。
「怖い?何がだい?」
「だって、あんなのが沢山いるんですよね?正直ここに着いた時、ちょっとだけ安心して眠ってしまいました。だって、あんな大きい熊がゴブリン達にやられて、それで…」
高須は俯いてしまう。
自分があの熊の様になる事を想像してしまったのだろう。
今まで倒してきたゴブリンによって、大きな熊が一方的にやられてしまったのだから無理もない。
「死ぬのが怖い人間はいないよ。ただ、その恐怖にどう向き合うかが調査していくうえで一番重要かもしれないね。さ、今日はもう休んで、明日に備えるといい」
「わかりました…」
「…」
二人が自室へと戻った事を確認した稲守は、水を汲みにもう一度基地から出て川へ向かう事にした。
若い女性にそのまま過ごせというのも酷なため、せめて身体を拭くための水でもと思ったからだ。
(シャワーは無理でも身体拭くぐらいはしたいだろうしな)
折り畳みのバケツを持ち、川へと向かう。
基地には多くの水を溜められるようにするために刈谷が持ってきた大型のバケツが置いてある。そこに水を汲んでは川に戻る事3回目、静かに基地へと戻ると、厨房に笹山が1人、座って端末をいじっていたが、押戸を開いた音でこちらに気付く。
「んー…、ん?あ、おかえりなさい」
「ただいま、どうしたんだい?眠れないのかい?」
「はい、目をつぶって横になっても全然眠れなくて」
恐らく、何かしていないと落ち着かないのだろう。
誰かが管理している施設でもなければ、友達がいる寮でもない。
頼れる大人は得体の知れない調査員の男一人、それにいつモンスターが現れるかもわからない場所で安心しては眠れないだろう。
「こんな状況初めてだろうし仕方ないさ。そうだ、何か飲み物でも淹れようか。といってももうお茶が無いからインスタントコーヒーか白湯になるけどね。一応砂糖もミルクもあるよ」
「じゃあコーヒーをお願いします。ミルクと砂糖も!」
「はいよ」
インスタントコーヒーを入れ、彼女の前に置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ズズっとコーヒーを一口飲み、そのままじっとコーヒーを見つめる笹山。
「うち、ずっと考えていたんです」
「…何をか、聞いてもいいかい?」
笹山は珈琲を見つめながらポツポツと話を始める。
「うち、資料とか色々みて、調査員って大変なんだなーって思ってました。だってゴブリンだけであんなに調べる事があるんですよ?自分でできるのかなって、でも、今日とか飯岡での稲守さんを見て、なんか違うなって感じたんです」
稲守はしゃべらず、コーヒーを一口飲み笹山の話を聞く。
「なんでこんなにのびのびしてるんだろうって、なんで熊が近づいてる事わかったのかなぁとか、リスだって、あのキノコだって、正直、うちはあの熊みたいになるのかーとか、でもワーウルフとかスケルトンと戦ってる時とも全然違くて。うちはどこまでできるのかって不安になったんです」
言われてみると、稲守は森での生活が長いから環境の変化にも敏感だし、周辺の生息状況を把握するのだって当然の事だが、彼女らにとっては全てが初めてだ。
キノコや木の実、木の種類なんて普通は気にしない。
モンスターの徘徊ルートにしてもそうだ。
気にしなければ知ろうという気持ちにならない事ばかりだ。
「なら、俺は不安を取り除けるよう協力するよ」
「色々聞きますよ?」
「あぁ」
「うち、しつこいですよ」
「努力するさ」
「…わかりました。じゃあ、頼らせていただきます。うちも知る努力します!遠慮もしません」
それからはぬるくなったコーヒーを飲み干し、解散となった。
部屋に戻る直前に笹山にコーヒーを飲んだら眠れないなどと言われたりもしたが、それぞれ自室に戻り、就寝した。
それから5時間が経過し、起きてきた3人は、これからの打合せを行っていた。
「さて、今日からの予定なんだが」
稲守は自作の地図を広げ、指を差しながら説明を始める。
「今いるのはここ、F6の拠点、調査するのは南側、D8~F9までの範囲、草原地帯を抜けて、C8、D8の湖地点に仮拠点を作る予定だから、そこの調査をする。結構長い間俺と生活する事になるが、嫌なら早めに拠点を作るが…」
「今更ですよ」
「そうそう、ツリーハウスでも何もなかったし、それに何かされたら加賀さんに言うし」
「そうもそうか」
それから細かい説明をしつつ、地図とマップアプリを見比べて違う点等を共有する。
「んー、稲守さんの地図のほうが詳しく書いてある…」
「パソコンとかあればうちもこういうの作りたいなぁ・・、電気は無いんですか?」
「発電設備は色々考えたんだけどすぐにモンスターに壊されちゃって作れなかったんだよ」
こういう場合に使われるのは、太陽光発電と、水力発電なのだが、太陽光の場合は、パネルを設置しても次の日には壊されるか、無くなっているし、水力については、三日程順調に可動したのだが、四日目には、太陽光パネルと同様に壊されていた。
ダンジョンの意思なのか、レレンとラレンの意思なのかは不明だが、現状通信機器含めて電気製品が可動できたのは、飯岡ダンジョンと滑川ダンジョンのような低階層か闘技場型だけで、塔型と洞窟型では長期間の可動は失敗に終わっている。




